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第3話 迷宮攻略……?

 小さめの医療セットや、武器の手入れのための道具、ランプやマッチに保存食……。

 なるべく移動にかさばらないようなもの選びつつ、俺は市場を散策した。

 その間ルシアは何度も金貨を取り出しては奢ろうとしていたのだが。


「なあ、俺の話聞いてたか?」

「聞いてた。ランス、大好き」


 聞いているとは到底思えない言動に俺は思わず頭を抱える。

 とはいえ一先ず目的のものを全て購入した俺は、好奇心に攻め立てられ、市場の売り物を見て回ることにした。


 金貨を持ち歩く常識はずれな少女。

 彼女の正体は未だ知れない。

 ルシアは一体何者なんだろうか。


 適当な売り物を手に取って考え込んでいると、不意に右肩を軽く叩かれる。

 少し驚いてから振り返ると、そこには見知った顔があった。


「よっ、数週間ぶりだな」

「なんだ、あんたか」


 茶色く、少し長めの髪を持つ青年。

 彼は黄緑色の目を細めて人懐っこい笑みを浮かべた。


 エルヴィス・ノークス。自称ただの冒険者である、俺の知り合いだ。

 言動は軽いが、俺の知っている中で彼の剣の腕を抜く者は数えるほどしかいないくらいに、彼は剣術に長けていた。

 そして何より人望が厚い。

 彼は多くの人間と交流する機会も多く、かなりの情報通だった。


「相変わらずつれないなぁ」

「要件は……例の迷宮についてか」

「ああ、最深部については聞いておいた」


 俺は、この町の近くにできた迷宮について、いくつか情報を集めてもらえるよう、彼に頼んでいた。


 古から残る建築物。

 それらの巨大な建物は一部が朽ち果ててもなお、最深部には多くの財宝を秘めている。

 そしてそこに魔物が住み着いたもの。

 それらを纏めて『迷宮』と呼んでいる。


 大抵の敵は迷宮の最深部に近づくにつれて強くなる。

 今回、俺が向かおうと考えている迷宮もそれは変わらない。

 普段なら自分で実際に足を運んで情報を集めるのだが、今回はどうしてもそれを躊躇ってしまった。

 俺から頼んだわけではないが、状況を察したエルヴィスが情報収集を買って出てくれたのだ。


 エルヴィスが言うには、今回の迷宮の大きな特徴は、迷宮の最深部に居座る魔物のリーダーのような存在らしい。

 二足歩行の巨大な牛の魔物。

 それの大きさは六、七メートルを超え、大きな斧を主な武器とする。

 ただし攻撃手段は物理だけでなく、魔法を交えて攻撃してくるというのが奴の主な動き方になるらしい。

 迷宮の魔物の頂点に立つ魔物と言うのは俺の知る限り、そこだけである。

 あとは高低差のある場所があったり、魔法が聞きづらい敵がいたり、とそこまで変わった情報はなかった。


「……まあ、一度最深部まで行ってるしな、お前。既に知ってる情報ばっかりな気もするが」

「いや、最深部のそいつについては見ただけだったし、助かった」

「本当に迷宮を一人で攻略するつもりなのか? そりゃ、お前が魔法を使えば勝てない敵ではないだろうけど」

「……あいつを何とかしないと、俺はきっと何も変われないしな」

「お前、魔法は、使わないんだろ?」


 エルヴィスが心配そうな表情で、俺の両肩を掴む。

 だが、彼の気持ちが本物なのかどうかすら、今の俺にはわからない。

 俺は静かにそれを振り払った。


「使わない。あんな奴らのために使っていた力に頼るなんて、反吐が出そうだ」


 吐き捨てる俺を前に、エルヴィスは何度か口を開け閉じしてからやがて苦笑した。

 フードの上から俺の頭を乱暴に撫でまわす。


「おい、やめろ」

「まったくよぉ、お前、いつの間に女なんて捕まえたんだ? しかもなかなか可愛らしい子じゃないか」

「人聞きの悪い言い方をするな」

「ルシア。ランスの妻になるの」

「お前も適当なことを言うな」


 エルヴィスは気持ちの悪い笑みを浮かべながらルシアの手を取ってぶんぶんと振る。


「うんうん、ルシアちゃんな。俺はエルヴィス。素直じゃないけど、こいつのこと頼むよ」

「任せて」

「人の話を聞け……」


