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1.灰かぶり、目覚める

のんびり投稿していこうと思います( *´艸`)


『俺は天女じゃねえ!!それは母さんだ!』も執筆中です。そちらも覗いて頂けたら嬉しいです(*≧ω≦)

 



「あいたたたたた………」


 頭が痛い。昨日あれからどうしたんだっけ。

 ズキズキと痛む額を押さえ、見渡した部屋の惨状にドン引きした。まるで爆発が起きた後のような有り様だ。

 わたしを中心に家具は放射状に拡散し、壊れた棚からは薬草の入ったガラス瓶がすべて床で割れ中身が散乱している。あちこちが真っ白く粉っぽいのは、割れた瓶の中身のどれかだろうか。


 ああ、段々思い出してきたぞ。

 ようやく完成した新薬を試そうとして、あまりの苦さに卒倒したんだった。部屋の惨状は、倒れた拍子に何かにぶつかったかしたのだろうな。我ながらなんて事を仕出かしたのか。


「あ~………こりゃ採取し直しだなぁ………乾燥させるまで店開けられないか。まあ品揃えしてても買いに来るお客さんいないけど」


 閑古鳥が鳴いてどれくらい経つだろう。おばあちゃんがいた頃は結構繁盛してたんだけどなぁ。おばあちゃん直伝レシピのとおりに調合したはずだけど、どうもわたしが作るとやたらと苦いらしくて。

 良薬は苦いものだ!と開き直ったところで、実際に飲むのはお客さん。ぱたりと止まった客足が如実に物語っている。


「……………とりあえず片付けば後回しにして、ご飯食べよう。お腹すいた」


 飯を寄越せとばかりに盛大に鳴っている腹の虫を引き連れて、台所へ食料あさりに行ってみる。


「ふおっ………な、なかなかに全身バッキバキじゃないですか……! めちゃくちゃ痛い………!」


 どんだけ転げ回ったんだ、わたし。

 生まれたての小鹿よろしくぷるぷると震える足で何とか隣の台所へ辿り着くと、似たような惨状に挫けそうになった。


「台所まで粉末が飛散するほど転倒したの、わたし? 嘘でしょ? 身体バッキバキ程度でよく無事だったわね………」


 片付ける場所が増えたことに心が萎えながら戸棚を開ける。………ない。三つある戸棚すべてを這いつくばって隅々まで確認したが、パン一つ残っていない。


「食料がない! なんで!?」


 この猛烈な空腹をどうしてくれる!


「あ、いや、最後のパンを食べた後実験に入ったんだったか? ううーん、記憶が曖昧ね。頭を打ちでもしたかしら……」


 たんこぶの確認に頭に手を伸ばしたわたしは、そのあり得ないごわつきと、はらはらと落ちてくる白い粉に頬が引き攣った。


「まずは湯浴みね……これじゃ市場に行っても食べ物売ってくれないわ」


 覗いた鏡も白かったのでぱぱっと手で払い、ようやく映った自分の姿にドン引きした。


「どこの浮浪者よ」


 爆発した髪は形状が記憶されているかのように重力に逆らい、まるでメデューサのようだ。元から髪は灰色をしているが、白く粉をかぶっているため老婆に見える。肌は薄汚れ、着衣も埃っぽく所々が破れていた。

 灰をかぶったようだと揶揄されてきた髪色だが、この姿には同意する他ない。


「……………スッキリしてこよう。今は思考を放棄する」


 ふらりと浴室に向かったわたしは、そこで心が折れた。

 なんで風呂場まで真っ白けなの!?


「生活魔法使うしかないじゃない……わたし苦手なのに」


 ぶつぶつと不満を溢しながら魔法陣を構築していく。

 ええと、おばあちゃんは生活魔法を使うとき、確か蝋燭の火を思い浮かべるって言ってたよね。小さな灯火の揺らめきで魔法陣を描くようにすると繊細な曲線が引けるんだって。

 魔法は魔法陣の精密さで威力や効果が決まる。薬草を調合する際も魔法を使うので、魔法陣を細かく描ける薬師は重宝されてきた。おばあちゃんの描く魔法陣はとても細密で、構えるお店が薬草採取に適した森の中にあるにも関わらず、人々がおばあちゃんの調合する薬を求めてよく訪れていたものだ。

