第二話 旅立ちと出会い
この町メランジェに住み、酒場ケルントナーでアルバイトを続け、ようやく革製のライトアーマーと銅製の片手剣を購入し、治安維持隊の魔物討伐にも参加。
町の外に出没するゴブリンやオーガを退治し、それなりの戦闘経験を積み重ねていった。
ロールプレイングゲームのように戦闘経験による身体向上や魔力向上はない。
幸いにもダークエルフとして転生したおっさん、クラーレの魔力は十二分にあり、魔物討伐に参加しているメンバーの中でも突出していた。
しかも、身体能力も上回っており、後衛魔法支援魔法士ではなく前衛魔法攻撃剣士として活躍していた。
戦闘経験で得るものがないわけでもない。
剣士なら剣技、拳士なら拳技といった技能を高めることができ、勝負勘や見切りなどを培うことができる。
クラーレは、中のおっさんが習っていた剣道の経験を生かし、身体能力の高さによるアクロバティックな剣捌きに攻撃魔法を織り交ぜた魔法剣技を身に付けていった。
魔物は魔石をドロップする。魔石を売ることで換金することもできるが、防具や武器にも生成できる。
魔石で作られた装備品は、この世界で最硬度のアダマンチウムと同等の強度を持ち、かつ魔法が付加された防具や武器になるので重宝されている。
付加される魔法は、鍛冶屋の技量に大きく左右されるので、価格の幅はかなり大きい。
そして、三カ月が経ち木々に様々な色の花が咲き乱れる季節。
旅に必要な旅費が貯まり、魔石で作った装備も買い旅に出ることを決意をした。
メランジュに初めて来たときとは反対の門、城塞都市カルカッソンヌにつながる側の北門。
見送りに店主とフィレ、孤児たちが来ていた。
「おっさんおねぇちゃん。本当に行っちゃうの」
泣きだしそうな幼い女の子が、クラーレの足元にしがみ付いてきた。
おっさんおねぇちゃんは、子供たちがクラーレにつけたあだ名である。
フィレの傍にいる子供たちの中には、泣いている子もいた。そんな子供たちをみてフィレも半泣きしている。
クラーレは、しがみついてきた女の子の頭を優しく撫でる。
「君たちのことは忘れないぜ」
「フィレまで一緒に泣いてんじゃないよ。クラーレが決めた道なんだ。笑顔で送ってやれ」
「そうだにゃ。クラーレ、いい旅であるよう祈ってるにゃ」
「ありがとう。店主もフィレも元気でな」
しがみついている子供の手を優しく離してやり、その子の目線と同じぐらいの高さになる様に座って約束をする。
「いつかまた、この町に帰ってくる。ここはもう俺の故郷だからな」
「必ず帰ってきてね。いつまでも待ってるからね」
「分かった」
もう一度、その子の頭を優しく撫でて笑顔を返す。
すっと立ち上がると手を振って。
「サヨナラはいわない、『また会おうね』だ」
「また会おうね」
店主とフィレ、子供たちが笑顔で手を振って見送ってくれる。
その光景が、クラーレの心深くに刻まれた。
城塞都市カルカッソンヌまでは、徒歩で四日かかる距離。
一般的に日が落ちるまでに宿場町に入って宿泊し、日が上がると同時に出発する。
ようやくたどり着いたカルカッソンヌの外観は、人の何倍もの高さがある石造りの城壁で囲まれていて中を伺うことはできない。
分厚く大きい木造の門の前には、数人の衛兵が待機し厳しいチェックを行っている。
そのせいで長蛇の列ができていて、クラーレもその列に並んで順番を待っていた。
カルカッソンヌは、街道の起点にあり三つの街道が交じり合っている。
その為、人の出入りも他の町よりも格段に多く、さらに物流の要にもなっている。
その恩恵を受けて人々は豊かな生活を送っている。
一方で犯罪者も増加する。
犯罪者抑止ため、門での厳しいチェックが行われる。身分証明書を持っていないと入ることはできない。
身分証明書は、各町の役所で発行している。もちろん、発行時にも厳しいチェックもあり、素行調査が行われ不適合と判断されれば発行されない。
身分証明書が不正に利用されないよう、本人の血から魔法的処置で生成したインクで拇印を押すことで二つとない身分証明書になる。
本人確認の際は、門で待機している魔法士が特殊な魔法を唱えることで、本人と身分証明書が発光する。同色の発光であれば、本人証明ができるという仕組みである。
クラーレは、身分証明書をメランジェで店主やフィレの勧めで作成した。
素行調査もすんなり通った。出生が定かではないクラーが身分証明書が取得できたのは、メランジェの人気者だったことが大きい。
もしかしたら、いずれクラーレが旅立つだろうことを予測して店主が一計を講じたのかもしれない。
クラーレが門の前、衛兵二名と魔法士一名がいる受付に到着すると、衛兵と魔法士が揃って驚いた表情をしたあと頬を染めた。
