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夕食同盟!  作者: やぎこ
1食目 マカロニグラタン
3/42

2.

 「はああぁぁぁ」

 息を深ぁく吐いて、セッティングしたてのパイプベッドに腰掛ける。すると、体から気力が全部吸い取られてしまったかのように、立ち上がる気も起きなくなってしまった。その流れでどさり、とベッドに倒れこんで、洗い立てのシーツの香りをしばし堪能する。

 怒涛の作業に体が悲鳴を上げ、業者さんが全ての荷物を運び込み終えた頃には体のあちこちが気だるさと筋肉痛に苛まれていた。となれば、当然横になった体に襲い掛かるのは睡魔だったりして。

 あー、こりゃあこのままじゃ寝るなあ……。

 と、悟った俺は、無理やり気力を振り絞って上体を起こし、テーブルの上、昼頃買ってきた食材たちへ目を向けて、夕食の献立を考える。こういう何もかもが面倒なとき、やることは趣味に限るでしょう。

 まあ実際、身体は疲れきってるし特段豪勢に作る理由もないので、なるべく楽な料理を考えることにした。出前で済ませる手もあるが、なんだかそれをやったら負けな気がするし、そもそも金ないし。

 ひとしきり天井を睨みながらうんうん唸ってみるが、いいアイデアは思い浮かばず、再び食材が入ったレジ袋を見て頭をひねる。今日買ってきたのは以下のとおり。


 ・牛乳

 ・にんじん

 ・たまねぎ

 ・ほうれんそう

 ・にんにくチューブ

 ・冷凍シーフードミックス

 ・トマト缶

 ・マカロニ

 ・ピザ用チーズ


 ……さて、いったいどうしたものか。

 何かコンセプトをもって買い物したならまだしも、地元のスーパーより格段に安い「いたるや」に浮かれてしまい、考え無しに特価品と名のつくものばかりを買ってきてしまったため、これといってマッチングしそうな料理が思い浮かんでこない。

 米とかパンを買ってきていないのでマカロニを主食に考えなくてはならないが、ミートソースやらバジルソースやらを作るには材料が足りないし。

 そんな感じで、またもうんうんうなっていると。

 ピンポーン。

 唐突にインターホンが鳴った。すぐに返事をして玄関へ向かう。

 覗き穴を覗いてみると、その来訪者が莉愛さんであることが分かった。ノブに手をかけてひねり、ドアに体重をかける。

 すると、外開きのドアがキィ、と音を立てて開いた。

「やぁ」

「莉愛さん、どうも」

 軽く会釈すると、莉愛さんも片手をひらひらと挙げて応えてくれた。

「どうしたんですか」

「いやぁ、さっき言い忘れちゃったことが一個あってね」

「え、なんですか?」

 特に聞き忘れたことはなかったため、なんだろうと話の続きを促す。

「妹が帰ってきたから、たぶんあと五分くらいで尋ねてくると思うよー、って言おうとしてね」

 挨拶したいって言ってたの忘れててねー。莉愛さんはそう付け加える。

「女性ひとりなのにこんな時間で大丈夫なんですか」

「ああいいの、あの子が行ってるのってこっから十分もかからないとこだし」

「はぁ」

 この周辺には学校って農大くらいしかないし、農大生なのだろうか。だとしたら、勉強とか教えてもらいたいし仲良くしておきたいなあ。

「分かりました、ありがとうございます」

「いやいや、こっちこそ急にごめんね」

 それだけを言うと、その大家さんは手を振りながら、すたすたと二〇一号室まで歩いていき、自室のドアを開けて中に入っていった。

 それを見送ると、俺もドアを閉めてからまたベッドに座り込み、隣人のことを頭の片隅に追いやって、考えを夕飯に戻すことにする。

 トマト缶、それににんじんとたまねぎが半分くらいあればミネストローネもどきが作れるし、今日の食材からしても洋食にすることは半分確定だろう。肉があればトマト煮も考えたが、なにぶん今日のタンパク源はシーフードミックスだけだ。

