第三話 ミルコ・ベルリーナー・プファンクーヘン
ミルコ・ベルリーナー・プファンクーヘン、それが元女部長のルナールの名前。
自分と同じように名前を持っていた。つまり、この身体の元の持ち主の名前である可能性があるが、それは否定できる。
本来、その人種が住処としている場所ではない、かけ離れた場所で目覚めたからだ。
ミルコは、この城塞都市カルカッソンヌの隅にある空き家で一週間前に目覚めた。
現状を把握できず、空き家にあった金で日々を過ごしていたらしい。
酒場を出た後、落ち着いて話しができる場所にと宿屋に招いた。
「こ、こんな、と、ところで。な、な、なにを、す、す、するきかしら」
守るかのように身体を剛腕で抱きしめて、顔を赤く染め、そわそわするルナールのオス。
はっきり言って気食悪い。どう見てもオネエキャラだ。
「この宿は、この街で過ごすために取っただけだ。ミルコは自分の家があるだろう」
「そ、そうね」
「だいだい、下心あるって思ったなら付いてこなきゃいてだろう」
「マー君、つっけんどん?」
「マー君じゅなくて、この世界ではクラーレ。それにあんたはそんなブリブリのキャラじゃないだろう」
「元々この性格だよ」
仕事では部長という立場上、部下への威厳のため、あえて厳しい言葉を使っていたらしい。
いやそれでも、40後半のアラフォーおばさんがブリブリはないだろうに。
心底ため息をついた。
「ミルコは、この世界で何をしたいんだ」
「マー…クラーレちゃんに逢うまでは、元の世界に帰りたいと思っていたけど、クラーレちゃんと過ごすのもいいかもね」
「それは無理だ」
「ええっ、なんで!?」
「俺は、世界中を旅したいと思っているからだ」
「うーん、その旅についていったらダメ?」
「魔物との戦闘経験があるのか?」
「あんな怖い魔物とは戦えないよー。死んじゃったらどうするの」
「いや、この世界では魔物を倒してこそ、生きられる世界だが。確かにこの街から一生外に出なければ生きられるな」
「クラーレの方こそ、どうして旅をしようしと思ったの」
「三カ月間ほど暮らした町で、孤児たちと一緒に生活をしていたんだ。その孤児たちは、ドラゴンに襲われて両親を亡くし身寄りがなかった子供たちだったんだよ。それでも明るく過ごしている子供たちを見ていたら、俺にもできることがあるんじゃないかと思ってな。ドラゴンを退治したい訳じゃないけど、少しでもこの世界から厄災がなくなれば良いと思っているのさ」
「クラーレは凄いね。やけ酒を飲んで過ごしていた私とは全然違う」
「良い人達に巡り合えただけだよ」
本当に良い人達と巡り合えたと心から思っている。
出会いがあったからこそ、挫けることがなくこの世界で頑張っていけると思ったのだ。
ミルコは、ずいっとクラーレの目の前までやってきて、顔を近づける。
真剣なまなざしでクラーレを見つめる。
クラーレを見つめて心の奥から沸き立つものがある。それは、愛情という名の決心。
( この人を二度と失いたくない気持ちが、しっかりとあるわ。)
「私も、その旅に連れていって!」
「おおっ、おう」
先ほどのようなブリブリした口調ではなく、女部長の時のキリッとした威厳ある口調。
決してお芝居の口調ではない、堅い決意のようなものを感じる。
その気迫に蹴落とされたようにクラーレの身体が引く。
「ど、どせうすれば、魔物を倒せるぐらい強くなれるかしら」
「装備さえ整えれば、ルナールの力量ならオーガぐらい簡単に倒せるよ」
「そうなの」
「ルナールは、ダークエルフ並みにずば抜けているんだ。特に魔力ではなく妖力を使用する獣人はルナールだけだからね」
魔力とは違う力の源を使う妖力。
妖力攻撃は魔力防御を超える強さを持ち、妖力防御は魔力攻撃にも耐えられる為、魔力より妖力が上位と位置付けられているが、大魔法は儀式が必要な術も多く、エルフの詠唱時間よりも長いため、即効性に乏しい。
とはいえ、発動してしまえば強力な攻撃または防御になりえるので、パーティーメンバーに加えたいと思う冒険者も多い。
「それにルナールのオスは、ダークエルフの俺より体力と腕力が勝っている」