 そんな素晴らしいお手本が目の前にあったのに、最後まで模倣することは叶わなかった。昔からわたしはこれが苦手だったからだ。

 そうか、だからわたしの調合は苦いのか。


 そんなことをつらつらと思いながら、蝋燭の火を思い浮かべる。

 蝋燭の揺らめきはずっと見ていられるほど心のさざ波を抑えてくれる。視覚によるヒーリング効果があるに違いない。

 描く曲線は水と浄化、風の複合紋様。青白い灯火が人差し指と中指に灯り、筆の要領で魔法陣を描き始めた。

 一つの円形魔法陣にいくつも三角や四角形、多角形を重ねて描き、幾何学模様に仕上げていく。きちんと画けていれば、歯車が噛み合ったようにそれぞれが動き出し、発動する。


 カチリとはまった音がした。はっと目を見張れば、噛み合った魔法陣が動き出し、その範囲を広めていく。

 目映い光に目を射られとっさに目を瞑ったけれど、閉じた瞼越しに容赦なく光が射し、両腕でかばってようやく難を逃れた。

 程なくして光の洪水は過ぎ去り、やっと戻った視力で確認したわたしは、ありえない状況に浴室を飛び出した。


「うっそ~………」


 飛び出した浴室も、酷い有り様だった部屋も、台所も、家中が見違えるほどに綺麗に掃除され、整頓されていた。その道のプロが片付けてくれたかのような完璧な出来映えだ。

 構築した生活魔法が見事に作用したのだ。


「は、初めて成功した………それも一気に家中全部だなんて」


 わたしってば、やれば出来る子だったようだよ、おばあちゃん! ここまで切迫しなければ発揮できないのもどうかと思うけどね!


「じゃあ綺麗になったところで、とにかく湯浴みだ!」


 浴室に駆け込んだわたしは、それからどうにか苦労して髪を梳り、全身を洗い清めたのだった。






「お腹すいた……もう限界だよぉ……」


 裏庭で飼っている雌鳥が卵を産んでいるだろうから、とりあえず急場凌ぎの簡単な卵料理を作って腹に入れたい。空腹過ぎて死ぬ。


 千鳥足で庭に出た次の瞬間、わたしは血相変えて走り出した。


「鶏がいない!!」


 小屋は崩れ、中で飼育していた鶏がすべて脱走していた。常ならば毎朝数個の卵の恩恵に与れるのに、これでは飢えてしまう!


「踏んだり蹴ったりじゃない……わたしが何したって言うのよぉ……ただ激苦な新薬試しただけでしょう? それも実験台は自分自身だったから、人様に迷惑は掛けてないのにぃ……」


 何だか泣けてきた。ひもじいと心に吹き荒ぶ風の冷たさはさらに心を抉ってくるのね。ひもじいのは惨めだわ。


 とりあえず空腹緩和に木の実を摘みに森へ出た。すぐの低木に、小指ほどの長さの丸みを帯びた楕円形の黒い実がたくさんなっている。フォリスクイルというこの実は不老長寿の実と言われるほど栄養価が高く、また甘みが強いためジャムにして売られている。実が流通しないのは、皮が薄く水分含有量が多いために酷く傷みやすいからだ。いつも生で食べられるわたしは、森に住む特権だろう。

 春に咲く白い花は砂糖漬けにして保存食にする。若葉はそのままお茶にしたり、粉末にして薬の調合に使える。

 甘い実を加えれば苦味を抑えられるかと思ったけど、あの新薬は失敗だった。大量に入れたのに、何であんなに殺人級の苦さだったのか。フォリスクイルの甘さを一切発揮しない点は、逆に凄いかもしれない。


 数個もぎ取っては口に入れ、咀嚼する。はぁ~五臓六腑に染み渡るわ~。

 お腹がすいているだけでなく、相当喉も渇いていたらしい。摘んでは口へ放り、を暫時繰り返す。手の届く範囲の実はすべて食い尽くした様子だ。物足りない………。


 パン食べたい! 肉食べたい! 魚でもいいよ!

 じゅるりと涎を拭い、さっさとなけなしのお金を取りに戻る。

 人心地ついたし、市場に行ってみますか!






 ◇◇◇


 日はすでに天頂に差し掛かっているが、市場はまだまだ賑やかだった。

 肉に魚に卵、野菜、果物、種実、殻斗果、香辛料など、ところ狭しと並んでいる。


「最後に来たのっていつだっけ。堅パン焼くのに小麦粉が切れてたから、それを買いに来たのが最後のはず。となると、ええと………一月近く前?」


 先月はこれほどの活気があっただろうか? 品揃えも豊富で、品質もずいぶんと良くなった気がする。

 とりあえず食料を買って、新たに鶏を数羽仕入れなければ。ああでも小屋を作り直すのが先か。やることが山積みで嫌になる。

 陰鬱な気分で久々の市場を闊歩していると、開けた中央に大きな噴水を見つけて唖然とした。


 以前訪れた時、あんなのあったっけ………?


 金の装飾が施された立派な噴水をあんぐりと見上げたまま暫し呆けていると、肉を焼く香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。ぐきゅるるるる……と盛大に鳴った腹で目的を思い出し、誘われるまま串焼きの屋台へ突進した。


「いらっしゃい!」

「おじさん。串焼きください。一本おいくら?」

「毎度~。一本三百ルアだ」

「うん? ルア?」


 初めて耳にする通貨だ。家に籠ってる間に国が変更でもしたのかな。

 価値は同じだろうと懐から三枚の小銀貨を出す。


「そのルアって通貨がいくらに相当するのか分かんないけど、これで足りる?」

「は?」


 どんな田舎から出てきたのかとばかりに呆れた様子を見せた店主が、差し出した掌の小銀貨を見て目を眇めた。


「………嬢ちゃん。こりゃなんだ?」

「え? なにって、小銀貨の三百エノスだけど?」

「エノス? 聞いたこともねぇぞ。贋金掴ませて詐欺を働こうってんなら、憲兵に突き出してやる」

「ええ!?」


 ちゃんと本物だよ! 先月まで普通にこれで買えていたのに、どうなってるの!?


