年末特別ネト家編 ナカタチ(ネト)・ウヨエの恐怖の帰省
火炎瓶を投げ込まれ、家の修繕がまだ終わらぬナカタチ家(ネト家の父達 番外編その1 ウヨエと息子 ナカタチ家、夏休み最後の夜 参照)は、年末年始は夫の実家に帰省することになった。妻ウヨエは義母と義姉から、ボヤの件からはじまり、アベノ総理サポーターズ関連の浪費そのほかを責められて…。
「着いたぞー」
実家について、どことなく浮き浮きしている夫ヒロトとは対照的に妻ウヨエは浮かない顔をしていた。
「ママ、おばあちゃん家に着いたよ」
「お母さん、早く降りてよ、ナカトも私も降りられないよ」
息子と娘にせかされ、しぶしぶ車から出る、ウヨエ。
車一台すっぽり入るほどの大きな玄関には、ご次男一家の帰省を出迎える大勢の使用人とそして着物姿の白髪の老婦人が一人立っていた。
「あ、おばあちゃんだ」
お年玉をはずんでくれる夫の母親に息子のナカトは嬉しそうに飛びつく。
「ナカト、大きくなったわねえ、もう大きいんだから、飛びつくなんてしちゃだめよ」
といいながら目を細める義母ナカタチ・マキエ。
「こんにちは、おばあちゃん、お世話になります」
「いらっしゃいナカコ、本当にあなたは賢くていい子ねえ」
と孫娘をみながら、ちらりと嫁であるウヨエをみるマキエ。
「お、お義母さま、お世話になります」
ウヨエの声にマキエの頬がピクっと動いた。
「ウヨエさん」
孫たちに対する声とは真逆の重々しい低い声にウヨエは一瞬で凍り付いた。
(く、くる)
母と妻の間に流れる冷たい空気に呑気なヒロトもさすがに気が付いたのか、なんとかとりなそうと声をかける。
「か、母さん、その」
「あなたは黙ってなさい」
「は、はい」
厳しい母の一言にヒロトは口をつぐんだ。
「ウヨエさん、こちらに」
頭をさげる使用人たちの間を進むマキエにウヨエは恐る恐るついていく。
「ママ、いってらっしゃーい」
明るい息子の声を聴きながらウヨエの心は重く暗く沈んでいった。
「お座りなさい」
10畳ほどもあろう畳敷きの部屋に案内され、ウヨエは座布団に腰を下ろした。掛け軸をかけた床の間を背にマキエが座る。
真向かいに正座するマキエを前に
(ああ、やっぱり来るんじゃなかった)
と着いてから後悔しっぱなしのウヨエ。しかし彼女に選択肢はなかった、何故なら…。
「ウヨエさん、おわかりでしょうね」
「あ、あのう、お義母様」
「いつも一年に一回、元旦に日帰りでしか顔を出さないヒロトとあなた達が、この年の瀬に一家でやってきて過ごすと」
「は、はい、よろしくお願いします」
「ろくに寄り付きもしない貴女がここに10日も居座るなんて、サヨミさんもいい顔をしていないのよ、わかっているわね」
サヨミというのはウヨエの義姉、長男タケトの嫁であり、このナカタチ家の実家をマキエとともに取り仕切っている。ウヨエにとってはマキエ同様顔をあわせたくない人物だ。
「私があなたたちの滞在を許したのは」
マキエの言葉に蚊の鳴くような声でウヨエは答える。
「家がボヤになって、まだ直している最中だからです」
「そのボヤは誰のせいかしらね」
「そのう、ナカトが」
「ナカトも悪いけど、あの子はまだ小学生、原因をつくったのは誰かといっているんです」
「私です」
人の耳で聴きとれる最小のデシベル数で返事をするウヨエ。聞こえなかったかのようにマキエは
「もう一度、大きな声で」
「わ、私です」
「そう、ウヨエさん、貴女が変なことにハマるから、ナカトがオカしな影響を受けるんですまったく」
(ううう、アベノ総理公認ネット通販サポーターズクラブに入ったぐらいで、あとお勧めブランドは偽物だったけど)
「だいたい火炎瓶を投げ込まれるなんて、わがナカタチ家の恥だわ。ナカトがあんなことをしてしまうなんて、やっぱり母親のせいかしらね」
じろりとウヨエをみるマキエ。
「終わったことは仕方ないとして、ウヨエさん、あなた、まだ変な活動をしていないでしょうねえ」
