10.灰かぶり、祖母に会いに行く
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地面に突き刺した矢を二本つがえ、小細工なしに前方から突進してくるオルトロス目掛けて射る。二本の矢はそれぞれ双頭の眉間を射抜き、仔牛ほどの大きさのオルトロスを仕留める。
獅子のような風貌のオルトロスは地面に倒れ伏し、一滴の血も流すことなく絶命していた。
パチパチパチ、と拍手する音がして振り向けば、傍観していたダリモアさんが半笑いしていた。
「いや~。相変わらずとんでもない腕ですねぇ。これAランクの魔物だって知ってます?」
「ランクは知りませんけど、それほど脅威でもないですよね?」
「いや、十分脅威ですからね? まず冒険者は単独で討伐しませんから。コーベット様のように単独で倒せるのは高位冒険者くらいです」
「え。これを数人がかりで倒すんですか? お互いが邪魔になってやりにくそう……」
人が魔物の背後に居たら下手なことできないじゃないですか。
ダリモアさんと他四名の護衛騎士の方々が同じような半笑いを浮かべています。何だかわたしがおかしいって流れになっているようで、面白くありません。
「ええと、それで、どうしてアクロイド様もいらっしゃっていないのに、ダリモアさん達が採取に同行してるんでしょうか」
そう。今日はうざい……いえ、喧しい……もとい、賑やかなアレクシス・アクロイド様がご一緒ではありません。お仕事で王城へ赴かれているそうです。ようやく真っ当に働く気になったようで何よりですね。
そのアクロイド様がおられないのに、何故かあの方の護衛騎士の皆さんが訪ねて来られて、採取に同行すると言い切って付いてきているのです。意味がわかりません。
「本日はアレクシス様の護衛として参っているわけではありませんので」
アクロイド様がいらっしゃらないから、そうでしょうね。何を分かりきったことを、と訝しげに見れば、ダリモアさんはにっこりと微笑んだ。
「コーベット様の護衛の任を、エグバート様に命じられ参らせて頂いております」
「エグバート様に?」
「はい」
「必要ありませんよ? 魔物退治は森で採取する薬師にとって避けられないことですし、一人で対処できるよう叩き込まれていますから」
「ええ。我々の出る幕ではありませんね、魔物に関しては」
含んだ物言いだなぁ。魔物の他に警戒するものなんてないと思うんだけど。
「我々が命じられておりますのは、魔物ではなく人からの警護ですので、コーベット様はお気になさらずご自由に動かれてください」
「え? 人、ですか?」
「はい。人です」
にこにこと微笑むダリモアさんをじっと見つめるも、それ以上の答えは示してくれそうもない。
人を警戒するって、どういうことかしら。まさかわたし、命を狙われてるの? なんで?
「お命を狙っている者がいるわけではありませんので、ご安心ください。ただエグバート様は、コーベット様の知識と技術を知って狙う者が出る可能性を憂慮されています。誘拐や監禁など、己の私欲のために躊躇わない貴族もおりますから」
混乱するわたしを見かねた様子で、護衛騎士の一人のリオ・エニスさんが補足説明をしてくれた。
他の護衛騎士の方々は、一重の切れ長の目が格好いいディル・ダンリーヴィーさんと、逆に垂れ気味の目尻が色っぽいアーネスト・ダレルさん、寡黙で男前なジェイラス・エクルストンさんと仰います。
ちなみにハリー・ダリモアさんは、イケメンさんなのにどこにでも紛れ込めそうな、埋没スキルを持っているに違いない不思議な雰囲気をされています。人懐っこい笑みが特徴的ですが、わたしは騙されませんよ! 絶対腹黒いです、この人!