 となると、マカロニとシーフードが入った料理。牛乳があるからクリーム系、チーズもある……、と、こんな具合に熟考し、

 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、ぽく、

 ……ちーん。

「マカロニグラタンだ」

 熟考の末に思い浮かんだ料理、それは熱々のクリームソースととろとろチーズが美味しい洋食の鉄板、マカロニグラタン。

 計ったように小麦粉やコンソメなど、調味料やら粉類やらは家からの用意があるので、食材の心配はない。はず。

 ……よし、これでいってみよう。

 壁にかかっている時計を見てみるともう七時、そろそろ夕食の準備を始めないと食べるのが九時とかになってしまうし、急いで取り掛かることにしよう。

 そう思い、イスから立ちあがってキッチンに立とうとすると、

 ピンポーン。

 先ほども聞いた小気味良い音が響く。先ほど莉愛さんが言っていた、妹さんだろうか。

 待たせないように少し小走りで玄関に向かい、カギを開けて扉を開く。

「はーい」

「あっ、夜分遅くにすみません」

 すると、そこには莉愛さんより一回り小柄な女性がいた。

 いや、ぜんぜん大丈夫ですよー、と軽く応対しながら、その柔らかい声の主を改めて見る。

 どうやら遺伝らしい、姉妹おそろいの明るいブラウンの髪が、こちらはお姉さんとは対照的にポニーテールとなって長く伸びていた。

 顔は少しあどけなさを残しつつも均整な顔立ちで、ニキビなどもなく清潔感をまとっている。スタイルもすらりとして申し分ない。

 洋服は春らしくパステルカラーでまとまっており、白いワンピースにエメラルドグリーンの七分丈カーディガンを羽織っている。

 その佇まいは、端的に言うと美人だった。

 いや、もっとぶっちゃけよう、思いっきりタイプである。

 そんなこんなで、彼女に見とれてぼーっとしていると。

「大丈夫ですか?」

 顔を覗き込むようにして女の子は訪ねてきた。

 はっと我に帰り、とっさに返答する。

「いえいえ、大丈夫ですよ!」

 言い終わってすぐに後悔する。しまった、少し語気を強めてしまっただろうか。

 いや、別に怒ってるとかじゃなくてですね、とかなんとか、しどろもどろになっていると、その意中の人はくすっと笑って微笑む。

「よかった、昔と変わってない」

「いえ、そんな」

 そうあいまいに返事をしてから、すぐにその言葉の違和感に気付く。

 昔ってどういうことだ? という疑問。それに戸惑っていると、どうやらその反応も気に入ってくれたみたいで、

「気付かない?」

 イタズラっ子な笑みを浮かべながら、ニヤニヤとこちらを伺う。

「ええ、どちらかでお会いしましたっけ?」

「うー、やっぱり達也くんひどいなー」

 そう言ってから、彼女は殺人的なスマイルを振りまいて、


 ……俺の体に電撃を浴びせるかのような、衝撃の発言をする。


「私、鳴海彩菜(なるみ あやな)と申します」


 その自己紹介に、コンマ二秒の脳内処理ののち、

「………………えっ?」

 俺の体はフリーズしてしまう。

 ナルミアヤナ。

 その名前に俺は、充分すぎるほど覚えがあった。そしてそんな俺に、彼女は追い討ちをかける。


「久しぶり、達也くん」


 ……穴があったら入りたい、というのはこのような状況を指すのか。俺は、十八年間の乏しい経験のもとにそう悟り、それと同時に過去の思い出がフラッシュバックしていく。



 何を隠そうこの女の子、鳴海彩菜は俺の小学校時代からの友人である。

 ……いや、「だった」と言ったほうが適切かもしれない。その関係は、もう既に壊れてしまっているのだから。

 一人っ子で年の近い親類縁者はおらず、幼稚園や保育園に通わずに家と近所の公園だけが幼少期のコミュニティ、しかも保護者がハッピーセットでもれなくついてくる。一人っ子、かつ母親が専業主婦である故にそんなクローズドな環境で育った俺。

 そしてまさにその環境が災いしたか、俺は小さい頃あから特殊スキルを得ることになる。

 「コミュ障」である。

 いじめられはしなかったものの爪弾きものの立場を確立し、学校での休み時間や放課後は基本的に読書やお絵かきをして過ごす、そういう幼少期。まあつまり、俺は典型的な日陰者だったわけだ。

 そんな小学三年生のとき、俺に声をかけてくれたのが彩菜である。

 クラス替えで一、二年生のころのクラスメイトと離れ、前よりも輪をかけて喋らなくなった俺は、いつものようにすみっこで目立たないよう給食を食べ終え、食器を片付ける列に並んでいた。そのときのことだった。

