3.
「おせーぞおめーらー」
「そーだそーだー」
所変わって待ち合わせてた入り口付近。
こんな感じで優しいご歓待をしてくれたのは、リア充感を滲ませるカップルのお二方、美鶴さんと雅彦さん。雅彦は右肩にクーラーボックスを提げていて、美鶴はその代わりに調理器具セットを持ってきていた。
「てかさ、たっちゃん大丈夫なの? 彩ちゃんからぶっ倒れたって聞いたけど」
「ん、それが結構大丈夫なんだよ。もうぴんぴんしてる」
「ふーん」
こんなに晴れてるんだからさ、喉渇いてたりしても不思議じゃないのになぁ……なんて軽くぼやくと、美鶴が引きつった顔をしながら彩菜のほうを向く。
「……ねえ、彩ちゃん」
「どうしたの、みっちゃん?」
「もしかしてさ、さっき電話もらったときに言ったこと……ホントにやったの?」
「え? う、うん……」
なぜか顔を真っ赤に染めて俯く彩菜と、それを見てダメだこいつみたいな表情を浮かべつつ頭を抱える美鶴。
「思いっきりあれ冗談だったんだけどなぁ……」
「えぇっ!? なにそれ!?」
「いやいや、普通分かるでしょ……」
ひどいよひどいよ、と軽くポカポカと美鶴を殴りつけようとする彩菜だったが、二人の十五センチほどはあろう身長差ゆえ、美鶴から頭を押さえられた彩菜の腕は空を切るばかり。
そしてその体勢のまま、ものすごく微妙な顔で美鶴は俺へ言う。
「まあ熱中症には気をつけなよ」
「あっ……はい……」
この状況で今言うか、今。というか俺、熱中症で倒れたのな。初耳だったわ。
さて、そんな感じでしばらく雑談と届かぬ暴力を各々交わしたあと、俺たち四人はさっきの受付とか売店の裏にある休憩スペースへとお邪魔することにした。
いかにもプレハブって感じの外見をしたその小屋の中へと入ると、そこは外見より意外にもしっかりした造りになっていた。リノリウム張りの床に家庭科室によくありがちなテーブルと背もたれの無いイスがいくつか置いてある、そんな感じのまあまあ広い部屋。
七月の中旬、まだギリギリ学生どもは夏休みに入っていないこの時期も相まってか、案外閑散としているスペースの一角に俺たちは陣取る。そして、テーブルの上にどすんとクーラーボックスを置いたのは雅彦。
「さて、釣果を発表します」
「おー」
「ぱちぱちぱち」
感嘆の声を上げる彩菜、口でなぜか拍手をする美鶴。そして全く何も釣れずに自らの不甲斐なさにちょっと落ち込んでいる俺。なんだこの絵面。
青と白で構成されたよく見るタイプのボックスに雅彦は手をかけ、ロックを外してからフタを開く。するとそこには、
「じゃーん! アジがたくさん釣れましたー!」
「おー! すごーい!」
ゆうに十数匹はいるであろうアジの大群。しっかり氷で締めてあったので、新鮮さにも言うことは無いだろう。
「いやー、見事に当たりスポット引いちゃってさぁ」
「ね、入れ食い状態だったもんね」
そうなのか、と俺は返す。正直まだ一度しか針を海に下ろしてない上に、その下ろした針さえまだ回収してない状況だったりするもんだから、魚がいるかとかどうかを全く把握してなかったわけでして。
きっと今頃、あの竿にはヒトデがうじゃうじゃと引っかかってるのだろう。うん、あとで彩菜にヒトデ使ってイタズラしてやろう。
さて、そうこう思案しているうちにも話は進んでいく。
「で、このうち十匹は持ち帰るから、あとの三、四匹で昼飯をだな」
「てことで頼んだよ、たっちゃん」
「ちょ、ちょい待ち」
「俺刺身が食いたい」
うん、どうしてそうなったのか疑問になるレベルで話は進んでいた。とりあえず俺は、目の前の非常識二人組に諭していく。
「あのな、こんな休憩スペースで料理とかしていいわけないだろ?」
「え、なんで?」
きょとん、と聞いてくる美鶴。
「バカかお前、そりゃルールとかモラルとかそういう話に決まってるだろうが」
「たっちゃん、バカはお前だ」
