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夕食同盟!  作者: やぎこ
6食目 豚肉の冷しゃぶ
24/42

2.

 それから数時間ほど、莉愛さんのご指導ご鞭撻を頂いたあとのこと。

 莉愛さんも会食のほうに行かなければということで、俺は一人寂しく自宅に戻り、いつもどおり夕食を作っていた。

 今日の夕飯は豚肉の冷しゃぶである。なんだかさっぱりしたモノが食べたいと思いつつ下のスーパーをぐるぐる回っていたとき、ちょうど豚小間が安かったので決定が為された一品。

 作り方は簡単、豚肉に片栗粉をまぶしてしばらく置いておき、その間にお湯を沸かしておく。

 付け合わせに買ったオクラを板摺りしてヘタを取ったら、まずは沸騰したお湯にオクラをドボン。オクラが茹で上がったら、同じく付け合わせの白菜もドボン。

 このとき肉を先にやってしまうと、肉の脂が野菜についてしまうので良くない。ということで片栗粉が馴染んだ肉もドボン。

 その間に、深めなフライパンに多めのポン酢、少しのみりん、めんつゆ、醤油を加えて加熱し、みりんのアルコールを飛ばしておく。

 でもって適当な容器に白菜、オクラ、肉の順番で敷き詰めていき、最後に上からフライパンのタレをかける。最後に冷蔵庫でしばらく冷蔵し、はい完成。

 ついでに薬味として、大根おろしと千切り大葉、梅肉にかつお節をを混ぜたものを用意すれば完璧。夏バテな体にも優しいさっぱり料理が出来上がり、である。

 そうそう、これも彩菜と一ヶ月前くらいに作った料理だった。確かあの時は、彩菜が肉に片栗粉と間違えて薄力粉まぶしてたっけ。しかもダマが残ってて、なんだか粉っぽい出来上がりになっちゃってた気がする。

 ……と、ここまで考えて、ふと思い出したことが。

「そういえば俺、一人で夕食作るのずいぶん久々だな」

 ついついぼそり、とつぶやく。

 朝食とかは基本毎日自分ひとりで作ってるけど、ここのところ夕食は彩菜と一緒に作るか適当に弁当買ってくるかで済ませてたし、こうやって一人で作って食べるってのはかなり久しぶりのことだった。

 たった二ヶ月か三ヶ月くらいのことなのに、隣にあいつがいることに慣れちゃってた自分がいて、なんだか苦笑いしてしまう。

「さっさと元通りに戻らなきゃな」

 だって、この道を選んだのは他でもない自分自身なのだから。そうやって自分に言い聞かすように、今度は少し語気を強くして呟いた。

 さて、まだ冷しゃぶが冷えるには時間もかかるし、別に彩菜がいるわけでもないから一汁三菜を考える必要も無いだろう。

 ご飯は炊いたし、味噌汁はインスタントで十分、そしてまだ時間は六時くらい。

 勉強はさっき嫌というほどやったし、テレビとかネットを見て時間を潰すってのもあまり気が乗らないし。

 そこまで考えて俺はエプロンを外し、なんだかやるせない気分が晴れるようにと願いつつも、部屋に漂う沈黙から目を背けるように、ベッドにごろんと寝転がって目を瞑った。


 それからどのくらい経っただろうか。

 体感的にはもうかなり時間が経ってる気もするが、瞑った目にまだ太陽の光が沁みないことを見ると、どうやらまだ夜の最中にいるようだった。

 とりあえず俺は目を開き、けだるい頭を振り向かせて壁掛け時計を見てみようとすると。

 ピリリリリリ、ピリリリリリリ!

