第三十九話 嗚咽。
「…もうお前に対する怒りは無い…今は記憶をなくす事への悲しみしかないよ…矢倉」
「そうかい…おれを倒せるとでも?」
「………ごめんよ矢倉。もう君の負けは…君の死は……確定している」
金色の光を体に纏い、なびかせながら歩を進める。一本の刀を右手に持ちながら。
「……それは…どうだかな!」
するとオリガミの上には凄まじい音と共にこの世界をも破壊しうるであろう隕石が迫り来る。それをみた人々はすぐさま空を見上げ絶句した、だが逃げる事はしなかった、例え逃げたとしても逃げきれないとわかっていたから。
だが折紙はその隕石に目もくれる事もなく、矢倉に近づいていく。
「邪魔だな………消えろ」
そうオリガミが告げた途端隕石は跡形もなくこの世から消えた。
「な…………に?」
「いっただろう?君の負けは確定しているって…」
オリガミのレベルは現在250、これはこの世界でプレイヤーがなれる最大のレベルである。このレベルは人が人の域を超えた力を手に入れ、そのレベルが上がれば上がるほど強くなる、ただし一つ、オリガミのみがレベルによって弱くなるという例外にあたる。 ハーフプレイヤーのステータスは絶対にレベルによって決められる、つまり万が一、人の身でハーフプレイヤー並の身体能力を有していてもレベルが1ならレベル1のステータスにしかならない。
オリガミは250に至っても元の人の身の方がステータスが高いのだ。
そして今、その枷は無い。オリガミの職業スキルは確かに強力だが主な目的は枷を外す事である。
久々だな…この体も…。動きやすくていい。
「くっ!」
初めて不安の表情を見せた矢倉は先の隕石に加えて氷の弾丸や落雷、様々な事象を創りだしオリガミを攻撃する。だがオリガミはそれに臆する事なく、矢倉の攻撃でおきる爆風の中をスタスタと歩いていく。雲は消え、豪雨が降り注ぎ、その雨もまた凄まじい熱によって蒸発する。町や後ろにいる紫姫陽に被害が及ばない様にどのようにかはわからないがオリガミが防御している。
「…終わらせる…」
「?………!!」
そしてオリガミは唐突に姿を消し、瞬く間に矢倉の後ろに姿を現した。矢倉は一瞬おくれてその事に気付き、青ざめた表情で振り向いた矢倉はすぐさま攻撃に移ろうとするが、間に合う筈もなくオリガミの攻撃によって二本の腕が地に落ちる。
「終わりだ…」
「やっぱり…お前は化け物だよ…オリガミ…俺なんかよりもよっぽどな…その力はでかすぎる…必ず仲間に影響を及ぼすぞ?」
「…だね」
「お前が本当に仲間を守りたいのなら…お前が死んだ方が良かったかもな…」
「そうかもしれない、だけど…もしそうなるのなら僕は何度でも…どんな手段を使ってでも仲間を守ってみせよう」
「そうかい…せいぜいしっかりやんな」
矢倉がそう言うとオリガミは刀を振り上げ肩口からザックリと矢倉の体を引き裂いた。
雨はやみ、向こうに見える山からは朝を知らす光が暗闇を照らし空に綺麗なグラデーションをつくる。
そして今までの戦いの終わりを祝福するのか、それとも皮肉を表しているのか、どちらともとれない虹が世界にかかる。
「終わったんですね…終わって…しまったんですね…」
「らしいな…」
オリガミから少し離れた場所に居る紫姫陽は泣きじゃくり腫れた顔をこすりながら、今もなお込み上げてくる涙をこらえ口を開く。凛胆は紫姫陽に背を向けながら戦闘が終わった事を確認し剣を鞘に戻した。
そして遠くからこちらに向かっていた織田武蔵は終わった終わったと腰を叩きながら自分の店へと帰っていった。
「おつかれさん…オリガミよ」
「疲れた…すっごく眠い……寝るか……これから…みんなに迷惑をかけるんだろうな…夜霧さんや…紫姫陽に…あぁ…サクも…なんだか、ぐっすり眠れない気がするな…なんだかんだですぐ起きちゃったりしてね…」
僕はばったり草原に倒れこむとスキルによる刀は消え、気がつくとスキル発動のエフェクトも消えていた。もう意識もハッキリとしない、だけど向こうから紫姫陽や凛胆さんが走ってくるのがうっすらわかる。
そんな事を頭で認識しながら僕は深い深い夢へと落ちていく。
「オリガミ君!…オリガミ…君…」
するとオリガミの体は発光し、消えていく。
「ハーフプレイヤーの権利が剥奪されて現実世界へ戻るのか…紫姫陽、現実世界へ戻るぞ」
「はい…」
「ええっと…私…そろそろ帰った方がいいかな?オリガミ達も終わったみたいだし…いや確かにオリガミが大変なのは重々承知してるんだけど…結構重症な私を誰も迎えに来てくれないのは少しショックだよ…凛胆め…」
夜霧は現在重症で現実世界に帰ると動けない上に目立つ為に凛胆の助けを待ちながら少しだけ休もうと目を瞑るのだった。
「しかし…オリガミの事に対してはやっぱり……辛いところがあるな…」