「なんだい。どうしたんだい、あんた」


 籠を持った奥さんと思しき中年女性がやって来て、訝しんだ視線を向けてくる。


「いやな、この嬢ちゃんが贋金で串焼きを買うつもりだったらしくてな」

「何だって? ちょいと小娘! うちの店で舐めた真似するじゃないか! 顔を隠して怪しいったらないね! 面見せな!」

「や! あの! 贋金ではなくてですね!?」

「言い訳なんかどうでもいいからフードを下ろしな!」

「や、やめてっ。フードはダメっっ」


 目深にかぶった外套のフードを必至に押さえ、おばさんとの攻防戦になってしまった。

 灰かぶりだと揶揄されたこの髪は珍しく、国でも滅多に生まれない忌み嫌われる色だった。魔力は多いのに扱えないという、役立たずのレッテルを貼られる色だ。堂々と晒して歩けるほど、わたしのメンタルは強くない。

 抵抗虚しく逞しい腕をしているおばさんにフードをひん剥かれ、隠していた灰色の髪が露になった。はらりと揺れる長い髪に、店主とおばさんの息を呑む気配がする。


「あんた、その髪」


 ―――――灰をかぶった役立たず!


 誹謗する声が聞こえた気がして、慌ててフードを目深にかぶり直した。ぎゅっと目を瞑り、その場から走って逃げようと思った、露の間。


「―――――おや。シェレイスとはなんと珍しい」


 シェレイス? 声の主を恐る恐る見上げると、そこにはモノクルをかけた長身の男性が立っていた。

 ダークブラウンの長髪を後頭部中央で結った、学者然とした青年が興味津々に詰め寄ってくる。近い近い近い近い!!


「こちらの少女に随分と手荒なことをしていたようだが、ここは客に乱暴狼藉を働くような店なのか?」

「人聞きの悪い! その娘が贋金掴ませようとするのが悪いのさ!」

「贋金?」


 問う視線を向けられ、おずおずと握りしめたままの掌を開いて見せた。失礼と断りを入れ小銀貨一枚を摘まむと、モノクルで覗き込むように矯めつ眇めつ確認して、唐突に目を見張った。


「これは……!」

「ほらやっぱり! 贋金じゃないか!」

「確かにルアではないよ。これはエノスだね?」

「は、はい! 小銀貨エノスです!」


 よかった、分かる人がいた! たかだか一月で何でエノスを忘れちゃうのか、おじさんとおばさんの方がどうかしてるよ!


「小銀貨エノス……ここまで完全版として残っているとは、奇跡だな」

「はい?」

「百ルアと百エノスは、同価値ではないよ、奥方。含まれる銀の含有量が違う」

「贋金ってことだろう」

「その表現は適切ではない。これ一枚で五百万ルアの価値があるのだから」

「「「は?」」」


 店主とおばさんとわたしと、綺麗に声が揃った。

 いやいやいや、お兄さん。それ百エノスだから。価値は同じ百エノスでしかないから!


「ねえ、君。これを私に売ってくれないか?」

「はい? 売る?」

「そう。これの価値を正しく理解していない者に渡ってしまうなど勿体ない。君も理解できていない様子なのが不思議でしょうがないけど」

「ちょいとお待ちよ! 五百万ルアの価値があるって言ったね!? じゃあそれはうちのだよ! 小娘はそれで払おうとしたんだから!」

「これはおかしなことを言う。贋金と決めつけて乱暴したじゃないか。彼女は串焼き一本手にしていないというのに、本当の価値を知った途端、購入したことにしようって? 随分と都合のいいことを言うね」


 青い眸を怪訝に細め、モノクルの男性が皮肉った。


「勝手に割り込んできたあんたには関係ないだろう!」

「私は彼女に交渉中だ。この子は何も買えていないのだから、そちらこそ邪魔はやめたまえ」

「なんだって!?」

「おい、もうよさないかっ。贋金と決めつけた俺に非があるんだから!」


 顔を真っ赤にしたおばさんは気が収まらないらしく、制止するご主人の手を振り払い尚も言い返そうとした、その時。


 ―――――ぐきゅるるるる~


 もう何度目かもわからない腹の虫が小気味良く鳴いたことで、おばさんの続く言葉を意図せず阻止した。

 みなさんの視線が痛い………。


「腹を空かせているんだね? 君にはもっと色々と話を聞きたいから、我が家のブランチへ招待しよう。濡れ衣を着せた店の物は食べない方がいい」

「あんたさっきから……っ」

「私の名はアレクシス・アクロイド。我が家自慢の料理人に腕を振るってもらおう」

「あ、えと、セレストです。セレスト・コーベット」

「コーベット君だね。では腹拵えに戻るとしようか」


 半ば強引に決められた食事の席だが、すでに空腹は限界。形振りなど構っていられない。


 連れ出されたわたしには見えていなかったけど、残された串焼き屋の夫婦が真っ青な顔で立ち尽くしていた。






読んで下さってありがとうございました!

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