5.
「くはー、つっかれたねー」
「ホントな……めちゃくちゃ疲れたわ……」
過ぎ去った嵐を見送ったあと、フローリングに敷かれたじゅうたんへと倒れこむ俺たち。
さっきまで急遽出されていた莉愛さん宅の小型テーブルが部屋の隅には置かれていて、改めてよくこの部屋にあんな人数が入ったなぁ……と感心してしまう。
ということで、なんだかんだ今まで作った料理のおさらいも含め、人数分にしておよそ十何人前かの夕食を作ってしまった俺たちは、やはりこれは食いきれないということで、手当たり次第に友人達へLINEを飛ばし、食べてくれる人員を集めたのだが。
「まさか、あんなに集まるとは……」
俺と彩菜で別々に連絡しまくったのも良くなかったし、特に何人くらいを呼ぶとかを考えず、とにかく考え付く奴ら全員に連絡を取ったのもよくなかった。もっと言えば、誘った人々に「他の人たちも遠慮なく連れて来い」と言ってしまったのも良くなかった。
述懐しながら俺は、シンクの中で山のように積まれている食器類を見て呟く。
「……これ、結局何人くらい来たんだ……?」
「…………たぶん、五十人くらいは来たんだと思う……」
「マジかよ……」
まあ、途中で入れ替わり立ち代わりがあったから、一気にその人数が集まったわけじゃないと思うけど、それにしても大人数過ぎたでしょ、これ。
「てか、まだ私の部屋で大学の友達が鍋パーティやってるよ……」
「マジか……。というか、なんだってこの時期に鍋やってるんだよ。今夏だぞ」
「冷蔵庫の中に材料の余りとかたくさんあったし、闇鍋みたいなことやってるらしいよ。詳しくは知りたくもないけど」
「……後片付け頑張って」
こんな具合に、家に入りきれなかった人員が第二会場で何やらし出す始末が起こるくらいには、余りにも人員オーバーだったようで。
更に言ってしまえば、なにやら莉愛さんは莉愛さんで途中から大学の教員連中を集めて謎の会合を開いてるらしいし。というか、さっき適当なツマミを持って来いとのオーダーに答えたばっかだし。もうなんだか、ワケが分からない。
雅彦美鶴ペアに至っては、途中で雰囲気にアテられたのか何かは知らんけど、夕食会の最後のほうはスミっこで顔真っ赤にしながらなにやら囁き合ってたし……。
それに彩菜の学友からは散々イジられまくるわ、彩菜と美鶴によって俺の小学校~高校時代の友人が大集合&黒歴史暴露大会が開かれるわ、もうそりゃ完全に無法地帯と化していたわけで。
そして食材が尽きて、ようやくお開きになるかと思ったらまた誰かが下のスーパーとかコンビニとかで何か調達してきて、更にドンチャン騒ぎが続いて……。
結局終電ギリギリのこの時間まで、バカ騒ぎは途切れなかったわけである。しかも、だーれも片付けとかしていかないし。テーブルの上が片付けの出来ない小学生の学習机状態になってるこの惨状、一体どうしろってんだ。
というか誰だ、ビール缶を床にほっぽったまま帰ったやつ。さすがに酒はマズいだろ、近隣の部屋じゃ教育関係者が密会開いてるんだぞ……。
「リーチ!」
「おお、さすが鳴海さん、マジかー」
「研究だけじゃなくて、マージャンも強いんですねぇ」
「こりゃ、また万札が飛ぶなぁ」
「鳴海さん! 酒もう無いですよ!」
「あー、あとで妹に買いに行かせますんで、ちょっと待っててください」
「こりゃまた、酷いお姉さんだ! アッハッハッハ」
………………今、窓の外から聞こえてきた掛け声は気にしないことにして。
と、とにかく、すっさまじい有様だったわけである。ったく、もうこんなこと、二度としたくねぇ。
そもそも、あいつら俺たちの作ったものよりもスナック菓子とかのほうをバリバリ食ってたし、味の感想訊いたら「量が足りない」とかいう斜め上の返答をしてくるし、もうホント、マジでバカみてえ……。
「ねぇ、達也くん」
「ん?」
と、そこまで脳内でグチグチと愚痴を零していたとき、ふと彩菜は俺に声をかける。
「楽しかった、ねぇ?」
「………………まあ、な」
