4.
さて、そんなこんなでぐだぐだうだうだとしていると、時間は既に夕方近くとなっていて、窓の外の明かりも心なしか黄色みを孕んできていた。
そしてまあ、ハードな試験をこなして何も飲まず食わずでここまで来ている俺たちとしては、当然腹の虫が鳴り出す頃合でもあり。
「……腹減ったな」
「うん、おなかすいた……」
俺たちは力なく床に寝転がりつつ、こんな感じで弱弱しく呟き合う。
ちなみに今の今まで俺たちが何やってたかって、別にナニとかそういう話では全くなくてですね、ただ単に今日の問題の答え合わせ&解き直しをやってただけでして。
……字面では伝わりにくいかもしれないけど、布団の中で裸のままピロートークを繰り広げているとかそういう状況では全く無いのでご安心頂きたい。ただただベッドの上&下でぐでーんとしてるだけだから。
もちろんベッドの上にいるのは彩菜で、床で雑魚寝してるのが俺です。男女不平等反対。
まあいいや、そんなことよりもメシだ、メシ。
「あやなー」
「なーにー?」
「夕飯何食いたいー?」
「なんでもいいー」
……こうやって「なんでもいい」とか言ってくるの、作る側からしたらとんでもなく面倒なのをこいつ分かってるんだろうか。いや、こいつのことだから別に何も考えず言ってるだけなんだろうけどさ。
「なんでもいいから何か言ってくれー」
「んー……」
相も変わらずぐだーっと寝そべりながら、考えてるんだか考えてないんだかよく分からない唸り声を出す彩菜。
「えーっとねー……」
「……なんにもないなら別に無理しなくていいからな」
「んー…………あ、あれ食べたい」
「『あれ』?」
うん、と彩菜は気だるげに首を縦に振って続ける。
「まかろにぐらたん……」
「あー……ずいぶん前の話するな……」
「えーっと……、あの時ってたしか、達也くんと久々に会ったときだよね」
「そうそう、あんときの彩菜、めちゃくちゃ可愛かったなぁ……」
「なにそれー、今は可愛くないみたいな言い方やめてよぉ」
「……ノーコメントで」
「ひどぉい」
ぷくり、と顔を膨らませる彩菜。今も十分可愛いので安心して欲しいです。
「んー、あと思い出に残ってるのは……ローストビーフとかかなぁ。あれ思いつくのにすっごい苦労した気がする」
「あー、確かにそんなのも作ったねー」
「そうそう、なんかメチャクチャ注文キツくてさぁ……。なんだっけ、『それっぽく見えるもの』とか言ってたっけ?」
「あー……そんなことも言った気が……」
確かアレ、スーパーで親子の会話聞いて思いついたんだよなぁ。なっつかしいなぁ……。
と、彩菜は「だってさぁ」と前置いてから弁解し始める。
「あの時私、別に料理上手くなりたいとか思ってなかったもん」
「へ?」
まさかの言葉に俺は耳を疑ったが、それを気にする様子も無く彩菜は続ける。
「いやもう、久々に達也くんに会えて内心バクバクだったし、なんとかしてこれからも会う口実作らなきゃって思ってたから……」
「えっ」
「そしたら達也くんめちゃくちゃ料理上手いし、私も私で食生活ズタボロだったからこれはチャンスかなぁって思ってさ」
「えっえっえっ」
たぶん今の俺、完全に鳩が豆鉄砲食らってるような顔してると思う。
……っていうかお前、ちゃんと自分の食生活のヤバさを自覚してたのな……。まあサトウのごはん単品を夕飯にしてたとか言ってたしなぁ……。
っと、そうじゃなくてだな。
「口実作りぃぃぃ???」
「え? あれ? もしかして達也くん、ユーカからその辺のこと聞いてない?」
「ユーカ……って星野さんだろ? 残念ながら全くそういう話は聞いてない」
「ほへ?」
そしてお次は、彩菜が鳩豆になったご様子。
「えぇぇぇ!?」
そしてその表情は、段々とあわあわしたものになっていって。
「……私、もしかしてかなり恥ずかしいこと言ってた??」