(変なって、お義母さまだって、婦人会の役員をやったりしてるし、中には共産ニッポンの党員がいるところにも援助とかズルいわよ)
「何か言いたいことでも、ウヨエさん。私は夫亡きあと、この由緒あるナカタチ家の跡継ぎのタケトと、その嫁であるサヨミさんを支え、地元のために尽くしているのよ。貴女のような一人よがりのジコチュー活動とは違うんですからね」
テレパシー能力を備えているかの如きマキエの言葉に縮こまるウヨエ。
「顔をみれば貴女の考えていることなどわかります。あ、ジコチューというのはナカコの言葉を真似しただけですからね。愚かな母をもつと賢い娘は苦労するのよね、本当に」
と、マキエの言葉が終わらぬうちに廊下側の襖があいた。
「お義母様、失礼いたします、こんにちはウヨエさん」
と微笑みながら入ってきたのは義姉のサヨミ、手に持っているのは“アベノ様印バッグ”。アベノ総理の似顔絵が付いただけで値段が数万円上乗せされたブランドもののバッグであり、価格はヒロトの手取り給与一か月分相当(註 ウヨエの設定は専業主婦です)。
(わ、私のボストンバッグじゃない!お義姉さん、勝手に持ってきたのね、しかもあれは)
「サヨミさん、ご苦労様、どうでした」
「お義母様の予想通りでしたわ、ほら」
サヨミがボストンバッグを逆さまにすると出てきたのは大量の単行本。しかも同じタイトルの本が何冊もあった。
「“シン・ニホン国史”、これも同じ。まあ、一体何冊買ったのこれ」
「ウヨエさん、モモタンさんが相当お好きなのねえ。“アベノ総理様”も十冊、でも全く読んでいないようね、補充注文カードが入ったままねえ、全冊」
「読みもしない、しかも役にもたちそうにない本ばかりこんなに買って」
「ミスズ書房とかガンナミ書店とか、お読みになればいいのに、もう少しお利口になれたかもねえ。せめて、お料理の本でも読んで、お正月のお煮しめぐらい、まともに作れるようになっていただかないと困るわ」
義母と義姉の口撃にさらされ針のむしろ状態のウヨエ。
(アベノ総理様のために国民の義務としてやってるのよ、こんな意地悪な義母や義姉に言われる筋合いは)
「まともに勉強もしてないくせに政治だのなんだのに首を突っ込むから騙されるのよ。誰がナカタチの、地域の役に立つかが大切なのですよ。妙なスローガンとやらに惑わされるとは歴史あるナカタチ家の嫁とは思えません!」
「経済ニッポンとレッドフラッグ、地方新聞を読みこなすのが最低限の教養ですわよね、お義母さま。もちろん地域発展、地元民のため、左右両翼を使いこなすのが、わがナカタチ家の女のたしなみですわ」
またも心の中のつぶやきを見透かされうえにマキエ、サヨミ双方向から言葉の弾がとんでくる。ウヨエに援軍は来ないのか。
「おばあちゃん、サヨミおばさん。お手伝いさんが、ご挨拶にって」
ナカコが襖をあけて顔をのぞかせる。
「あらナカコちゃん、呼びに来てくれたの」
「年末年始って、お手伝いさんたちお休みなんだね」
「ほほほ、うちは持ち回りで最低週1日休みが原則。彼岸にお盆はずらして3連休、年末年始は一斉休暇なのよ」
「働く人間を大切するのは上にたつものの当然の心得ですよねえ、お義母さま」
「すごーい、ホワイト旧家なんだねえ、ナカタチ家は。私も見習わないと」
「ありがとう、ナカコちゃんは感心ねえ、お母さんに似なくてよかったわねえ」
義姉の嫌味なセリフに腹を立てつつも、ようやく娘のナカコが来てくれたと、ほっとしたウヨエであった。が、しかしナカコたちの会話はさらにウヨエを困惑させた。
「あ、でもお正月の準備はどうするの、おばあちゃん。お手伝いさんがいないのに」
「それは、家族みんなでやるのよ、もちろんウヨエさんには、バリバリ働いていただきます」
「え?」
と、戸惑っているウヨエに
「そうだ、忘れてた。お母さん、お父さんが、お煮しめの準備をするから、ニンジンとか下ごしらえやってくれって。ナカトがもう里芋の泥洗ってるし。私もカツオブシ削りを習うの」
ナカコが言い終わる前に義兄タケトが顔をだした。
