小説家より通信と破壊のプロになろう
鈴木太郎は思った。
そうだ。電波を発射しよう。
鈴木太郎は無線従事者規則第46条の規定による無線従事者免許申請書の記入例にも登場する、由緒正しき電波系の大学生である。
だが彼が電波を発射するには大きな障害があった。
それは何か?
法律だ。
日本の法律ではいっぱんじが電波を発射することを禁じている。
鈴木太郎はあせった。
このままでは電波を発射できないでないか。
はやく電波を発射したーぃ!
はやく人として電波をぉぉぉ!
いや、正確にはできる。
それは特定省電力とよばれる極めて出力の弱い電波であったり、携帯電話のように通信事業者が容易したものであったりする場合だ。
だが鈴木太郎は自ら電波を発射したかった。
鈴木太郎はうにょうにょ電波を発したかったのだ。
そこで鈴木太郎は調べた。そして見つける。
日本の法律では電波を発射するための抜け穴が用意されていることを。
彼は知る。いっぱんじんが電波を発射できないのであればいっそ、いっぱんじんでなくなればよいのだと。
つまり、国家資格を取れば良いのだ。
さっそく鈴木太郎をアマチュア無線という良くわからない初心者免許の4級というものを取得してみた。
別名、さるでも取れる資格。完全な電波系の登竜門である。
実際、3歳でも取れたという情報はネットで調べればすぐにでも出てくる。
だが、鈴木太郎は気づく。
4級アマチュア無線技術士ではたったの10Wしか電波を発射することができないということを。そして発射できる電波は所詮アマチュアであることを。
それならばと思う。
どうせならば最高難易度の電波系資格を取って電波を発射したいと。
鈴木太郎は調べていくと、操作範囲がたったの一行しか書かれていないその電波系資格に目が留まった。
「すべての無線設備」
目が釘付けになる。
他の電波系の資格であれば発射する電波の出力や形式などさまざまな制約が付いてくるにも係わらず、その資格はただの一行。それしかない。
つまり、たとえどんなどばどばの大出力でも無線設備と名前が付くものであればずばずばと操作でき、たとえどんなにうにょうにょとした電波系の種類のものでも制限はない。
「欲しい…」
鈴木太郎は思わず呟いた。
その資格の名前は、第1級陸上無線技術士。
だが、欲しいとは思ったがそれは簡単に手に入るものではなかった。
こんな電波系で面白い資格があるのになぜ鈴木太郎は取得することができないのか。
試験が難しいからだ。
そんなにすさまじい条件の資格であれば、さすがに上級試験だったのだ。
しかし、鈴木太郎は考えた。
ならば試験を受けずして資格を得れば良いのではないだろうか?
試験を受けずして資格を得る手段。
それは科目合格を使うということだ。
鈴木太郎は調べた。第一級無線技術士試験で試験科目を骨抜きにするにはどうすれば良いかと。
それは3つあった。
1つ、認定学校等を卒業者すること。
1つ、一定の業務経歴があり、さらに認定講習課程を修了すること。
1つ、電気通信主任技術者の資格を有すること。
鈴木太郎は大学生である。
まだ大学は卒業していないし、そもそも認定学校等ではなかった。
そして学生である身である鈴木太郎に業務経歴などあるはずがなかった。
となれば、電気通信主任技術者の資格をとるしか鈴木太郎には選択肢はない。
鈴木太郎はさらに電気通信主任技術者にも抜け穴がないかを調べ始める。
すると電気通信主任技術者にも抜け穴があることが発覚した。
そう、工事担任者なる資格をとると、電気通信主任技術者から一定の科目免除が得られるのだ。
鈴木太郎は工事担任者を取得後、電気通信主任技術者の専門科目をデータ通信としてまず伝送交換電気通信主任技術者を目指すことに決めた。
専門科目のデータ通信は、情報系の科目であり言ってみればIPAの情報処理技術者試験を3倍にした程度の難易度であったのだ。3度の飯より日曜プログラミングが好きな電波系の鈴木太郎にとって、それは造作もないことであった。
だが、専門科目はなんとかなるとして、最後の壁として立ちはだかったものがいる。
それは、やはり法律だ。
電波系の資格が電波関連の法律、ようするに電波法とその周辺法令を覚えないといけないと同じように、電気通信主任技術者であれば電気通信事業法や電気通信事業法施工規則などの通信系の法律の条文を覚えなければならなかったのだ。
それから鈴木太郎の血反吐を吐くような戦いが始まった。
そもそも鈴木太郎は電波系、つまり理系の人間だった。
漢字を書くなど文系系とは無縁の存在であったのだ。
そんな電波系の鈴木太郎が法律を覚える方法とは?
それは、法律の条文をなんども口に出して叫ぶことであった。
法律を叫ぶ! それは山に向かって。
法律を叫ぶ! それは谷に向かって。
――噂によればこれが税理士であれば、T○○なんとか会なるところが法律を写経ごとく唱えるテープ(?)とかを配っている、らしい。
鈴木太郎は人気資格がにくい! そんなことまでしてくれる人気資格はにくい! 嫉妬しちゃう!
そこまでして乗り越えた電気通信主任技術者であったが、そこで本番である電波系資格、第一級陸上無線技術士を取得するときにそれはおきた。
たとえ、そしてそこまでしても第一級陸上無線技術士は全ての科目免除が取れるわけではないのだ。
残る科目は、無線工学Bと、またもや法律だ。
無線工学B――。それは電波伝搬というでんぱでんぱと語呂もよい実に電波系の科目で、どうぱかんとかへりかるあんてなとか聞いたこともない電波系の内容がてんこ盛りのものであったが、電波系の真骨頂というものであり、それなりに内容は面白かった。
だが問題は法律だ。
鈴木太郎は思う。
「電波法と電気通信事業法があたまの中でいっしょくたになって電波系法律が覚えられないよ……」
鈴木太郎は法律をヤりすぎたのだ――
だが、鈴木太郎は法律をひたすら覚えた。
いや、それよりも問題だったのは漢字の書き取りだ。
鈴木太郎は漢字が書けない。
電波法はかなり古い部類の法律である。中国4千年の歴史には遠いが、その起源は昭和二十五年にまで遡る。この平成の時代にだ。
したがってその用語は特殊だ。
現在の法律では盗用などという言葉で使われている用語なども窃用などとよくわからない語句になっているのだ。それは、IM○で変換しても出てこない。
だから鈴木太郎は叫び続けた。
覚えるまで電波法を。
法律を叫ぶ! たとえばそれは川に向かって。
法律を叫ぶ! たとえばそれは海に向かって。
それはもう、寝ていても法律にうなされるレベル。
それはもう、どんなに酔っていても法律のことを聞かれたらしらふに戻るレベル。
そう、陸上無線技術士の取得には法律が不可欠なのだ。
それも当然だろう、電波系の技術は日々向上しており、無線技術士が技術的にやる必要のあることはどんどんと減っている。そんな中で必要なこととして残るのは技術よりも法律なのだ。
だからお近くの電波系の人間に聞いてみるがいい。「電波法59条は?」とか。
そうすればきっと「何人も法律に別段の定めがある場合を除くほか、特定の相手方に対して行われる無線通信を傍受してその存在若しくは内容を漏らし、又はこれを窃用してはならない。」って、句読点の位置までつけて暗唱してくれるに違いない。
そして、それを乗り越えるとついに合格が見えてくる。
そう――、それが鈴木太郎が真の電波系になることができた瞬間だった。
次回、爆炎の発破技師。こうご期待!