体力と腕力があるルナールのオスは、戦士や剣士になる。
妖力防御が優位であるので、妖力防御をかけて敵陣に単身切り込むルナールが多い。
「でも、体力と腕力があるからって、それに胡坐をかいていたらダメなんでしょ?」
「戦闘経験が少ないと、駆け引きの差で命を落とすこともある」
「わかったわ。何事も経験が必要ってことね。さっそく、魔物退治に出かけましょう」
「だから装備ないだろう」
「あ、ないわ」
しかも、毎日飲んだくれていたので、装備を買える金の持ち合わせもない。
はたから見ても分かるほどの落ち込みよう。
クラーレが、この街に来たのはギルドに入って、この世界の情勢を知るためである。同時に、より上位の装備を整えるためでもある。
入団するなら上位で質の良いのギルドに入っておきたい。
ギルドは、三つのランクがあり、下位ギルドで十名まで、中位ギルドで二十名まで、上位ギルドは三十名までの人数制限制で決まっている。
人数に制限があるのは、一つのギルトが力を付けて国の防衛よりも巨大な力を付けさせないためである。
とはいえ、上位ギルドがレベルの高い冒険者が集まっているというわけでもない。
単に人数を合わせただけの上位ギルドもあるのだ。
「ギルドに入って戦闘経験も生活費も稼ぐ方が効率がいいだろう」
「でも、私は難しいんじゃない。入れても下位ギルドだろうし」
質の高い上位ギルドに入るには、入団テストをパスする必要がある。
戦闘経験のないミルコは、まず無理。クラーレが入れるギルドは、せいぜい中位ギルドぐらいだろうと考えている。
「いや、中位ギルドでも欠員があるギルドならテストなしで入れるだろう」
「そんなギルドあるの」
「手あたりしだい行ってみるしかないな」
宿を出た。
日が陰り始め、冒険者の人通りが多かった通りは、夕食の支度のため外出する女性に変わり、出店の前で品定めをしている。
そもそもギルドは、街の至る所に点在している。一通り回るだけでも半日はかかる。
中位ギルドだけに絞り込めば、早く回れるが、土地勘があるだろうと期待してミルコに聞いてみたが、やっぱり知らなかった。
「しかたがない。歩くか」
クラーレを前にミルコが後ろを歩く。
他人から見れば、美女と野獣に見えるはずだが、ミルコが男らしくなく内股の女歩きで、クラーレが歩幅の広い男らしい歩き方なので、あまり好意的に見れられていないようだ。
ギルドの看板は、ドラゴンを倒した英雄の一人が携えていたロングソードと神官の杖が、×字のように描かれたものとなっており、看板の素材が銅製が下位ギルド、鉄製が中位ギルド、銀製が上位ギルドとなっていて区別しやすくなっている。
三軒の中位ギルドを訪ねたが、定員一杯だったり、欠員があっても質が良くなかったり、戦闘経験なしがダメだったり、条件にあうところがなかなかない。
( 営業マンの気持ちが分かってきた気がするな。
四軒目のギルドの門をくぐる。
入り口すぐに受付があり、雑誌を読んでいた受付嬢のラピヌ(兎人)に声をかける。
ラピヌは、赤目で小柄の可愛い獣人であるが、俊敏性とスピードは人間種と獣人を含めても一番である。
「入団希望だ。二名分の欠員はあるだろうか」
「う~ん」
その受付嬢は、テーブルの上に手をついて体を預けるようにして覗き込み、まずダークエルフのクラーレを凝視し、上から下を何度も見て品定めする。「ふふん」と鼻を鳴らした。
一方、クラーレの横にいたルナールのミルコは、一瞥しただけで終えた。
「ダークエルフOK、ルナールはダメ」
「ここまで三軒訪ねてきたが、受付嬢が入団審査するのは初めてだな。ギルドマスターかサブマスターを呼んでほしい」
「呼ぶ必要はない。私がギルドマスターだからね」
「ここのギルドは、ギルドマスターが受付嬢をしないとダメなほど、暇なのか」
「言うねぇ。言外の意趣返しかい」
クラーレとギルドマスターと名乗る受付嬢の間で火花が飛び交う。
気迫に気迫を押し付け、視線で威圧する。
ミルコは、このやり取りを静観している。
「ルナールが、ダメな主な理由は、見た目通りの戦闘経験のなさ…だろう」