 ちょうど、けたたましい音を鳴らして枕元に充電コードで繋がれた携帯電話が着信を知らせた。

 画面には見知らぬ番号が表示されていた。ついでに右上の隅っこに表示されているデジタル時計が俺に今の時刻が九時前くらいであることを知らせていて、なんだってこんな時間に……と思いながら、しぶしぶ電話に出る。

「もしもし?」

「あっ、もしもし、瀬川さん……で合ってますか?」

「ええ、そうですけど」

 すると電話口から聞こえてきたのは、なんだか少し明るめな声、それでいて普段の美鶴よりも少し大人しさを感じさせるような女子の声だった。

 見知らぬ女の人から電話がかかってくる筋合いなんてないんだけどなぁ……と思いつつ、俺はその声に耳を傾ける。

「えっと……、すみません、こんな夜分遅くに」

「いや、居眠りしてたもので、むしろ目覚ましになって良かったくらいでした」

「ホントにすみません……」

 彼女はなんだかしょんぼりとした声で俺に応える。

「いやホント、気にしてないんで」

「それなら良かったです……」

「……で、どうして僕のことを?」

 一応見知らぬ人とか目上の人の前では、一人称を「僕」にするようにしている……というのは、なんとなく媚びているように見えそうなので周囲には内緒にしている。

 まあそんなことはどうでも良くて、今はこの疑念を晴らすことに専念すべきだろう。

「えーっと、もともと瀬川さんのことは彩ちゃんから聞いてたんですけど、ちょっと彩ちゃんが緊急事態っていうか潰れちゃってる状態なので、お迎えに来て頂けたらと……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 自分から聞いたはいいものの、ハッキリ言って意味が不明だった。

 彩ちゃん? それって彩菜のことか? 潰れてるってどういうことだ、あいつまた酒飲んだのか? というかなんで彩菜は俺のことをこの人に話してるんだ? というかそもそも誰だこの人? ……という具合に、見事なまでにはてなマークの群集が俺の頭の上をひしめいていた。

 と、そんな俺の困惑を察知してくれたのか、電話口の彼女ははっとした様子で言葉を続けていく。

「そうそう、自己紹介が遅れてすみません。私、彩ちゃんといつも仲良くしてもらってます、日農大一年の星野由佳です」

 俺ははぁ、と間抜けな相槌を打ってその言葉をおしまいまで聞いた。

 なるほど、とりあえず彼女の素性は分かった。どうやら彼女は俺のことを冬から春に掛けて学力によって蹴落とし、見事大学デビューを飾った彩菜と同じ日農大生なようだった。

 ……とりあえず胸の奥から沸いてくる私怨を無理やり押し込め、俺は彼女に話を促す。

「それで、今日はなんで星野さんが彩菜のことを?」

「実は今日、彩ちゃんと私と、他の男女何人かでカラオケボックスに行ったんです。いつもは彩ちゃん自身もあんまりお酒は飲みたがらないし、それを周りも知ってたんで大丈夫だったんですけど……、今日は違う学科の子たちもいて、その子たちが彩ちゃんに無理やりお酒飲ませちゃいまして……。

 別に向こうに悪気は無かったと思うのでそこは責めないであげて欲しいんですけど、彩ちゃんの豹変ぶり見て引いちゃったみたいで、今解散の流れで私と彩ちゃん二人っきりの状況なんです。それで、彩ちゃんのこと迎えに来てくれる人って考えたら瀬川さんのことが思い浮かんだので、それで……」

 それ以上彼女は何も言わず、電話口は沈黙に包まれる。そしてその間、俺は頭の中で彼女の言葉を咀嚼しその意図を理解しようとした。この間わずか0.1秒。誰か俺のことを褒めてくれ。

 ……まあつまりは、彩菜がいつも遊ばないやつらと遊んで、酒飲まされて、でもって酔い潰れて今その友達からSOSが来てるっていう始末なわけだ。

 やれやれ、とんだとばっちりじゃねえか。

 かといってそれを放置しておくわけにもいかないので、俺は沈黙が降り立っていた携帯電話のマイクへと彼女たちの場所を聞き、そこで待っていてとひとこと言ってから電話を切った。

「ったく、あいつは手のかかるやっちゃなぁ……」

 今日の夕飯が簡単に冷めたり味の落ちたりするもんじゃなくてよかった、なんてさっきの居眠りを棚に上げつつ安堵し、ガス栓と電気と扉を閉めてから俺はグランメゾンの階段を駆け下りていった。

 空をふと見上げるといくつか明るい星が出ていて、なんとなくもの寂しい気分になったのはきっと気のせいだろう、うん。


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