 本人の気持ちをよそに意気投合し始めた二人にうんざりしながら、俺は森のある方角へ足を進めた。

 途中でそれに気づいたルシアが、エルヴィスから離れて後に続く。


「――ランス」


 途中で呼び止められ、彼に背を向けたまま、足だけを止めた。


「俺は、お前を死なせるために剣を教えたわけじゃないからな」


 よく通る、力強い声。

 煩いやつだなと内心毒づきながら俺は足を再び進めた。

 ひらひらと片手を振りながら。


*****


「……どこまでついてくるんだ」


 うんざりしながら隣のルシアに問いかける。

 昼過ぎの迷宮前。

 いくつもの冒険者パーティが休憩をしたり、方針を立てたりしている空間の真ん中で、俺は彼女を睨みつけた。


「貴方のいる所なら、どこへでも」


 こいつは、人の話を聞かない。

 ここ数日間で嫌と言うほど教わった。


「死んでも、知らないからな」


 無表情のまま頷かれる。

 相変わらず、彼女の考えていることはわからない。

 ……いや、彼女の考えていること『も』、か。


*****


 迷宮の四分の三あたりまでは、難なく進むことができた。

 この迷宮が発見されてから既に四、五ヶ月は立っている。

 迷宮攻略を目指す冒険者たちが毎日出入りを繰り返すおかげで、手前の方は魔物をほとんど見ないくらいに閑散としていた。


 中間地点になってようやく魔物が湧き始めたが、そこも多くの冒険者が鍛錬の場として活用しているため、素通りできるレベルだった。

 人がようやく少なくなりつつあった現在地。

 俺は魔物に臆することなくついてくるルシアに嫌味の一つでも言ってやろうかと振り返ったところで言葉を止める。


 ルシアが、興味津々と言った様子で周囲を見回していたのだ。

 珍しく落ち着きのない動きの彼女は相変わらず無表情であるが、考えていることが行動に大きく出ていた。

 今まで反応にまったく変化がなかったこともあり、俺はその様子に面食らう。


「……気になるのか?」

「うん」


 思わず問うと、身近な返事が返ってくる。


「ランス、あれは何?」


 壁に生える、光る植物を指さす彼女の質問に答える。


「ポーテド草。自ら魔力を生成して、光を放つ草。最近では魔力の回復薬に使われていたりもするな」

「じゃあ、これは?」


 次々繰り返すルシアの質問一つ一つに答えていく。

 その度に真剣に聞いている彼女の様子を見ていると、俺の心の内に渦巻いていた重く陰湿な気持ちが消えていくのを感じた。


「じゃあ、あれは?」


 指をさして、ルシアは壁に空いた穴へ近づく。

 そしてその中を覗き見た。


「おいっ……!」


 慌てて俺はルシアの首の根っこを引っ掴んで身を引かせる。

 彼女の鼻先を、火の玉が掠めていった。


「それは火トカゲの巣だ!!」


 俺は尻餅をついたルシアを抱きかかえて、通ってきた道を引き返す。

 わらわらと巣から出てくるトカゲは何十匹にも及び、戦えない人間を抱きかかえていた俺は迷宮から撤退せざる得なかった。




 入口へ付近でやっと火トカゲを撒き、その場で休息を取った頃には日が傾き始めていた。

 迷宮には光源が少なく、夜行性の魔物も多い。

 今から入るのは得策とは言えないだろう。


「仕方ない……戻るか」


 地面に下ろしていた腰を上げて立ち上がると、ルシアもそれにつられるようにして立ち上がった。

 その時にはすでに、彼女の様子は普段と同じものに戻っていた。


*****


「で、なんでいるんだ」


 自分が借りた宿の戸に手をかけたところで、俺は当たり前のようについてきていたルシアを睨む。

 彼女は俺の右隣りの部屋の戸に手をかけた状態でこちらに顔を向ける。


「ここの部屋、借りたの。私が部屋に入るのは、嫌がったから」

「いや、それは当たり前だろ……というか、隣……」


 突っ込むのも面倒になった俺は彼女に言い返すことを諦め、大きく肩を落とす。

 ルシアの異常すぎる行動力のもとになっているのは一体何なのか、少なくとも俺には到底理解できるものではなかった。

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