城塞都市カルカッソンヌでも目見麗しいダークエルフを見ることはあまりない。
全くないわけではなく、人間種との戦争を知らない若い世代のダークエルフが、たまにカルカッソンヌにやってくるからだ。
だがそれは、クラーレほど大人びた妖艶さを持っているような大人ではなく、大人の一歩手前のあどけなさが残る少年少女である。
クラーレは、ある意味お決まりの格納場所、胸の谷間から身分証明書を取り出して、魔法士の目の前で広げて見せた。
「後が閊えているようだが、良いのか」
「へ? ああ、すまない」
見目麗しいダークエルフの口から、おっさんのような言葉が発せられたことで我に返った魔法士。
呪文を唱え、身分証明書とクラーレの身体から発せられる色が同色のジャッロ・ヴァティカーノであることを確認し、衛兵に頷きを持って問題ないことを告げる。
「良し通って良いぞ」
「ありがとう」
身分証明書を丸めて再び胸谷間にしまう。
城門をくぐり抜けると、活気に満ちた街並みがあった。
多種多様な人種が行交い、街の子供たちが楽しく走り回り、歳をめした女性達が街角で会話を弾ませている。
一番多いのは、冒険者達。
煌びやかな防具を付けた戦士や剣士、魔法アイテムなどで身を覆っている魔法士、短剣をクルクル回しているトレジャーハンター、聖書と杖を持つ神官。
そんな冒険者が多いのは、この都市にギルドという組織があるからだ。
ギルドとは、カルカッソンヌのような都市にある冒険者が作り上げた組織で、自治区や政府から仕事を請け負い、登録メンバーにその仕事を割り振るのがメインである。
ギルドに登録した冒険者は、そのギルド内でパーティーを組むことができ、単独では無理な仕事もパーティーを組むことでこなすことができる。
報酬の分け前は、その仕事で活躍した内容によって分け前が変わる。
クラーレも、ギルドに入るつもりでカルカッソンヌに来た。
冒険者として名を上げることが目的であるが、同時にこの世界の現状を把握するためでもある。
この世界の知識は、この世界に転生した時からすでに持っていたが、世界情勢が変わっていけば、どんどん古くなるからだ。
常に新しい情報を得ておくのは、サラリーマンとしては常識だ。それに、それ以上に知りたいのは「なぜ、自分がこの世界に転送されたか」だ。
それは、元の世界側の事情ではなく、こっちの世界での事情で転送されたのでは、と考えている。
それも、神とかの啓示で「これをやれ」とか「あれをやれ」とかもない完全放置状態なので、自分でこの世界を調べなくてはならないという面倒くさい話しだ。
( 腹減ったな。昼飯でも食うか。)
すれ違う人々の視線を感じる。
さすがにこの視線も慣れたが、あどけない子供の「あのダークエルフのおねぇちゃん、バインバインだよ」とか「あのスカートの中どうなっているんだろうな」とか、親の躾がどうなっているのか心配になる。それとも、口の悪い冒険者の影響か。
食事ができるところは酒場しかないので、見た感じで高くもなさそうな酒場にはいる。
どこの街でも同じというべきか、丸いテーブルにやさぐれた冒険者が昼間から酒を飲んでいる。
( やさぐれた…は、言い過ぎか。)
そんなテーブルの間を抜けて、奥のカウンター席に座る。
クラーレの隣には、「やさぐれた」という表現が的確な狐人・ルナールのオスが、カウンターに身体を預けながら酒を飲みツマミを齧っている。
「ダークエルフとは、珍しいね。なににするかい」
気さくな口調の店主。腹に脂肪が貯まりに貯まった丸い体型で、愛想のいい笑顔をクラーレに向ける。
メニューを差し出してくれる。
「カスレ3人前。あと地産の酒があると嬉しい」
「うちのカスレは、量があるよ」
「問題ない」
「わかったよ。カスレにあう地酒も出してやる」
「よろしく頼む」
「なんで私がこんな目に合わなきゃなんないのよ…だぜ」
隣りのやさぐれたルナールから、そんな声が漏れた。
クラーレは、ぎょっとして隣を見た。
ルナールのオスは、顎をカウンターにつけて病的にまで黒ずんだクマがある目を垂れ下げ、黄金色の耳が完全に下に向いている。
「きっと、あのバカヤローのせいに違いないわ…だぜ」
オンラインゲームで例えるなら、男性キャラを操っている中身が女性の、チャットの入力ミスをしたような話し方。
「んーー…?」
( やばっ、目があった。これ、絡まれるパターンだ。)
クラーレは、慌てて目線を逸らした。
いいタイミングで、大皿に盛られたカスレ3人前と地酒がクラーレの前に置かれた。
「おまち!」
「ありがとう」
大皿に添えられたスプーンでカスレをすくい上げ、一口食べる。
