4.
「たらいまぁ~」
「おう、お帰り……」
背中に背負った45キロの塊に、俺は弱弱しく返事をする。
さっきの衝撃から時間にして一時間くらいが経った。あの場では「ないない」とかおどけながらどうにか場を乗り切り、こうして彩菜を無事に家までお持ち帰り(だから意味深じゃないってば)することに成功したわけなんだけども。
「たつやくぅ~ん、なんかのみものー」
「……」
未だ玄関先で靴を履いた状態の俺たちなはずなのだが、そんなことお構いなしにムチャ振りを仕掛けてくる彩菜。なんか妙に気だるげで、それがかえって艶かしく見える。
……と、そんな雑念を振り払いつつ靴を脱ぎ、一旦背中から彩菜を下ろして冷蔵庫へと向かう。そして彩菜がよく使っていたピンクのプラスチックコップに麦茶を注ぎ、玄関先の彩菜へと運んでいった。
「ありがろ~、たつやくんぅ」
完全にろれつが回ってないあたり、こいつ相当飲まされたんだろうなぁ……。なんて思いつつ、こいつの処遇をどうするか考えを巡らせることにした。
さっき莉愛さんの家の前を通ったときは電気がついていなかったので、どうやら会食からはまだ帰って来ていないようだった。かといって、こいつを家に帰しちゃうとその後どうなるか皆目見当も付かないし。
んー、やっぱ今日もこいつはここでお泊まりかぁ……なんてとこまで考えて、ふと足元を見ると。
彩菜の口元から、やけに穏やかな寝息が漏れていた。
空になったコップを脇によけ、すうすうと音を立てる彼女。俺は苦笑しつつも、それをお姫様抱っこでベッドのところまで運んでいこうとする。さすがに放ってはおけないし。
男の体とは柔らかさが根本的に違う彩菜の体を持ち上げると、柔軟剤の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。さっきの話と相まって、心拍数が上昇していくのが分かった。
ったく、星野さんも余計なこと言ってくれたよなぁ……と、俺は自分の単純さに苦々しく思う。
まあ俺らの年頃なら仕方ないのかもしれないけども、仲良さそうにしてる男女を見てすぐ惚れた腫れたの話にもっていくのはちょっとご勘弁願いたい。というか俺が勘違いしちゃうからやめて欲しい。
そんなことをぼんやり思いつつ、俺は持ち上げた身体を部屋の片隅にあるベッドへと運ぼうとして歩き出し、
「……ん?」
そしてその道すがら、ちょうどいつものダイニングテーブル前を通過する辺りで、ひとつ気付いたことがあった。
酔っ払った女子、家にお持ち帰り、寝てしまった彼女、そして今から彼女を抱えてベッドへGO。
これらのワードが指し示す結末とは……。
あれ? これけっこうヤバいやつじゃね?
「…………ダメだダメだダメだ、抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ」
一旦気づいてしまったらもう手遅れだった。妙に彩菜のことを意識してしまってる今、けっこうこれはヤバい。マジで。
てことで俺は、自己暗示でもするんじゃないかってレベルで足を止めつつぶつぶつと自制の言葉を呟く。このままベッドまでこいつを担いでいったら、普通に理性の糸が切れそうな気がして仕方ないし。
と、そんな俺に気付いたか、彩菜がゆっくりと目を覚まし、それから自分の置かれた環境を確認すべくきょろきょろと周りを見回す。
そして彼女の視線が俺の顔のほうへと向かった瞬間、
「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「わあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
想像よりも三段階上くらいのヒステリーが六畳間に響き渡った。ついでに俺も変なことを考え込んでたからか、びっくりして声を上げる。
「な、なんでたつやくんが、え、今、え? なんでこれ、私だっこされてるの、えってっ」
なるほど二度の睡眠のおかげか、どうやら酔いはまあまあ飛んでくれたようで、俺は理性の暴走が抑えられたことに内心ほっとしつつ彩菜をゆっくり床に下ろす。
「ん、ありがと…………で、なんで?」
「お前が玄関先で寝てたからだろうが」
「ありゃ、ホント」
てへ、と舌を突き出す彩菜。こいつホント悪びれねえな。
「……っていうか私、カラオケボックスいたはずなのになんでここにいるの」
「そっからかよ、お前……」
以前の騒動で、こいつが酔うと記憶を失うタイプだってのは知ってたけども。
てなわけで、俺は簡単に事情を説明してやる。……もちろん星野さんのあの暴露話は抜きにして。
すると、彩菜は額に手を当て、「あちゃー」と声を漏らす。
「ごめんね迷惑かけて。それじゃ私、部屋戻るね」
「戻るって、体大丈夫か?」
「平気平気、もうほとんど本調子だから」
「ならいいんだけど……」
そうとだけ言うと、彩菜はおもむろにへたりこんでいた体を立ち上がらせ、ドアに向かって歩こうとして……、
「うわぁっ!」
それはもうマンガでよく見るようなくらい綺麗に、すてーんとコケた。
……俺は床でうずくまってる彩菜に手を差し伸べつつ、もう一度声をかける。
「一応もう一度聞くけど、大丈夫か?」
「……ごめん、ちょっと休ませて」
うん、それがいいと思う。




