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プロローグ

いつものように目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。

おっさんと言われる歳にもなると、ストレス過多でぐっすり眠れない。起きても疲労が抜けない。

体が重い。疲労が抜けていない証拠だ。

瞼をゆっくりと開ける。

視界がぼやけている。

いつものことだ。メガネを老眼に変えて間もない。

俺は、脳に新鮮な酸素を送って、覚醒を早めようと鼻から深呼吸をした。

取りこんだ空気で、胸が大きく膨らむ。

同時に胸の上から重いものが顔に向かって落ちるような感覚がした。


(ん? 掛け布団が落ちた?)


取りこんだ空気をゆっくりと口から吐き出した。

胸の重いものが、再び移動して元の位置に戻った。

数回深呼吸を繰り返すと、その回数と同じだけ、同じように重さの移動があった。

感覚的には、揺れているが相当だろう。

これは、布団ではなく、何かが胸の上に乗っていて、それが揺れている感じだ。


ぼやけている視界に胸部を収め、眉間に皺を寄せて無理やり焦点を合わせた。


( 山?)


しかも、2つの山。

山肌は褐色で、山頂から麓にかけて黒の布地に覆われ、山頂から隣の山の山頂まで橋を渡すように赤の紐で結ばれ、その紐が短いせいで山と山が接触している。


脳が一気に覚醒した。

上体を起こした。

山が弾んだ。

思わず叫んだ。


「胸がある!」


女の声が口から飛んだ。思わず、両手で口を塞いだ。

胸があることにも驚いたが、自分の口から女の声が発声されたことにも驚いた。


( どういうことだ。)


思考が迷走してパニックにならなかったのは、意外と当たり前なのかもしれない。

ネットワークゲームのキャラは、いつも女性キャラで仲間たちには『中身おっさんです』とばらしてプレイしていたから、その感覚で今の状況を把握しているのだろう。


そもそも、現実世界で女性なること自体がありえない。

前日に食べたものとか、仕事のストレスとか、彼女いない歴四十年以上とかの理由で、女性になれるわけがない。

種として人間が滅びそうになったとき男性が女性になることが考えられると、どこかのテレビで放送していたが、そんな状況なら寝ていた自分が一番先に死んでいるだろう。


( などと馬鹿なことを考えていても仕方がないか。)


口を覆っていた両手を、手の甲と手のひらを交互に見た。

手のひらが小さく指が細長い女性の手だ。

視線を周囲に向けて、周りを観察する。


( 森だ。星が見える。)


明け方の地平線だけが少しだけ明るくなっている空、広大な森、自分は大木の枝の上で横になっていたようだ。

八階ぐらいの高さだが不思議と恐怖を感じない。


( どうみても自分の部屋じゃないな。)


枝の上に立ちあがって遠くを観察すると、雪をかぶった連山や見たこともないような鳥が飛び、動物の鳴き声もする。

暗闇に覆われているところからは、多数の光が漏れている。それが、数か所ある。


( 目も良いし、遠くの音まで聞こえる。)


視力10.0と言われても納得するほど良い。耳も良くなったのも良い。

目の悪さ耳の悪さで仕事がきつかったのを身に染みている。


( とりあえず、この身体がどんなのか調べるか。)


と言っても鏡が近くにはない。

見渡すと、森の中に小さい湖があった。湖面に姿を映せば、容姿を確認できる。


( 行ってみるか。)


おっさんの身体能力では、八階の高さがある木から降りることはできないが、この身体なら簡単に日常動作の一部としてできると思えた。

足を踏み外す感じで一歩前に進み、そのまま落ちた。勢いよく落ちる。

ロングヘアーの金髪が落下の風に煽られる。

スカートの部分もたくし上げられ、赤いふんどしが露わになる。


四階ぐらいの高さにある枝に両手に捕まると、落下の勢いで枝を中心にして回転し、横向きに方向を変えて飛んだ。

低い木の葉が舞う中を飛び、地上に音もなく着地。膝を曲げて衝撃を中和した。痛くもない。

落ちてきたところを見上げて、身体能力の高さに改めて感嘆した。


湖がある方向に目を向けて走り出す。

走るというより、疾走。

木と木の間を縫うように走っても速度が落ちない。


( 例えるならニンジャだな。)


三キロほどあっただろう湖まで、息切れすることもなく、あっという間に到着した。

夜明け前の湖面には、星の光が映し出されて、薄い緑色に光っていた。

日本では、まず見られないその神秘さにしばらく見惚れていた。


その湖に足をゆっくりと進めていき、膝下に水面が来るまで入っていった。

膝を折って湖底に膝と両手をついた。水に金髪の髪が滑り落ちて浸る。

湖面に映る顔を見た。

顔が小さく顎も小さい。おっさんの顔の半分以下のサイズ。

細く長い眉。おっさんの太い眉ではない。

切れ目の目に青い瞳。おっさんの仕事で濁った眼ではない。

鼻先が上に向いた鼻とすーっと通った鼻筋。おっさんのだんご鼻ではない。

ピンクの厚い唇と横に広がった口。おっさんの臭い口ではない。

口元にほくろ。これは同じだった。

何よりも、耳が全く違う。耳の上部が長く尖った耳。ロールプレイングゲームに出てくるエルフの耳である。


( 肌が褐色だったからダークエルフってところか。)


立ちあがって、体全体を湖面に移す。

細い体だ。腕も脚にも筋肉がついているように見えないが、見た目通りではないのだろう。

180センチぐらいの背丈で、細長い美脚。

服装は、黒生地に赤い紐やワンポイントの赤い刺繍が施され、お腹と背中がくり抜かれたセクシーワンピース仕立てだった。

下着は、赤いふんどしだけで、胸は着用していないようだ。

靴も履いていた。履いていることも忘れる程軽い革の紐ブーツ。ヒールが五センチほどありそうだが、これで早く走れたものだ。

これ以外に着用しているものはなかった。


( デフォルトの装備ってことなんだろうな。村娘レベルか。)


この世界の知識もあるようだ。

ここは、『ヴィーナー・シュニッツェル』という魔法の世界。

多種多様な種族が住まい、国を築き穏やかに暮らしているが、魔物と呼ばれる魑魅魍魎が跋扈している。

自分の名は、『クラーレ・アプフェルシュトゥルーデル』、クラーレと呼んでくれ。



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