と、やれやれとでも言いたそうな表情を浮かべつつ、雅彦は親指で部屋の隅っこにある張り紙を指差す。
「ここ、料理可なんだよ」
「え、マジ?」
俺は目を凝らし、その張り紙を注視する。……んー、確かに「揚げ物以外の料理可」って書いてあるわ。すげえなここ。
「疑ってスミマセンでした」
「分かればよろしい」
そう言いつつ、美鶴はテーブルの天板の一角を取り外す。すると、そこにはこれまたよく家庭科室で見かけそうな、ちょっとチャチなシンクとガスコンロが現れた。
「さすがにご飯は炊けないから、今日の主食はそこの売店でパン買う感じかな。それと、調味料一式に調理器具一式はそこの中に入ってるから、自由に使って」
さすが美鶴パイセン、用意は周到である。
というか、ようやくその大荷物の謎が解けた。最初からこれを見越してたわけね……。
と、俺が妙に納得してしまっている中、背を向けながら手を振って、すたすたと来た道をかえっていこうとする雅彦&美鶴ペア。
「それじゃあたっちゃん、ファイト」
「頑張れよ、たっちゃん」
「ちょ、ちょい待てよ」
またもいきなりの展開についていけず、俺は思わず部屋から出て行こうとする二人を引き止める。と、当の二人はわざとらしく頭の上にハテナマークを作って見せた。
「どーしたの、たっちゃん?」
「いやいやいや、どうもこうも無いだろ」
続けて俺が問い詰めようとすると、それを遮るように雅彦が言う。
「俺たち売店でパンとかいろいろ買ってくるし、ついでにお前らの竿とかも片してきちゃうからさ。料理のほうは二人に任せた」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ???」
なるほど、こいつら最初から俺に丸投げするつもりだったな?
俺が抗議の声を上げると、うるさいうるさいとばかりに美鶴は首を振る。
「別にいいじゃん、私たち食材提供したんだしさー。それに加えて二人の後片付けまでしてあげようって言ってんだよ? むしろ感謝してほしいくらいっしょ」
「ぐっ…………」
むー、痛いところを突かれた。確かにそう言われてしまえば立つ瀬は無いんだけども……。
「まあ、彩ちゃんもいることだしさ、昼食同盟さん、がんばってよ」
「へーへー、分かったよ」
美鶴の声に渋々返事をすると、二人は満足そうに頷いてそのままドアから出て行ってしまう。
仕方なしに俺は、さっきからだんまりの彩菜のほうへ声をかけようとして……、
「……なんでそんなに笑顔なのお前」
「え、そ、そうかな?」
その満面の笑みにたじろいでしまう。
いや、そりゃヒマワリみたいな笑顔ですっごい可愛いなぁとはどことなく条件反射的に思うんだけど、それにしてもTPOがあるだろうっていう話。
まあ不機嫌になってるわけじゃなさそうなので、俺はそれを軽く流して調理器具のスタンバイを始めることにする。それと同時に、彩菜にはクーラーボックスから何匹かアジを取り出してもらうように言った。
「さーて、どうしたもんかなぁ……」
包丁とまな板をテーブルの上に準備し、出してもらったアジを目の前にして俺は悩む。
そもそも素材がアジしかない以上、出来ることはかなーり限られてくるわけで、となると必然的に刺身にするくらいしかやることは無いんだけども。
……正直、それじゃあ満足いかない自分もいたりして。
「どーせやるなら、もっとちゃんとしたのがいいよなぁ……」
とはぼやくものの、残念ながら肝心の材料を手に入れる手段が無い。
「どうしたの、達也くん?」
と、そんな俺を心配してくれてか、彩菜が声をかけてくれる。そして悩みの事情を説明すると、「達也くんって変なところで凝るよね」と苦笑しつつも、一つ案を出してくれた。
「えっとね、確かさっきの売店、野菜とかも軽く売ってた気がする」
「マジか!?」
そして、その案は素材の不足にあえぐ俺にとって、かなりの妙案だった。




