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夕食同盟!  作者: やぎこ
1食目 マカロニグラタン
4/42

3.

 さて、と。

 キッチンに立った俺は、とりあえずテーブルに彩菜を座らせて夕飯を待ってもらうことにして、レジ袋からがさごそと材料を取り出し、その間に片手鍋に水を張って火にかけておく。

 何かに使うというわけではないが、とりあえずお湯を沸かしておくと何かに使える、というのは実家で身につけた自炊スキルのひとつだ。

 横目でちらりと彩菜を見ると、テレビから流れるお笑い芸人の声に夢中になっている。これなら、あんまり急ぐ必要はないみたいだし、当初の予定通りいくとしよう。

 ということで来客様への心配がひとしきり晴れると、もう一度シンクに乗った食材に向き合っておおざっぱなレシピを考え、頭の中で簡単なイメトレを行う。

 なんでそんなことやってんのかって突っ込みが入るかもだが、俺の場合これをやらないと、大抵焦がすなりなんなりで失敗するんだよなあ。

 そんなことを考えながら、俺は手順をひとつひとつ組み立てていく。


 マカロニを茹で始めてタイマースタート、その間ににんじん半分を一センチ角に、もう半分とたまねぎは薄く半月切りに。その間もタイマーのチェックは怠らずに。

 マカロニを四~五分茹で終えたら冷水にさっと晒してから別の皿に移し変えておいて、その片手鍋に角切りにんじんとにんにく、オリーブオイルを入れて炒め、トマト缶投入。

 塩コショウと水も入れ、ひと煮立ちさせたら即席ミネストローネもどき完成。

 お次は両手鍋にバターを溶かし……たいところだが今日はないのでオリーブオイルで代用。シーフードミックスとたまねぎにんじん投入、軽く炒めてたまねぎがしんなりしてきたら家から持参の小麦粉、牛乳、これまた家から持参のコンソメ投下。

 かき混ぜて粉っぽさがなくなってきたら茹でたマカロニを入れてしばらく加熱、とろみが出てきたら耐熱皿によそってチーズかけてオーブン二五〇度で八~九分焼く。マカロニグラタン完成。

 ほうれん草は……茹でたあとに茹で汁としょうゆ、それと出汁の素で作った漬け汁に漬けておいて、ちょっとしたおひたしにでもするか。

 よし、これで一汁二菜完成。本当はもう一品欲しいところだけど、材料の関係上仕方ない。


 てことで手順のイメージは完了、あとはこれになぞってやっていくだけ。

 そこまで考えてから、俺はとあることに気付いた。

 ……なんだかこの感覚、すごい久々な気がする。

 そういえば、よくよく考えてみるとかなり久々に料理するなあ、俺。ちゃんと作れるか、なんだか心配になってきたぞ?

 とりあえずその考えを払拭するように、肩こりが少しする首を二、三回ひねって、それからお気に入りの黒いエプロンを身につける。これを着けると、なんだか身が引き締まって、なんだか心身が料理モードに切り替わっていくような、そんな感じがする。これだから、このエプロンがお気に入りだ。