「瀬川くんって、給食いつも綺麗に食べるよね」

 偶然俺の後ろに並んでいた彩菜が話しかけてくれたのだ。

 我が家は食べ物関連には比較的厳しく、食事の時には米粒を残すと窘められ、お腹がいっぱいで食べきれないと怒鳴られるような家庭で、この当時にはもう既にそれが染み付いてしまっていたらしい。

 周囲のクラスメイトよりも断然きれいに平らげる、それだけしか取り得がない俺。彩菜はそんな俺に興味を持ち、全く喋ったことのないクラスメイトに話しかけてくれたのだ。

 普段はそんな口うるさい食卓をあまり快くは思っていなかったが、このときはそんな親のしつけに深く感謝した……そんな気がする。

 まあとにかく、そんなこんなで彩菜とは、たまに話す仲から始まり、放課後一緒に遊んだりするようになり、四年生に上がる頃には互いの家でお泊り会をする、そのくらい親しい関係になっていた。

 当然周りは噂する。「あいつら付き合ってんじゃねえの」、と。

 が、俺たちはさっき言ったように、ただただ一緒に遊んでて楽しいから遊ぶ、それだけの関係だった。そんな意識は一切なく、どちらかというと親友の類に近かったのだ。

 そして小学校生活を終え、俺たちは中学生になった。

 彩菜とは一緒の中学だった。このころにはバッドスキルの発動も随分と抑えられ、友達が少しずつ、だけど出来ていた。だけど、別に周囲の環境が変わっただけで彩菜との関係が希薄になったりもせず。

 俺はサッカー部、彩菜は吹奏楽部に入った。両方とも厳しい部活だったので、帰りはどっちも七時ごろ。ちょうど時間が合ったので、小学校からの延長で、ほぼ毎日一緒に帰った。さすがにこのころはお泊り会だのなんだのはしなくなったが、それでも偶然、三年間クラスが同じだったのもあって、仲良し状態は続いた。

 お互い変わらず、互いに理解し合える関係。そう思っていた。

 ……だが、そんな理想と言うか妄想は俺の中だけだったみたいで、彩菜は着々と成長し、そして彼女自身のコミュニティを築き上げていっていた。今考えると当然のことなんだけどね。

 そして中学三年生のある日。俺は、ある噂を小耳に挟んだ。

 彩菜が隣のクラスの男子に告白したというのだ。返事は保留だとか。

 寝耳に水だった。好きな人がいるとかそんな話、いつも一緒に帰ってるのに、そんなの聞いたことがなかったし、そんな素振りも一切見せなかった。

 そのとき、なぜか俺は……怒っていた。理不尽な怒りだと分かっていたし、その怒りがどこから来るものなのかさっぱり分からなかった俺は、さすがに当たり散らしたりはしなかったけども、ひそかに、彩菜の想いが叶わないよう願っていた。

 そしてその祈りの甲斐あって……なのだろうか、彩菜は振られた。

 それを友人から聞いたとき、半分小躍りしそうなくらい嬉しかった。これからも、彩菜は俺のそばにいてくれるんだ、と。

 だけどそれと同時に、もちろん俺にそんな影響があるわけないのだが、他人の不幸を祈ってしまったようで、しかもそれが叶ってしまったようで、ものすごく凹んだ。

 俺はそのとき、こう思った。

「俺がこのままあいつと一緒にいて、お互いのためになるんだろうか?」

 よくよく考えて見れば、確かに俺に好きな人が出来たとして、彩菜に相談しようとは思わないだろう。その程度には、中学生と言う身分には男女の差は大きく立ちはだかっていた。

 もしかしたら、俺と一緒に帰るために、あいつは意中の人との下校を我慢していたかもしれない。もしかしたら、俺に宿題を見せたりしている間、あいつは同性の友達とファッションの話をしたがっていたのかもしれない。

 考えれば考えるほど、俺はその気持ちを強くしていった。

 彩菜が振られたと知った翌日、いつものように朝一緒に登校しているとき。俺は彩菜に切り出した。

「俺たちさ、もう一緒にいるのやめない?」

 ……傍から見たら、ただの別れ話だなこれ。まあいいや。

 はじめ、彩菜は俺がなにを言っているのか分からない、といったような顔をしていた。けど、俺がやいのやいのと理由をつけて彩菜を説得すると、すぐに「いいよ」とだけ言って、彩菜はすたすたと俺の先を歩いていった。

