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第五話 メランジェ

翌日の夕方。日が山の向こう側に落ちようとしているころ。

深紅の夕焼けと無数の星空が共存する空の下、目的地のメランジェに到着した。


メランジェの門前には、治安維持隊と役人以外の住民は避難しているはずだが、酒場『ケルントナー』の店主とフィレを含むウェイトレス数名、そして孤児たちまでギルド一行を出迎えた。


「これは、いったい…」


クラーレが馬車から降りると、途端に孤児たちが駆け寄ってきて周囲を囲み、脚にしがみ付いて来たり、背中からよじ登ってきたり、わんぱく加減がましたようだ。


「「おっさんおねぇちゃん! またあったね」」


一年前、メランジェから旅立つときに約束したことを覚えてくれていた。

クラーレは、屈んで子供たちの頭をいとおしく撫でてあげる。


「おう! またあったな!」


満面の笑みに少し涙が滲んだ。

ミルコやギルドマスターも降車し、他のメンバーも降りてくる。クラーレを中央に住人たちの列と向かい合うように並ぶ。

その後ろでは、従者が役人の誘導で馬車を移動していく。


「フィレ、どうして子供たちを避難させなかったんだ」

「「フィレおねぇちゃんは、悪くないんだよ」」

「ごめんにゃ。どうしてもクラーレの力になりたいって、言うこと聞いてくれないにゃ」

「え?」


孤児たちの中で一番の年長者の男の子が、クラーレに決意に満ちた表情を向けてくる。


「僕たちは、おっちゃ…クラーレおねぇちゃんが、絶対守ってくれると信じてる。だから、僕たちはクラーレおねぇちゃんの力になりたいと思ったんだ」


年長者の男の子の言葉に、まだ幼い女の子まで全員が頷いて、決意に満ちた顔を向けてくる。

嬉しいという言葉しか浮かばない。

孤児たちの決意が、思いが、クラーレに勇気と力を与えてくれる。


( 負けようがないだろう。こんなに無垢に応援してくれる子供たちがいるのだから)


クラーレは、両手をいっぱいに広げて、数人の孤児を抱きかかえて頬ずりをする。涙がこぼれる。

ミルコは、その光景に感動し、ハンカチを取り出して口に加え、ボロボロに泣いている。

そんなミルコをギルドマスターが優しく背中を叩いている。


「ありがとう。みんなの力、確かに借りるよ」

「「クラーレおねぇちゃ~ん~!」」


「はいはい。とりあえずそこまでにしておきな」


店主が手を叩き、全員の目を向けさせる。


「ここで立ち話しててもしょうがないだろう。さっさと町に入りな」

「なんで、店主までいるんですか」

「後方支援だよ。ケルントナーの店員全員で、あんたらギルドメンバーをサポートしてやるよ」


視線をギルドマスターに向けるが、両手を広げて知らなかったサインを出した。


「こっちに来るギルドの情報を役人から教えてもらったのさ。クラーレが入るって話したら全員残るって言いだしてな。役人に話して町から出ない条件付きで、ギルドの食事と宿屋を任せてもらったのさ」

「つい先ほど決まったにゃ」

「それは、願ってもない申し出だ。マスターとして、こちらからもお願いするよ」


店主とギルドマスターは、少し腹黒い笑みを浮かべながら、固く力強い握手をした。


( 類は友を呼ぶを体現した瞬間だな。サラリーマンの時はついぞ見なかったな)


「というわけだ。腹空いているだろう? みんなケルントナーに来なっ!!」

「オオーーーーーーッ!」


一瞬にして、クラーレを除くギルドメンバー全員を掌握した店主。

店主を先頭にした一団が、ぞろぞろと町の中に入っていく。


( 俺も行くか。)


クラーレとミルコは、孤児たちを連れて町の中に入っていた。



ケルントナーの店内は、ギルドメンバーで賑わい始めた。

そこに、クラーレの姿はない。


「マスター。クラーレの姿が見えないわ」

「ん? そういえばそうだな」


ミルコとクラーレは、視線を店内に巡らせたが、ギルドメンバー以外はメイド姿したウェイトレスと、ギルドマスターが背もたれにしているカウンターの向こう側に店主がいるだけだ。


「ああ、クラーレは着替え中だよ」

「「着替え?」」


ほどなくして。従業員入り口が開く。


「お待たせにゃ! 当店名物の再開にゃーーっ!」


フィレのが両腕をいっぱいに広げながら開いた手をひらひらとさせると、クラーレが登場した。


「た、逮捕しちゃっても良いかな?」


ミルコは、鼻血を拭きだした。ギルドマスターは、口を大きく開けたまま固まっていた。


( 店主、絶対に地球の文化を知ってるだろう!!)


とってもアメリカンなミニスカートのポリス姿だった。

六角形の小さめの黒い警官帽子を横に被り、臍が丸出しになるほどに丈が短いシアン色の半袖シャツ。

黒のネクタイは胸の間を通ってシャツの丈より下まで垂れさがっている。

黒いスカートは、タイトスカートだが、ようやくお尻が隠れている程度に短く、右横にスリットが入っている。

そして、生足で黒のパンプスを履いている。


しばらく沈黙が続いたが、野郎どもの歓声が沸きあがった。

しかも、なぜか女性陣からハートマークのような視線を投げつけられる。


「クラーレ! いや、クラーレちゃん。こっちきて座ってくれ!」

「いやいや、こっちにこいよ。というか、逮捕してくれ」

「やーん。クラーレは男たちには譲れないわぁ~」

「馬鹿ども! うちは酒場なんだから、飯を飲み物を注文しなっ!」


注文が飛び交う。

注文を取りに行くウェイトレスたちが忙しく動く。

どうにか鼻血がとまったミルコが、クラーレの姿を注視しながら声をかける。


「に、似合ってるわ」

「はは…ありがとうね」

「コスチュームって言うんだけっけ? こういうの」

「コスチュームって言わないでぇ。軽いトラウマになっているのよ」

「ごめんごめん。だけど、どうして女性の口調にしてるの」

「そ、そこは突っ込まないで欲しいわぁ」

「長い人生、色々あるっていうし、私は、そういう趣味を受け入れられる器があるつもりよ」

「趣味って言わないで…」

( 悲しくなるから…。)