「あ、ウヨエさん、そば粉の準備してくれるんだって。そばの実を臼で引くのは毎回大変でねえ、でもウヨエさんがやってくれるなら、僕はそば打ちとそば切りに集中できるよ、これで年越しそばの準備は完璧だ!」
最後にサヨミがダメ出しで
「ああ、その前にお掃除をしなくちゃいけないから、ウヨエさん、畳の掃除と雑巾がけ、私が教えるからきっちりやってね。掃除機使えるところすくないのよ、この家は。もちろん薪風呂の掃除もね」
と、次々に年末の仕事を押し付けられるウヨエ。
「なんで、そんなに働かなくちゃ、いけないんですかあ」
「私が決めましたのよ、ウヨエさん」
「お義母さま、なんで」
「貴女のその言動、ネトキョクウとかいう危ない連中に近いそれを叩きなおすためです。きちんと怠けず労働すればそのような考えには染まりません!」
「え、わ、私、弁護士さんに懲戒請求を送ったり、ヘイトデモに参加なんてしてません!」
「今のところはそのようね。でもそういう人たちが宣伝する偽ブランドや本を大量に買っているんでしょう、ヒロトも言っていたわよ」
「ち、ちょっと買い込んだだけです」
「確かにナカタチ家にとって百万など安いものです、でも貴女はヒロトのお給料で、やりくりするのが筋。そんなに無駄遣いをしてはやっていけないでしょう。しかも今度の家の修理にいくらかかるんだか」
(そ、そのうちナカタチ家の資産は財産分与でヒロトさんのものに、つまり私のものに)
「ウヨエさん、ナカタチの家の資産は子供たちに受け継がせるためのものであって、貴女一人のものではありません!」
「そういう考えだからウヨクモドキの人ってすぐ乱開発に賛成するのよねえ。先祖から受け継いだ山とか、守ってきた海とかを無計画に伐採したり、埋め立てするなんて。ほんと、子孫のコトを考えてないわよねえ」
マキエの恐るべき読心力にサヨミの皮肉。ウヨエはまた一回りほど小さくなる。
「この家にいる間、パソコン、スマートフォンの類は一切禁止。怪しげな本や物品は没収でです!」
「この手の本は引き取り手がないから困るのよねえ。お手伝いさんたちが変な思想に染まったら困るし、庭の落ち葉と一緒に燃やそうかしら、家庭用焼却炉もあるし」
マキエとサヨミに追い打ちをかけられ、打ちのめされたウヨエは最後の救いを娘に求めた。
「ナカコ、な、なんとか」
「だめよ、お母さん。これを機にアベノ総理サポーターズから足を洗って頂戴。母親が“マイティフール”の信奉者なんて、陰でバカにされてるんだから。私の留学推薦にも響くんだからね。それにいつも買ってきたマズイおせち料理ばっかりで、カニとか焼き肉も飽きたよ。ちゃんとしたおせち料理を私も覚えたいし」
娘の言葉がトドメになったのか、ウヨミは畳の上に突っ伏した。
「あ、気絶した」
「お昼ご飯食べ終わるまで、そのままにしておきましょう」
「おにぎりとお茶はここでいいの、おばあちゃん」
「ええそうよ。で、逃げないように」
と言いながらマキエは床の間の小さな隠し扉をあけ、木製のレバーのようなものを引っ張った。
ガラガタ、ガタン。ウヨエの周りに天井から鉄製の大きな籠のようなものが降りてきてウヨエに覆いかぶさった。座敷牢ならぬミニ座敷罠、ウヨエと握り飯と茶をすっぽりと覆っているが、網目が荒いので呼吸は問題ない。ご丁寧にオマルとトイレットペーパーまでついている。
「ふふふ、ナカタチ家ご先祖の仕掛け、賊をとらえる罠、こういう使い方もあるのよ」
「すごい、忍者屋敷みたい」
「ほほほ、歴史あるナカタチの家には、代々伝わるものがいろいろあるのよ」
「こんなコピー本より、お義母さまのお話を聞く方が役に立つわよ。ナカコちゃん、さ、行きましょう」
一同座敷を後にした。数分後、一人目を覚ましたウヨエは
「ううう、ネトキョクウなんて、アベノ総理なんて応援するんじゃなかったああああ」
と今年の最後の大後悔をしていた。
夫の実家への帰省はかなり気が重いとお思いの方も少なからずいるようですが、このウヨエさんの場合は(自己責任とはいえ)、恐怖そのものとなったようです。