表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/34

コメントは小説よりもむずかしい

私が初めて自分で買ったレコード(CDではない)は、田原俊彦、トシちゃんの『哀愁でいと』だった。

ドラマ『3年B組金八先生』にはまっていたから、その影響だったかもしれないが、トシちゃんのレコードはその1枚だけだった気がする。

その後すぐにGODIEGOにはまり、彼らが活動を休止するまで、アルバムを中心にレコードを買いあさった。日本人が英語で歌うという事が妙に格好よく感じられ、ヴォーカルのタケカワユキヒデのルックスと甘い歌声に夢中になったものだ。

丁度中学校で英語を習い始めた頃で、be動詞ですでに落ちこぼれそうになっていた私が短大の英文科に入学出来たのも、GODIEGOのおかげと言っても過言ではないと思う。


昔話はさて置き、現在においても、自分に好きなアーティストやアイドルがいる場合、そのCDやDVD、グッズなどを購入したり、コンサートに行ったりといった事は今も変わらない。

だが、今はそれだけでは済まない。多くの場合、楽曲はサブスクにもアップされるから、ダウンロードしたりストリーミングで聴いたりすることができる。

そして、MVがYouTubeにアップされていれば、そちらもせっせと視聴し、推しがインスタグラムやXなどのSNSを開設している場合には、そちらももれなくチェックする。


そこで難しいのが「コメント」だ。

伝えたい事は色々あるのに、うまく書けない。

既にアップされているコメントを見ると、皆さん率直な推しへの想いを上手に綴っている。

そんな数多のコメントを読んでいると、「あぁ、私には無理だ。こんなに上手には書けないな」と思い、書いては消し、書いては消し、を繰り返してしまう。

普段は頼まれもしないのに、ただ好きなだけで厚かましくこんな風に文章を綴っているのに、だ。


まず気後れしてしまうのが、ほとんどのSNSが直接世界とつながっていることだ。

言語は違えど自分の書いた文章が一瞬で全世界に公開されてしまうのだ。

こんな恐ろしい事はない。

それに、推し本人もコメントをチェックしているかと思うと、何だかペンが重くなる。いや、この場合は指が重くなる、というのだろうか。

どちらにしても自意識過剰なのが原因なのは判っているのだが。


また、コメントは相手の顔が見えない。当然ながら、相手の年齢や性別、性格などもわからない。

だから、その言葉通りに受け止めてしまいがちだ。

少し厳しい発言があったとしても、よく見知っている人だったり、顔の表情が見える状況であれば

「あぁ、あの人は口ではあんな風に言っていても素直なだけで、悪気はないから気にしなくていいよね」

などと判る。

または、少し的外れな発言をしたとしても、周りの人は

「あぁ、またか。天然なあの人なら言いかねないよね」

で済ませてくれる。

だが、顔の見えないコメントは難しい。

幸いそれで炎上したりといった経験はないが、文字だけで伝えられる事はやはり限られていると思うのだ。

そういえば、社会人になりたての時に「メールは顔が見えないから気をつけなさい』と言われた事を思い出した。

逆に、自分の発した言葉が、自分の思惑以上に評価を頂ける事もある。

『言葉』って本当に難しい。


本来コメントは、推しへの気持ちをただ素直に綴ればいいだけなのかもしれない。

『いつも応援してます!』

『毎日癒されてます!』

『MVとてもカッコよかったです!』

『体に気をつけてね!』

でも、こんな言葉は、当たり前すぎて誰もコメントには書かない。


だから今日も私は、そんな色んな想いをたった1回しか押せない『イイネ』に込めて、ポチッとすることしかできないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