知り合いに絶対に知られたくないランキングの上位に入るほどの極秘。

ミルコにメランジェに住んでいた時のことは話してあるが、「このことだけは!」話していなかったのだ。


「クラーレ。これを一番テーブルに持っていきな」

「はーーい」


トレーに出来上がったばかりの料理とビールを載せて、一番テーブルに持っていく。

大歓声とともに迎え入れられる。営業スマイルで接客し、手を振ってカウンターに戻る。次々と出来上がる料理を他のウェイトレスも運んでいく。


( クラーレにとって天職じゃないかしら)


ミルコの心を読んだのか、遠くから首を横に振っている。

苦笑するミルコ。


「店主。クラーレもお腹空いているだろうから、私から差し入れでボイシェルを注文するわ。私が食べさせてあげる」

「なるほど、そういう手があったかい」

「ああっ! ミルコ! それはきたねぇぞっ! それなら俺たちも」

「俺も俺もっ!」

「そ、そんなに食べられないわよー」


クラーレが絶叫した。

そんな賑やかな、賑やかすぎる食事は、ギルドメンバー全員の満腹で終わった。


この後は、シリアスな状況に変わる。

このままケルントナーの店内で会議が始まる。

ギルドメンバーは、真剣な顔つきに戻り店内が緊張に包まれる。ウェイトレスもその緊張感に感化され口を閉ざしている。

クラーレも着替えてきて、通常の装備に戻っている。ミルコとともにカウンター席に座る。


「先ほど、役人が来て最新情報が入った。ミノタウロスの亜種が一頭出たそうだ」


店内がざわつく。

ミノタウロスの亜種が存在するなんてありえないからだ。

魔物は、その驚異的な能力をその強靭な肉体を持って生まれてくるからだ。

そのため、ミノタウロスはミノタウロスとしてしか生まれず進化もしない。


「言いたいことは分かっている。だが、亜種としか呼びようがないそうだ。他のミノタウロスより強く、真っ黒な姿をしているそうだ」

「マスター。他のミノタウロスより強いという根拠は?」


ギルドメンバーからの質問。


「その黒いミノタウロスは、同族であるはずの、他のミノタウロスも倒している。十二頭いたミノタウロスが五頭にまで減ったそうだ」


ミノタウロスの総数が減ったからと言って楽観視できる話しではない。

残った五頭のミノタウロスが、森から外に出てメランジェに向かって逃げだしてくる可能性があるからだ。

しかも、その黒いミノタウロスも出てこないとも限らない。

悪い状況だけが重なっていく。


当初の予定では、メランジェから一キロ先に、土嚢を積み上げた防衛ラインを築き、治安維持隊とギルドの混成チームを二班に分けて昼夜常駐し、ここを死守する防衛方針だった。

だがもし、ミノタウロス五頭と黒いミノタウロスが一斉に森から出てきたら、暴力的な力で突破されメランジェに危機が及ぶ可能性がある。


「速やかに排除する必要が出てきた。よって、我々ギルドは、森に入り一頭ずつ確実に倒していく。黒いミノタウロスは、総力戦で挑む」


防衛ラインは、メランジェから五百メートル先にまで下げて、治安維持隊に守ってもらう。

当然ながら、この防衛ラインまでミノタウロスを到達させてはならない。

五頭のミノタウロスは、見つけ次第一頭につき五名チームで討伐する。なるべく速やかに排除する必要がある。


「もしかしたら、この戦いはギルド史上最悪の戦いになるかもしれない。場合によっては、ギルドを解散せざるを得ないほどの危機になるかもしれん」


それは、つまり。ギルドメンバーの誰かが死ぬかもしれないという意味だ。

誰かではなく、十数人単位で死者がでるかもしれないほどの戦いになるかもしれない。


ミルコが唾を飲み込む音がクラーレにも届く。そっとミルコの手を握る。


「ミルコは、俺が守ってやる」

「……。うん」


ミルコは、直ぐに返事ができなかった。

ミルコにって最悪なのは、何よりも耐え難いのは、クラーレを失うことだ。


( クラーレを守るのは私しかいない。私が盾になってでもクラーレを救う)


「チーム編成は、明日の朝、話す。装備は入念に手入れをしておけ。身体も万全で向かえるよう寝ておくように。では、解散する!」


ギルドメンバーは、緊張が張り詰めたまま立ち上がり、店主やフィレたちウェイトレスの案内でそれぞれの宿屋に向かう。


クラーレとミルコもフィレの案内で宿屋に向かっている。


「クラーレ、落ち着いているにゃ?」

「ん? ああ、大丈夫だよ。落ち着いているし緊張もしていない」

「死ぬかもしれにゃいのよ」

「死なないさ。絶対に死ぬわけない。俺には子供たちから借りた力がある。黒いミノタウロスにだって負けない」


はっきりと断言できる。

心の底から、体の芯の奥から、沸き立つ力を確かに感じている。幻想などではない確かで確実な力だ。


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