2.
ストックが尽きたのでここから少し更新頻度落ちます……。
ピンポーン。扱いやすい小ぶりのセラミック包丁を研いでいた俺は、甲高いチャイムが鳴ったのをキッチンで聞いた。
「はいはーい」
手元の刃物を置いて玄関まで小走りで向かい、ドアを開ける。
と、そこにいたのは、
「「おじゃましまーす」」
「はいはいどうz……えぇぇぇ!?」
女性が約二名。なんとびっくり、姉妹でのご登場である。
「なんで莉愛さんまで!?」
「いやいや、彩菜が面白いことやるっていうからさ」
「……だから?」
「来ちゃった♡」
「来ちゃったって……」
彩菜に続き、莉愛さんまでもが「しっかりものの管理人さん」から「予定にルーズな管理人さん」へとキャラチェンジを起こし始めた。今の時点だと俺の中の鳴海家がひどいものになりつつあるんだけど、果たして真相はいかに。
「ごめんごめん、驚かせたくてさぁ」
そしてへらへらと悪びれる素振りを見せながらも、二人とも既に靴を脱ぎ始め、かかとは既に靴からはみ出している。
いやいや待ってよお二人さん、まだ玄関先だからね? 部屋の中どころか玄関にさえ入ってないんだからね? というかそもそも、まだ入っていいなんて一言も言ってないからね???
突っ込みどころ満載、というか突っ込みどころしか見つからない。
……が、そこはまだ知り合ってから三日目、年上の女性に対して無慈悲なツッコミアタックを浴びせるわけにもいかず。
「……とりあえず中入ってくださいよ」
「「おじゃましまーす」」
根負けした俺は、とりあえず体を引いて通路を作る。
すると、目の前の無慈悲な女性陣は先ほども言った挨拶を再びして、待ってましたとばかりに家の中へ入ってくる。俺のジト目なんて、全く意に介す素振りも見せない。
「まあいいですけど、食事の量自体、二人ぶんくらいしか用意してませんよ?」
「あぁ、それなら心配しないでよ、私も差し入れ持ってきたから」
言いながら、莉愛さんは手元の紙袋を差し出してくる。中には何やらタッパーが。
「昨晩のだけど、よかったら食べて」
「莉愛さんが作ったんですか?」
「ん、そーそー」
「……そうでしたか……」
中を覗くと、そこにはゆうに二人前分はあるであろう、和風ベースと思しき煮物各種が入っていた。
まあ、そういうことなら全然オッケー……とは言えないけど、とりあえず許容範囲内だ。
ちょうどおかずのバリエーションが少ないかと思っていたところだったし、これで量の問題は解決される。そして、莉愛さんまで料理出来ないなんて最悪の事態を免れたことに、なんとなくほっとした。
……あれ、俺って案外、ちょろいのかもしれない。
「じゃあ莉愛さんはそこにでも座って待っててください、一時間半くらいで出来ると思うので」
「えー、そんなかかるのー」
「我慢してください」
嫌そうな顔でへいへい、と言って、つけてあったテレビを見ながらくつろぎ始める莉愛さん。キャラ崩壊が俺の中で本当にやばい。
「達也くーん」
「おっと、悪い悪い」
と、本日のメインヒロインに声をかけられた俺は、いつの間にかキッチンのほうに立って食材を睨む彼女のほうに歩いていって、声をかける。
「よっしゃ、それじゃ彩菜、やるか」
「……あのさ、達也くん、ひとつだけ最初に言っておきたいんだけど」
「ん、どしたん」
彩菜が手で来い来い、とジェスチャーをする。
どうやらそんなに大声でしたくない話らしく、彩菜のほうに若干顔を近づけてひそひそ話の体制を取ると、期待二割不安八割の顔でこっちを伺いながら、おずおずと尋ねてくる。
「私さ、ほんと料理出来ないからね? 笑わないでね?」
「……なんだお前、そんなこと心配してたのか」
というかお前、こないだ「出来ないんじゃなくてやらないだけ」とか言ってなかったか?