そして、その言葉は、まるで俺の内心を見透かしたかのような一言で。
うん、まあ確かに大変だったし、面倒だったし、疲れたけど…………、ま、まあ、楽しかったことだけは認めざるを得ない、かもしれない、けど。
そしてそんな俺の表情を見て、くふふ、と妙に嬉しそうな笑い声を上げる彩菜。
なんだかあいつの思い通りになってるような気がして少しシャクだけど、こいつなりに受験の傷心を癒そうといろいろやってくれたことに関しては、ちょっと嬉しい部分もあったりするわけでして。
「なあ、彩菜」
「んー、どうしたの?」
「……ありがと、な」
「……ん、了解」
いつものように、彩菜は気軽な返事をする。だけどその表情は、普段よりも二倍くらい輝いてる、とびっきりの笑顔で。
ちょうど今の季節なら、彼女の笑顔はヒマワリに当たるだろうか。俺はそんなことを考えてしまった自分の思考にため息をつきつつ、重たくなった上体を無理やり起こして、ひざに手をつきながら立ち上がる。
そして背中を反らせて、こわばった背筋をほぐしていく。ポキポキ、と背骨が音を立てて鳴った。
「よし、それじゃあ片付けやるわ」
「え、私も手伝うよ?」
「お前はその前に、莉愛さんのおつかい行かなきゃダメだろ。そろそろ呼び出しの電話が掛かってくる頃だろうし……」
と、そこで彩菜のスマホがピリリと音を立てて、二個隣の部屋からの着信を知らせる。
「ん、もしもしお姉ちゃん? ……ん、黒ラガー二ケースと赤霧島ボトル、あとホッピーね。ウイスキーとか日本酒は? ……はいはい、カティサークと獺祭買って行くよ。割り材はいつもどおり緑茶とレモンの炭酸水でいい? うん、いつものところで買うから、お金は研究室宛てでツケてもらっておくから。はい、それじゃあね」
そしてそこで彩菜は電話を切り、俺のほうへ敬礼して見せながら「行ってきます」と声をかける。今の会話の内容にいろいろとツッコみたい気持ちはあったが、それをぐっと堪えて俺は彩菜に手を振った。
彩菜はそれを認めると玄関のほうへと歩いていき、そこへ通じるドアを開いて……、そこで何かを思い出したように言い残していく。
「あ、私、今日ここで泊まるからね」
「……………………は?」
「いや、今日私、達也くんの部屋に泊めさせてもらうからって」
「………………………………はい??」
「いやねー、さっきメールあってさ、なんか私の部屋で鍋パやってる友達、みんな酔っちゃってるから泊まっていくって言っててねー。場所足りないし飲まされるのも面倒だから、今日はこっちで寝ようかなって」
「えっ」
「別に達也くんとならいいかなって……。…………ダメ?」
「えっえっえっえっ」
ちょっとタンマ、頼むからそうやって上目遣いで訊いてくるのはやめてくれ。
「さすがに迷惑だったりするなら、適当にホテルとかどっかに泊まってくるけど……」
「えっえっ、いや、まあ、俺は大丈夫だけど……」
「あ、ホント? なら良かった、それじゃあ後で着替えとか持ってくるからねー。あ、隣にユーカいるから、もし気が向いたら顔出してみれば?」
そこまで畳み掛けた彩菜は、それから「それじゃあねー」と言い残して、彩菜は今度こそ買い物に出かけていった。
そして、俺の頭の中は見事に混乱し切っていた。
いったいナニがいいんだ? とか、ドコまでいいんだ? なんて邪な考えが頭を巡りつつ、流石にそれはダメだろう……なんて理性も一応は働いていて、だけど体は正直で、財布の中に入っている某ラテックス素材で出来たアレを探し当てたりもしていて。
…………ま、まあ、とりあえず、
「風呂沸かしておいて、それから片付けするか……」
ベッドの上にもスナック菓子の破片が散らばってるこの状況をどうにかせねばいかん、ということで。
俺は頭の中で南無阿弥陀仏を唱えつつ、諸行無常の心で風呂場へと行き、普段よりも念入りに浴槽の掃除を始めたのだった。
……べ、別に期待してなんかないんだからね!
こういう生活なら大学浪人もアリかなって(錯乱)