インゲン豆にトマトベースのスープが染み込み、口の中に芳醇な酸味が広がる。これを地酒で中和するとまた格別な味になる。
鶏のコンフィにウィンナーも入って贅沢な逸品となっている。
「おっちゃん。最高に美味しいよ」
「おっちゃんて…。ありがとうよ、お嬢ちゃん」
( 来て早々、良い店に当たったな。他の料理も期待できそうだ。)
「日焼けしたエルフか…だぜ」
「日焼けしたエルフがいるかーーっ!」
美味しい料理を食べて気が緩んだところにルナールのオスの言葉についツッコミを入れてしまった。
後悔先に立たずとはこのことだ。先に立つ後悔も嫌だが。
ルナールのオスは、悪魔のほほえみをクラーレに向ける。
こういう絡んでくる酒癖の悪い酔っぱらいの対処は、元の世界で上司の女部長のおかげで慣れている。
( そういえば、あの鬼ババァ部長もこんな感じだったな。)
自分が、女部長につけたあだ名である。
仕事では何かといちゃもんを付けてきては対立してきた犬猿の中。その上、酒の席に無理やり引っ張りだしては、こんな感じで絡んできて迷惑を被っていた。
「それ、美味しそうね。食べていいかしら…だぜ」
「って、言いながら、勝手に鶏肉もっていくな! 食うなっ!」
手癖の悪さまで似ているとは。ここまで来ると親近感さえ沸いてくる。
「まいうー。お礼に私の愚痴を聞かせてあげる…だぜ」
「いらん。お礼にもなっとらん」
「いいわー。そういうツッコミ。久しく聞いたわ。親近感わいてきたわ…だぜ」
絡んでくる酔っぱらいは無視するのが一番なのだが、自分の性格がツッコまないとムズムズする体質なのか、考えなしに突っ込んでしまう。
「私の知り合いにもそんな人がいてね。つい酒に誘っちゃうのよ…だぜ」
「その人も、迷惑しただろうな」
「本当に迷惑だと思ってたら、断るでしょ? その人は、嫌な顔をしても断らないのよ。それがまた嬉しくてね…だぜ」
「その人も、色々なしがらみがあって断れないだろうな」
「でもね。私にとっては心が休まるとても大事な時間だったのよ」
( あの女部長もそうだったのだろうか。)
「そういうひと時を繰り返していると、だんだんあの人に惹かれていくのが分かってきたの。でも、その人はもう…」
「亡くなられたのですが」
「いいえ。原因不明の昏睡状態。目覚めるかのは分からないって」
「そうですか」
「私、初めて大泣きしたわ。自分でも驚くほどの大泣き。私って彼のことを愛していたんだって、そのとき気づいたの」
ルナールのオスは、カウンターに顔を付して嗚咽を繰り返す。
カウンターが涙で濡れている。店主が困った顔で、カウンターを拭く。
「この人、毎日来ては隣に座った人に同じ事を繰り返して話してるんですよ」
「それでカウンターに誰も座ってなかったんですね」
酒を飲んでばか騒ぎするのは、酒場での常識なので、気にする店主はいない。
とはいえ、このような絡んでくるルナールを一緒の酒の席に誘う奴はいない。理由は酒がまずくなるからだ。
「それなのに、大泣きして寝て起きたら、なんでこんな異世界にいるのよー! だぜ」
クラーレは、口に含んでいた酒を危うく拭き出すところだった。
聞き捨てならないキーワードがでたからだ。
「なんで私がこんな目に合わなきゃなんないのよ…だぜ」
また最初から話し始めるルナール。
つまり、このルナールは、自分と同じようにこの世界に転生して来た人物になる。
しかも、その人物は、知り合いとよく似た性格。
「きっと、あのバカヤローのせいに違いないわ…だぜ」
バカヤローが自分と似た人物である可能性。というより、クラーレの中身の人そのものである可能性が高い。
( いやいや。まさかねぇ。)
確認した方が良いかもしれない。
その結果、踏まなくても良いドラゴンのしっぽを踏んでしまうこともある。いわゆる自爆。
とはいえ、自分が考えている人物だとしたら、ほっておくわけにもいかないだろう。
「もしかして、鬼ババァですか?」
「誰が鬼ババァよ!」
クラーレは、頭に手をやって頭痛に耐えた。ご本人その人、女部長確定でした。
「……。やっぱり」
「へ? もしかして、マー君?」
「誰がマー君ですか。それに一度もマー君って呼ばれたことないでしょう!」
太いオスの剛腕でクラーレにいきなり抱きついてきた。
背丈はルナールの方が大きいので、クラーレの肩で嗚咽している形になる。
「あいたかったよ、マー君、マー君」
クラーレは、思った。確実にドラゴンの尾を踏んでしまったっと。
元女部長とこの世界を生きていくことになることを。そして、厳しい試練になるだろうとも予測できたからだ。
それは、女部長が、ロールプレイングゲームを知らないからだ。