「いやさ、こないだお姉ちゃんに言ったら大爆笑されたから、つい」
「ああ……」
ダメだ、莉愛さんのイメージが「ズボラクソニート」で固定されてしまった。まあ実際どんな仕事してるのかとかは知らんけども。
「笑わねえよ、誰だって最初はそうだっての。みんなだんだん上手くなってくんだ。それに、今日はそれを克服するためにここに来たんだろ?」
「……うん」
出来るだけ優しい言葉をかけてみると、一応肯定の素振りは見せてくれた。が、どうやらあんまり信じてもらえてないらしく、不安は解消されなかった様子。
いやさ、別に俺、そこまで意地悪くはないんだけどなぁ……
* * *
それから一時間半後。
「で、どうだったよ、彩菜は」
「いやもう笑うしかないっすね」
「だよねー」
「うー……」
「いやぁ、まさか包丁の握り方から教えることになるとは……」
窓の外はすっかり夜色になり、時刻は午後八時過ぎ。
どうにか夕飯を作り終えた俺たちは、三人で食卓を囲みながら彩菜の弾劾裁判……もとい反省会を行っていた。
いや、「どうにか」で済ませてはいるが、それはもう壮絶な戦いだった。何度彩菜の持った包丁が俺の足の上に落ちて来そうになったか、思い出すだけでまたぞっとする。さすがにこいつが包丁を逆手で持ち出したときは、本当に人間の子なのか怪しく思えてきたものだ。
そしてそんな凄惨な状況で生み出されたのが、テーブルの上にあるグレイビーソースがかかったローストビーフとフランスパン、玉ねぎのコンソメスープ、それとレタスのチョップドサラダ。
まあ初めてにしてはよく出来た献立だろう。……大半作ったの俺だけど。
「だから言ったじゃん、私料理できないって!」
「いやまさかここまでとは」
「達也くんのばーっか!」
そう言い放つと彩菜は、またも三十度くらい体を傾けて、すねた態度をとる。なんか見たことあるぞこの展開。ああ、これが俗に言うデジャヴってやつか。
そんな同い年の女子を見て、どんだけ彩菜って過保護に育ってきたんだろう……、とぼんやり思っていると。考えを読まれたかのように、ちょうど莉愛さんが話し始める。
「彩菜は小さい頃から甘やかされて育ったからなあ」
「ああ、やっぱり……」
どうやらそれは図星だったようで、体の角度を元に戻してから、彩菜は慌てて莉愛さんに反論し始める。
「そんなことないし、私だっていろいろ厳しくされてきたし!」
「小学生のときから四つ年上の私と同じ小遣いをもらい、何か怒られても泣き顔ひとつでコロリと許してもらえ、現在も料理どころか掃除洗濯まで私に頼りきってる彩菜ちゃんが何を言ってんの?」
「うわぁ……」
「ぐっ……」
莉愛さんの攻勢と俺の引き具合に戸惑ったか、彩菜はひとつ歯軋りをして押し黙る。と、莉愛さんはため息をひとつついて、
「まあ、父さんと母さんの溺愛ぶりも悪いんだろうけどね。少なくとも、私が実家にいたときまでで彩菜が台所に立っていたのを見たことがないね」
「お姉ちゃんが家にいたのってもう何年前の話よ、私だってお母さんの手伝いくらい少しはしてたもん!」
「ほう、例えば?」
「……じゃがいもの皮むきとか」
「あとは?」
「………………ワイシャツのアイロン掛けとか」
おいおい、高校卒業で家事スキルがそこ止まりか。お前、いますぐ家庭科の単位を返上して高校やり直してこい。
「よくそんなんで一人暮らし始めようと思ったな、お前……」
「隣にお姉ちゃんいるし、大学近いからいいかなって思ってさ」
「いや、さすがにそれにしてもだな……」
と、くどくど説教を始めようとしたところで。
何かが心の中に引っかかる。
…………そして、その引っかかった小骨は何かというと。
「……彩菜、お前大学どこなの?」
「あれ、言ってなかったっけ」
そう前置くと、彩菜は一種の死刑宣告を俺に浴びせる。
「こっから近いって決まってるじゃん、日農大」
「…………………………………………へ、へぇ……」
まさかのカウンター。
……心が死にたがっているんだ、とかそういう映画、今なら作れそう。
「どうしたの達也くん?」
「い、いやどうもしないけど」
「どうもしないにしては間の取り方が変だったと思うんだけどなあ」
「……ちなみに学部は?」
「食品微生物だよん」
ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!
俺の受けた学部じゃねえかクソッタレぇぇぇぇぇええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!
「……達也くん?」
「あぁ!?」
「なんでこんなに怒られてるの私!?」
おっと、ついついやり場のない怒りが漏れ出てしまったようだ、まずいまずい。
「……すまん」
「いやいいんだけどさ、一体何が……」
「ま、まあいいじゃねえか、それよりせっかく作ったご飯冷めちまうぞ、早く食おうぜ!」
「え、あ、そういえば」
あっさりと俺の異変から目の前の晩餐にに意識が向いてくれた彩菜。どうやら俺の思惑通りいったようで、その話を掘り下げることなく、せっせと小ぶりの取り皿を配膳し始める。
…………莉愛さんの視線がなにやら生暖かいような、くすぐったいような、それともからかうような、そんなものだったことだけは気になったけど。
とりあえず皿も出したし、フォークは出てるし、ドレッシングもある。それだけ確認すると、俺はひとつ深めの呼吸をしてから、改めて二人のほうを向き直った。
「よし、じゃあ食べようか」
「うん!」
彩菜は元気な返事。莉愛さんも少し微笑みながら、静かに頷いてくれた。
みんなで手を合わせ、一瞬アイコンタクトを取ってから、その始まりの挨拶を言う。
「いっせーのーせで」
「「「いただきます」」」