 そしてシンクの引き出しからまな板と包丁を取り出し、包丁のグリップの感覚を手に馴染ませていく。

 すると、自分でも驚くほどにしっくりと、手に収まるような感覚を覚えた。そして、それと同時に何か安心感のようなものさえ感じる。

 ああそうだ、この感じ、この感触、と。

 なんだ、ブランクなんてなんとかなりそうだ。

 俺は台所に向き直り、鼻息をひとつ立ててから食材をまな板に横たえ、手元の刃物を突きつけて力を加えていく。

 さて、いっちょやりますかね。


 * * *


「出来た……」

 約三十分経過。俺の目の前には、あらかた盛り付けを終えてあとはテーブルに持っていくだけの、色とりどりの料理が並んでいた。

 体と心を、心地よい疲労感が包む。目に飛び込む複数の色、鼻をくすぐる食材の香り、湯気、そしてえも言えぬこの達成感。

 これこそ、料理の醍醐味と言っていいのではないだろうか。

 時計は九時前くらい。彩菜のほうを見やると、ちょうどバラエティ番組が終わって暇そうにしているところだった。 まあ夕食を食べるには少し遅い気もするが、いいだろう。

 キッチンから出来上がった料理をテーブルに運んでいく。ついでにスプーンとフォーク、それとペットボトルの緑茶も。

「ほいお待たせ、完成」

「うわー、おいしそー!」

 足をぶらぶらさせて手持ち無沙汰にしていた彩菜は料理を見ると表情を変え、そう言ってからなにやら、スマホで写真をバシャバシャ撮り始める。

 そこまで反応してくれると製作者冥利に尽きる……が、なんだか照れくさい気もする。

 ひとしきり撮影を終えた彩菜は、まるで待てをされている犬のように、俺にキラキラした目線を向ける。ので、俺は苦笑いで「どうぞ」と言って、食事を促してやる。

「いっただっきまーす!」

 すると、彩菜は待ってましたとばかりに、さっきより二段階くらい大きい声で両手を合わせ、それからがつがつと料理にありつく。

 ……なんだかここまで食いつきがいいと、嬉しいを通り越して心配になってくる。子供を持つ母親の気持ちってこういう感じのものなのかね。

 ということで、一応テンプレの質問を。

「彩菜」

「んー?」

「お前、最近ちゃんと飯食ってるか?」

「そりゃあ食べてるよぉ」

「そっか」

 それならいいのだが。隣人に餓死とかされちゃったらたまったもんじゃないしな。

 ということで安心して食事に戻ろうとして、ついでに話のネタとして、ひとつ質問してみる。

「ちなみに昨日は何食ったんだ?」

「ご飯かな」

「いやご飯は分かるけどさ、なに食べたのって話」

「いや、だからご飯」

「…………どんな料理を食べたんだ、とかそういうのを聞いてるんだけど」

「だからご飯なんだってば」

 ……なんだか聞いて後悔した。こちとら、なぞかけやってるんじゃないぞ?

「はぁ……もういい」

「え、なんで不機嫌になるのさ」

「お前がひねくれた受け答えするからだろうが」

「私なんもふざけてないのに」

「ふざけてるだろうが! ご飯ご飯ってさっきから、お前白米しか食べてないのかよ!?」

「うん、だからそう言ってるのに」

 ……………………はい?

「うんってお前、他にも何かあるだろおかずとか」

「いや、ご飯だけだよ」

「へっ!?」

「最近はサ○ウのご飯にハマッてるー」

「………………!??」

 サト○のご飯に? ハマッてる?

 自炊派の俺としては、古代ギリシア語レベルで謎の言葉。

 それをコンマ数秒かけて咀嚼し終えた結果、俺の頭はようやく何をこいつが話していたのか理解する。

「……もしかしてお前、ほんとにそれ以外食べてないの?」

「だからさっきからそういってんじゃん」

 グラタンに頬を少し緩ませながら膨らませて、彩菜は形勢逆転とばかりに怒ったふうを見せる。

 美少女はこういうのも絵になっていけない……とかそういうんじゃなくて。

 いやまあそれならいいんだが……、いや、そんなわけないか。

「つまりどういうことだ」

「私のごはん、○トウのごはんアンド塩コショウ、オーケー?」

「オーケーじゃねえよバカじゃねえのかお前?」

 なんだか最悪の展開だぞこれ。よくこいつぶっ倒れねえな。

「カップ麺に飽きて食べてみたら案外美味しかったの」

「もっとダメだ」

 動機が更にひどいじゃねえか。カップ麺に「飽きた」ってなんだよそれ。

「あのさ、一個聞いていいか?」

「どぞどぞー」

 今までの話から推測される結論。見た目完全美少女のあっけないイメージ崩壊を感じつつも、一応その結論を答え合わせしてみる。

「……彩菜、お前さ、もしかして料理とかできない人?」

「…………」

「…………彩菜?」

「……できないんじゃないもん、やらないだけだもん」

「あぁぁやっぱりか……」

 めんどくさがりかつ料理苦手。どうやらその推論は図星だったようで、彩菜はもういいもんとか達也くんのばーか、とかなんとか言って、三十度くらい体を回転させていじけた風を見せる。