「うーん、たぶん」
「ふ、ふぇえぇぇぇ」
そして彩菜は顔を敷布団に突っ伏し、そのままぐりぐりと顔をそこに埋めて、イヤイヤと首を横に振る。
……あの布団、もう一生洗わないようにしようっと。
「まあまあ、ほら、俺だっていろいろやらかしてるし、大丈夫だよ、な??」
「……たつやくんのいじわる」
「なんでそうなるの……」
結構俺、親切心で言ってやったんだけど……。
顔が角度的に見えないから推測だけど、たぶん今頃彩菜は頬をぷくーっと膨らませて、こっちをじとーっと見ているのだろう。
「あとはー、いじわるっていえば、あの土鍋ご飯単品事件もあったよね」
「いきなり話題を戻すのな……。まあいいや、そういやそんなこともあったな」
「あの時久々にみっちゃんと会ったんだよねー、懐かしかったなぁ」
「そうそう、そんでもって俺がお前らに怒られて」
「そんなこともあったねー。さすがの私でも、あの時はちょっとヘコんだよ?」
「……すんません」
肩身を狭くしながら俺は謝っておく。しかし、彩菜は俺の謝罪には満足しなかったようで。
「ゆるさないもーん」
意地悪そうな笑みを浮かべながら、俺のことをベッドの上から見下ろして言う。
「んじゃ、どうしろってんだよ……」
「ふふん、簡単だよ」
そして彩菜は、自身の持つ同年代の中では中の下くらいのバストを張りながら言う。
「これからも、私の面倒をちゃんと見てくださーい」
「……はぁ」
「なにその返事! ちゃんと返事は『ハイ』、でしょ?」
「返事も何も、もう既にちょくちょく介抱してやったりしてんだろうが……」
「いやいや、ちょくちょくじゃないし、たまーにだし」
「へーへー、そうでしたか」
適当にあしらっておくと、彩菜はしばらく口をとんがらせながらうーとかあーとか言った後、話題をまた元に戻していこうとする。
「あ、そしたら今日の夕飯、トマトのチキン煮にしよっか」
「……なんでいきなりそれが出てきた……」
「ほら、前に私が酔い潰れたとき作ったでしょ?」
「…………あー、そういや作ってもらった気もしないでもない」
「なにさー、その微妙な反応」
「んー……」
いや、もちろん覚えてるよ?
覚えてはいるんだけどさ、俺の中では料理うんぬんって言うよりも、台所でちょこまかと動く彩菜が小動物みたいで、なんか可愛いなーみたいな感想しか残ってなかったりもしてだね……。
「……まあいいじゃねえの、それは別に」
「……なーんか釈然としないなぁ……」
「まあまあ。あと夕飯で美味そうなのは……あ、カレーとか? 確か、こないだ買った香辛料残ってるし」
「あー、カレー! いいねいいね!」
そういや、前にカレー作ったときも雅彦とか美鶴が来てたっけ。
「なんか、あいつらが来たときって何かしら問題が起きてるよなぁ……」
「? どしたの?」
「いや、美鶴と雅彦が来て一緒にメシ食うと、大抵何かしら問題が起こるよなぁって話。土鍋ご飯のときにしろカレーのときにしろ」
「あー! あったねー、夕食同盟存続の危機!」
「なんでそんな嬉しそうなんだよ、お前……」
「んー、あの事件に関しては……なんていうか、嬉しさ六割・悲しさ四割くらいだったっていうか……」
「なんだそりゃ」
俺は苦笑して答える。しかし彩菜はそんな俺とは対照的に、顔を綻ばせて言葉を続けた。
「だってさ、自分の好きな人から思いやってもらえるって、けっこう嬉しいんだからね?」
「……さ、さいですか」
「そうだよー、分からないかなぁ」
「……夜、涙で枕を濡らしてたやつが何言ってんだ」
「……え?」
なんで俺が知ってんの?とでも言いたげに、きょとんと彩菜は俺のほうを見る。やっべ、口が滑った……。
仕方が無いので、俺は大人しく白状することにする。
「いや、実は俺、あの後にお前に謝りに行ってるんだよね……」
「え」