そして気遣ってくださったリオ・エニスさんですが、この方かなりお美しいです。女装してもきっと違和感ないくらい、いいえ、同じ女であるはずのわたしなどより余程深窓のご令嬢然とした女性に仕上がるでしょう。嫉妬するのも馬鹿らしくなるレベルの美女になります。絶対に。
それにしても、誘拐や監禁とは穏やかじゃない。
確かに昔は金の卵を産む存在として貴重な知恵を持つ薬師はよく狙われていた。おばあちゃんが存命だった頃にも全くない話ではなかったけど、当時は法律を定め、国が保護してくれていた。国に登録された名と場所から卸された薬でなければ販売できず、管理された販路以外では商売できないシステムになっていた。
あの頃の薬師が存在していない現世で、わたしの作る薬が異端であることは理解した。五百年前では手作業で作る薬こそが忌み嫌われる異端だったというのに、ようやく薬師魔法陣が扱えるようになったら、それこそが異端となっていた。
どうやらわたしは人の輪から外れてしまう宿命らしい。
「コーベット様に頂いた傷薬をお知りになったエグバート様が、今宵アクロイド伯爵邸へお越しになるよう仰せでした。販売は待て、とのご伝言にございます」
「今の時代にあれを売ればどうなるかは、わたしにもわかっています。その辺りの対策と言いますか、知恵をお貸し頂ければと思っていたので、喜んで伺わせて頂きます」
どうせしばらくは、ようやく扱えるようになってきた魔法陣の研究と検証を進めたかったので、商売を再開する予定はまだなかった。と言うより、商売を再開できるほどの薬を量産できていないというのが理由としては一番大きいのだけど。
「もう少し採取してから家に戻ります。用事を済ませたら、アクロイド伯爵邸へ参ります」
「承知致しました」
リオ・エニスさんはストレスなく会話ができる貴重な方ですね。最近目覚めてから灰汁が強い方とばかり関わっていたから、リオ・エニスさんはわたしの癒しになっています。見目も麗しいので、目の保養にもさせて頂いておりますが。
「ちなみに用事が何かお聞きしても?」
ダリモアさんがお尋ねになります。
そのにこにこと一見害のなさそうな微笑みを向けないでください。わたしには舌舐めずりする猛獣のように見えてます!
「は、墓参りをする予定です。五百年も放置してしまったお墓なので、ちゃんと残っているかはわかりませんけど……」
場所は分かるから、たとえ墓石が朽ちて壊れてしまっていても大きな問題にはならない。と、思いたい。崩れているなら片付けて、新しく墓石を置きたい。墓地を清めて、おばあちゃんの好物を御供えしたい。
聞いたダリモアさんやエニスさん達が皆一様に哀しげな表情になってしまった。
「気にしないでください。覚悟はしているので、落ち込んだりはしていませんよ。目覚めてからまだ一度も確認していないことの方が気掛かりですけどね」
毎日欠かさず墓石を清め、周辺の掃除を怠らなかった身としては、維持できなかったことに罪悪感を感じてしまうけれど。不可抗力だったと、おばあちゃんなら笑って許してくれるのも知ってるから。だから大丈夫。
いくつか採取を繰り返し、ついでに遭遇した魔物を狩って、魔法陣を駆使して素材と肉にした。始めに討伐したオルトロスの肉は臭みが強く筋張っていて食べられないけど、素材はピカイチなので綺麗に剥ぎ取った。
ちなみに食べられない肉は火の魔法陣で消し炭にし、地中に埋めた。こうすることで余計な魔物を呼ぶこともないし、肥料になるので良い土が出来る。そうすると良質な薬草がたくさん増えるので無駄にならない。
薬師が魔物を狩る理由は護身や素材採取のためというより、土壌管理の面が強い。
そのためにわざわざ魔物を探して狩ることはしないけど、遭遇して襲われたら薬草のために殺す。採取と育成が薬師の役目なので、わたしもおばあちゃんに教わった通りにやっている。
森の管理という意味でも、薬師は重要な役目を担っているのです。
ふふふ。どうです? 薬師って凄いでしょ?
生前おばあちゃんが好きだった、真っ赤な果実の甘酸っぱい果物、拳大のメフェーヌを抱えられる程度にもいで、墓前に供える。
予想通り、墓石は崩れて朽ち果てていた。おばあちゃんを偲んでたくさんの方々が建ててくださった立派なお墓だったけど、五百年の経年劣化には耐えられなかったみたい。
それでもおばあちゃんの名が彫られた部分は残っていた。それが無性に嬉しいやら悲しいやらで、じわりと涙が浮かんだ。
名が彫られた墓石を乗せて、メフェーヌの山を作る。
ちゃんとした修復はまた後日にやるからね。だから、今日はこれで我慢してね、おばあちゃん。好物だったメフェーヌを食べて待ってて。
墓石に彫られた名は、アリシア・コーベット。
五百年前、その名を知らぬ人はチェリッシュ・ベイにはいなかった。
特級の称号を与えられていた薬師四人のうちの一人で、唯一両手描きを会得した凄い人だった。
わたしの、世界で一番大好きな、一番尊敬する人だった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
『俺は天女じゃねえ!!それは母さんだ!』も更新しました。そちらも覗いて頂けたら嬉しいです( *´艸`)