3
「スーパー…っ!」
俺は肝心なことを忘れていた。そう、
「スーパー閉まったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
某スーパーの閉業時刻は午後10時。現在時刻、午後10時。すなわち、俺は夕食のパスタを買いそびれたのだ。これは先程、曲者に顔面をぶたれたことよりも数段階痛い。
俺は一人嘆きつつうつ伏せで放心状態を保っていた。すると、
「あの!」
俺を呼んだのは、さっきの機械娘だ。気づけば、彼女の顔の傷がいつの間にか消えているではないか。俺は立ち上がり、振り向く。
「さっきのは…真空砲ですか??」
「真空砲?」
機械娘は俺に向け、手を翳す。
「相手に直接触れずにパンチを当てる術のことです。例えばこんな感じ」
突然衝撃波が襲ってきたので、弾き返した。
「え」
「そんなことよりも今猛烈にパスタが食べたいんだ。またな」
俺が去ろうとしたそのとき、機械娘に手を掴まれた。
「私、シンナっていいます!名前、聞いてもいいですか??」
こんなにもキラキラした目で見られるのは初めてだったが、俺は特に動揺することもなしに、
「マイザキだけど?」
と答える。
「年下は好みですか?」
「カエレ」
夕飯は近所のファミレスで済ますことにした。『Gimmick Host』の看板を掲げた某ファミリーレストランは、営業時間が日付変更線を跨ぐ、素晴らしいインフラである。俺は大好物、《ペペロンチーノ》を《フライポテトセット》で注文すると、豊富なドリンクバーでミルク黄金比のカフェラテを注ぐ。
「あれ、確か席はここだったよな」
何故か俺の席に、別の人物が座っている。
「よっ、久しぶり」
少し見覚えのある人物だ。だが、
「すまん誰?」
と絶妙なボケをかましてしまった。せめてもの″随分変わったな″であろう。勿論、俺はこの人物が『メルネ』と名を持つ俺の旧友であることを存じ上げている。
「おいおい、東京 IV区住み23歳独身メルネ様を忘れたとは言わせねぇぞい」
「握力は上がったか?」
因みに東京は現在、その区の名をローマ数字で区切っている。俺の住む此処は、ⅠⅨ(じゅうきゅう)区だ。
「昨日卵を掌握で割れるようになったぜ!」
俺は西瓜を掌握で割れる。
「それはよかったな。」
「でさ、お前、仕事、見つかっ、たか?」
妬けに文を区切る癖は昔と変わらないな。
「バイト、リーダーを、続けて、いる」
すると、俺の脊髄になにかの視線を察知する機能が働いた。すぐにその方向を確認したが、美味しそうにハンバーググリルを頬張るフードを被った女子とその後ろの席に先程助けた筈の老爺が友人と話している光景が広がっていただけだった。うん、老爺、お前だな。
「バイトリーダー…23歳の友人…好物はペペロンチーノ…フライポテト」
少女、シンナはその記憶デバイスに上記の内容を綺麗にインプットしていた。所謂ストーカーであり、変態である。