 こうして、彩菜との「仲良し幼馴染生活」は、あっけなく幕を閉じたわけだ。

 不思議なもので、昨日まで仲良しだった人間がいなくなっても、学校はいつも通りの日程を進んでいくし、世間はいつも通り回っていく。

 俺は彩菜との交流がなくなっても、特に不便もなにもないまま高校に進学し、そして今に至るわけだが。

 やっぱりどこかで、この記憶はつらい思い出として封印されている部分があるし、どこかでなんとなく女子との壁を感じて、だからこそ高校時代に恋人だのなんだのは作らなかった。

 ……「作れなかった」の間違いじゃないかとかそういう無粋な突っ込みはホントやめようね。

 最後のまとめは強引な気もするけど、まあいいでしょう。てことで、回想終わり。


「……達也くん?」

「ああごめん、ちょっとぼーっとしてて」

「まあいいや、なんにせよ久しぶり」

「ん、ああ」

 こういう、自分のなんでもない返答が父親にそっくりなことを感じつつ、目の前の元親友が信じられなくて、思わずじろじろ見てしまう。

「ちょっと達也くん、じろじろ見ないでよ」

「おっと、悪い悪い……彩菜、変わったな」

 主に外見が。彩菜ってもっとボーイッシュかつ、こう、なんだかお粗末な感じだった気がするんだが。

「えー、それこそ達也くんこそ変わったでしょ」

「そうかー?」

 他愛もない話がしばらく続く。が、なんとなくわだかまりというか隔たりを……うん、少なくとも俺はやっぱり、感じる気がする。

「そういえば、彩菜もこっちに引っ越してきたんだな」

「そうなんだ、まあお姉ちゃんもいるし」

「そっか、んじゃあまたなんかでお世話になるかも」

「うん、よろしくね」

「おう、それじゃあそろそろな」

 別に何か急いでいるわけでもないが、居心地の悪さを若干感じていた俺は、少し強引に話を切り上げて家に引っ込もうとする。

 彩菜がうん、と頷いたのを見て、じゃあな、と手を軽く振って、それからドアノブを引く。それでハッピーエンドのはずだった、

 ……が。

 ガンッ!

 ……何かにつっかえてドアが閉まらない。何度か押したり引いたりを繰り返しても、やっぱり閉まらない。

 そして下を見てみると。そのつっかえているものの正体が、彩菜の足が入ったスニーカーであるとわかり、

「……あのー、彩菜さん」

 おずおずと声をかけてみる。

「ん、どーしたの」

「いや、その足」

「足? 足がどうかしたの」

 あたかも何もやってないふうにとぼける彩菜。

「いやだから、ドア閉めるのに邪魔だからどけてほしいなーと」

「だって閉めさせないためにやってるんだもん」

「ああそっかぁじゃあ大丈夫かぁ……とかそういうんじゃなくて!」

 今の綺麗なボケツッコミじゃなかった? …………だからそうじゃなくて!

「何がしたいんだ」

「帰りたくない」

「年頃の女の子がそういうこというんじゃありません!」

「何意識してんのさー」

「うぐっ……」

 この野郎、人が強く出られないところを突いてきやがって……!

「まああれだ、そろそろ帰れよ、な?」

「やだ」

「帰れ」

「嫌だ」

 ダメだ、いたちごっこだこれ。

 仕方なく、もう一度さっきの質問を繰り返してみる。

「……何がしたいんだ?」

 すると彩菜は少し考えてから、

「……一緒にご飯が食べたい」

 そう言い放ちやがった。ほんと、いったい何を考えてるんだか。

 俺はしばし考えを巡らし葛藤し、その結果、しぶしぶ妥協することを決める。

「……まあいいけど」

「やったね」

 小さくガッツポーズをする彩菜。もちろん俺個人としてはお断りしたい気分で満載なんだが、ここで拒否っても話が前に進む気配はないし、材料は多めにあるから今日くらいは我慢することにする。

 そんなことを考えながらも、久々に人に料理を振舞うことに、ほんの少しだけ心躍っている自分もいた……かもしれない。

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