「呼び鈴押してもお前出ないし、そしたら家のカギ開いてたからお邪魔させて頂きまして……」
「えっ、えぇっ!?」
「いや、その……なんか、ホントごめん」
「ん、んー、まあ別に達也くんが悪いわけじゃないけど、えっと……」
そこは頭ごなしに怒ったりせず、必死に状況を整理しようとする彩菜。いや、不法侵入は立派にいけないことだと思うんだけどな……。
「ま、まあいいや、話を戻そうか」
「う、うん、そうだね、うん!」
ということでなんだか微妙な空気感になってしまったので、俺は何度逸れたか分からない話題を元に戻し、話を続ける。
「えっと……今の話つながりで行けば、豚しゃぶとかも作ったよな」
「あ、確かに! そういえば食べさせてもらった気がする」
「なんだよその反応は……」
「だって私、その時はそれどころじゃなかったっていうか……」
「……あぁ……そういえばそうだったな……」
うん、そういやあの時は彩菜から衝撃の告白を頂いたときだった。まあそりゃあそれどころじゃなかったよなぁ……。
元々彩菜のことは気になっていた……というか純粋に好きだ!とは思っていたけども、ちゃんと意識し始めたというか、一緒にいてドキドキする……くらいまでになったのはこのときあたりが境目だった気がする。
いや、そりゃあ単純に告白されたからってのもあったけど、なんだろう、一人で食うメシが思ったよりも美味くないことに気付いて、こう……。
うん、この話はやめとこう。自分で考えてて恥ずかしくなってきた。
「んでもって、あの夜に雅彦から誘われて、みんなで海行こうみたいな話になって」
「そうそう! あの時達也くんからLINE飛んできて、めちゃくちゃ嬉しかった!」
「左様ですか、それはなによりで……」
あの時、結構そっけない態度取られた気もしないでもないけど、まあそこは置いておくとして。
「あの時はカルパッチョ作ったよなぁ、アジで」
「美味しかったよねぇ、アレも」
「あんときお前が作ったスープ、あっちのほうも案外美味かったぞ」
「あ、覚えててくれたんだ、嬉しいなぁ」
「そりゃあなあ」
めちゃくちゃ気まずい思いしながら作った料理ですもの、忘れるわけがないでしょうが。
「んー、なんだかいろんなもの作ってきたねぇ」
「確かになぁ……。お前と久々に会ってから、まだ半年も経ってないんだけどな」
「……ねえ、達也くん」
「ん、どうした?」
「あのさ、これからも一緒に、たくさんお料理……しようね?」
「……お、おう」
……いきなり精神を殺しに掛かってくるの、ホント良くないと思う……。
ということで俺は心を半分悶え死にさせながら、相変わらずベッドに寝そべる彩菜のほうを見上げて、ふう、と息を一つ吐いてから言う。
「当たり前だろ、俺たち夕食同盟なんだからさ」
そして、どうやらその言葉は、彩菜を満足させるためには十分なものだったようで。
「うん!」
たぶんとびきりの笑顔で、あいつは頷いた……に違いない。いや、角度的に見えないから推測なんだけどさ。
「でもって、結局何作るんだ?」
「んー……そうだなぁ、全部!」
「ぜ、全部って……。別に作れないわけじゃねえけど、そんなに作っても食いきれないだろ……」
「大丈夫だよー、お姉ちゃんにも来てもらうし、ユーカとか他の友達も呼べばなんとかなるだろうし」
「……は? 待て待て待て、お前大学の友達呼ぶつもりか? どんだけ俺の肩身狭くしたいわけ?」
「いやー、さすがに未来のお婿さんくらいは紹介しておかなくっちゃ、ね?」
「畜生! 雅彦と美鶴も呼んでやる!」
「大歓迎だよー。ほら、そうと決まったら買い物行かなくっちゃ、早く早く!」
「はいはい、分かったよ……」
……あれ? なんで結局全部作ることになってるんだ……?
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