「ああ。それにルナールならうちのギルドにもいる。結構使えるやつでな。パーティに引っ張りだこだよ」
「結構…ねぇ。そいつは、使える妖術は、五、六個ぐらいではないのか」
「ギルド内の秘密だ」
一般的にルナールが使える妖術は、全妖術のうち数パーセント程度とい言われている。
これは、妖力消費が激しい妖術が大半を占めているからだ。戦闘中は、妖力の枯渇は死活問題になるので、一発逆転で勝利を得るときぐらいにしか、消費が激しい妖術は使わないのがふつう。
ギルドマスターの表情からは、読み取れないが、確信が必要でもない。
というか外れていたとしても構わない。
これから、博打に打つのだから。
「このルナールは、儀式が必要な大妖術を連続三回唱えることができる」
「なに?!」
ミルコの眉が一瞬上がりそうになったが、自重した。
ここで表情を変えたりしたら、せっかくの大ぼらが台無しになるからだ。
クラーレの方は、博打ではあるけど大ぼらを言っているとは思っていない。
メランジェでは、魔物討伐に参加するのに、命を預ける仲間の技量を図る目的で、魔力と体力の測定が必須だった。
体力は腕力と持久力を測定器を使って数値化することができるが、魔力は測る機械や特殊な魔法がないため下位攻撃魔法のファイヤーボールを限界まで何回も発動することで測っていた。
標準的なエルフは三十回が限度であるが、クラーレは百回以上撃てた。
つまり、異世界に転生してきた者は、遥かに上回るスペックを持っている可能性がある。
「眉唾な話だが…」
顎に手を当てて思案するギルドマスター。
ここで一笑に付さないと言うことは、過去に同様な高スペックを持つ人物と出会ったか、信頼できる人づてで聞いたことがあるか、可能性がある。
前の三軒までは、ここで終わっていた。
( ここはもう一枚切るタイミングだろう。)
「しかも、高速詠唱ができる」
詠唱が必要な魔法や妖術は、意味がある言葉を一言一句を正確に明瞭に唱える必要がある。
このため、長文の詠唱は長くなる傾向があり発動までに時間が掛かる。この時間を短縮するのが高速詠唱で、いわゆる早口である。
ミルコは、早口が得意である。部下に指示するのに時間を惜しむ性格だったので、用件を素早く伝えるために大声で早口で伝えていたからだ。
これに慣れるまで苦労したが、慣れれば自分の方も時間短縮ができるので、クラーレもいつの間にか早口になっていた。
「私も高速詠唱ぐらいできる」
「それは、どのくらい早いんだ」
「狩が良く分かる狩猟家は犬なしで狩が出来ないと駄目だ」およそ三秒
この世界の早口言葉を、ギルドマスターは、噛むことなく正確に披露した。かなり自慢げだ。
クラーレは、ニヤリとした。
「ようやく私の出番のようね」
ミルコは、身構えることも泣く空気も吸うこともなく、なんら準備もなく、普通に話すように語る。
「狩が良く分かる狩猟家は犬なしで狩が出来ないと駄目だ」およそ一秒
「早すぎるっ」
「ちなみに俺は。狩が良く分かる狩猟家は犬なしで狩が出来ないと駄目だ」およそ二秒
「木っ端冒険者のレベルじゃないな」
確かに木っ端冒険者だけど、面と向かって言われると腹が立つ。が、表情に出すわけにはいかない。
プレゼンテーションは、笑顔以外の表情を見せないのが常識。
「これで証明できただろう。どうだ。入団は可能か?」
「うむ…。そろそろ決断すべきとは思っていたが…」
再び顎に手を当てて考え込むギルドマスター。今度は耳が可愛く跳ねている。
まわりくどい言い方をした後、たっぷり一分考えた後、決心したような顔になり、身なりを正してクラーレとミルコに正対して握手を求める。
「二人の入団を歓迎する」
クラーレとミルコはギルドマスターと握手をする。これで入団決定である。後はギルド名簿に名を連ねるだけ。
「ようこそ。上位ギルド、リエーヴル・ロワイヤルへ」
「え? ここ中位ギルドじゃあ…」
「ちょうど今、定員が二十名を超えたからな。上位ギルドになる条件を満たした」
「つまり、初めから欠員がなかったということか」
「いや、一人分欠員あったさ。そこのルナールが入ったお掛けだな」
にっひひっと不敵な笑みを浮かべる。
食えない兎だった。