 ちなみにその間にもご飯茶碗は持ったまま、お箸はほうれんそうのおひたしをつついてから口まで運ぶ。欠食児童か何かなのかこいつは? と思ってしまうくらいの食い意地の張り加減である。

「というか下にスーパーあるんだから惣菜くらい買ってこいよ……」

「別に買わなくても生きていけるし」

「現実問題あと一ヶ月それ続けたら死ぬぞ?」

 ダメだこいつ、典型的なズボラタイプだ。昔からこいつ、こんなんだったっけか?

 と、元親友の健康を案じていると、

「達也くん」

「ん、どーした」

 脈絡もなく声をかけられる。

「一個お願いしてもいい?」

「なんじゃそりゃ、まあ叶えられる範囲ならいいけど」

「……あたしに料理を教えて」

「……」

「……なにさその無言は」

「いや、あまりに唐突すぎてなんのこっちゃ」

 いきなりすぎてびっくりだわ。このズボラ人間が三秒で改心するとも思えないし、一体なにがこいつをそうさせたんだ?

「別にいいでしょ、お願い」

「んー……」

 どうしようか。正直、女子と二人っきりでお料理教室とか、俺のメンタルが持ってくれる気がしない。

 が、まあ彩菜だし、その割には目の保養にもなりそうなのでいいか、と結論を出して、滲み出す嫌々感を抑えながらも快諾する。

「まあいいや、いいぞ別に」

「ほんと? やったー!」

 なんだかオーバーすぎる喜び方な気もしないでもないが、ここまで喜んでくれるなら了承した甲斐があったのかもしれない。 

 ただ、疑問をそのままにしておくのもなんか気が引けるので、とりあえず話を聞いてみることにする。

「というか、いきなりなんでだよ」

「なんでって何が?」

「料理教えてっての、突然どうしたのってこと」

「ちゃんと食べろーって言ったの、達也くんじゃん」

「いやまあ、そうなんだけど」

 俺が言葉に詰まると、なんだか満足げそうに残っていたミネストローネを平らげる彩菜。

 なんかうまくはぐらかされたような気がして仕方がないが、そこで一旦話が途切れてしまった以上、これ以上追求はしないことにする。まあ、またいつか機会があれば聞くこともあるだろう。

 二人は全ての料理を平らげ終え、手を合わせてごちそうさまをする。そして、彩菜はスマホのスケジュールアプリを見て、それから話を切り出す。

「達也くん、来週の土日って空いてる?」

「あー、すまんが、そこは俺卒業式」

「あ、まだ卒業式終わってないんだ」

 卒業式。予行練習やらなんやらがないうちの高校にとっては、三ヶ月ぶりに級友と再会できるイベントである。……今の身分の手前あんまり気乗りはしないけど、さすがに欠席ってわけにはいかない。

「うーん、そしたら明後日の夜とかは?」

「明後日なら……うん、午後はいける」

 明後日は、午前中はバイトの制服合わせだとかで、一度「いたるや」に行くことになっている。が、午後は特に予定はない。ちなみに、俺の初勤務は来週の月曜日だったりする。

「それじゃあそこで!」

「おう、了解」

 なんかめちゃくちゃウキウキしてるように見えるが、そんなに料理することがうれしいのだろうか?

 まあいいや、とりあえず喜んでもらえてるみたいだし、俺も頑張って献立、考えるとしよう。

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