ーーー
そして現在現実世界へ戻った凛胆は紫姫陽と共にオリガミを確保した。運良く、現実世界は人目があまり少なくビルとビルの裏側だった。
「………オリガミ君…やっとお互いの気持ちを確認できたと思ったら…こんな風になっちゃうんだから………でも…ありがとう……」
ポツポツとオリガミの頬に紫姫陽の涙が落ちる。ビルとビルの間に吹く風にうたれ、近くから響く電車の音でかき消されそうなか細い声をながらもオリガミに語り続けた。
「…とりあえずオリガミの家へ運ぶか、傷もスキルのおかげか癒えているし…」
「そうですね…」
「私が連れて行きましょう…」
ふと掛けられた声に二人は振り返るとそこには顔を隠し、体をマントで覆った助っ人の姿があった。
「助っ人か…!お前…向こうのボスは…」
「はい、倒しました。ここからは私が連れて行きます、私のお兄ちゃんですから」
「!」 「!」
そうして顔を隠していたマスクが取られる。そこにはオリガミの妹であるオハジキの素顔があった。
「私は蜜葉オハジキ。先にも申した通り蜜葉オリガミの妹です。二人が連れていくと向こうの世界を知らないお兄ちゃんが目が覚めた時に何か影響を及ぼしかねないので」
「………そうよね……その、ごめんなさい」
「?………あの紫姫陽さん、できればまたお兄ちゃんのお友達になってあげてください。記憶が無くなったお兄ちゃんに合わないでなんて言いません、ただ向こうの世界の事を言わないでいてくれればいいですから」
「………いいの?」
「はい…それに…合わないなんてできないでしょうから♫」
「…ありがとう」
そう、合わないなんてできないだろう。自分の好きな人に合わないなんて。
「凛胆さんもありがとうございました、こんな終わりで申し訳ありません…」
「いや…かまわない。オリガミのこれからを考えるとこれが最善なんだろう。オリガミは記憶を失うという代償を払ったんだ…次はこちらが耐える番なんだろう………。…紫姫陽は帰れるか?」
「は…はい」
色んな感情が紫姫陽を襲う。もちろんそれらは全て悲しみである。辛い、悲しい、切ない。
もちろんオリガミが一番辛く、苦しい想いをしたんだろう、そして紫姫陽達はオリガミに自分達が忘れられた悲しみに耐えなければいけないのだろう。それが助けられた私達の代償なのだろうと。わかっていた。わかっていたけど。
辛かった。
「お兄ちゃんの目が覚めれば紫姫陽さんには私がつたえます、もし不安ならこれ、私の電話番号とメールアドレスなんで容態がしりたいときはこれに」
「わかったわ…」
「それでは凛胆さん、お元気でまた会う機会があればその時はまた宜しくお願いします。お大事に」
「あぁ…」
こうして一同は別れ、一連の事件は終わりを告げた。
納得がいかない結末。唐突すぎるおわり。
「迎えに来たぞ…夜霧…」
「………遅いな全く」
「当たり前だ…今回はオリガミの事が最優先だからな…」
夜霧は草原の中にある一本の木にもたれかかりオリガミの事を考えながら凛胆の迎えを待っていた。平気そうにはしているがオリガミがこの世界に来てから一番長い付き合いなのは夜霧なのだ、夜霧なりに思うことはあったのだろう。
「オリガミは?」
「…助っ人がオリガミの妹でな…家へ連れ帰ってくれた…起きた頃には記憶がないだろうから俺たちは会えない」
「そうか……辛い終わり方だよ…全く…まだ……ありがとうも言えてないのに……」
「………」
「肩を貸してくれないか?少し今回は重症でね……まったく……今回の傷はひきずりそうだよ…」
「そうだな…」
紫姫陽は今回起きた事件の事を整理しながら、一つ一つ今回起きた事を確認していく。そしてその度に涙がたまる。
親にばれないように部屋に入ると。
涙がこぼれた。
泣き声が漏れないように枕に口を押し付け布団をかぶった。
なんで?どうして?そんな事ばかりが頭の中で生まれては涙に変わり外に出る。
口からは嗚咽がもれ、過呼吸になりながらもそれが治ることはない。
気づけば二時間が過ぎていた、涙は枯れ、頬には涙が幾度もつたった跡ができていた。
頭がズキズキと痛みながら天井を見つめる、外から射し込む光がなんだか気分を落ち着かせない。せめて暗闇でこの悲しみに浸れたら…だが紫姫陽はあえてそれをしなかった。
コンコン
そんな時、ノックが聞こえた。母親が起こしに来たのだろう、いつもなら起きて朝食をとっている時間だったから。ガチャリと音がすると紫姫陽は寝転んだままドアとは反対方向に顔を向ける。
「起きなさーい」
「……今日はもうちょっと寝るわ」
「なにいって……何か…あった?」
紫姫陽の母親は生活習慣に厳しい、だが自分の娘の異変にすぐに気づいたのだろう、さすがは母親と言った所だろう、先ほどまでの明るい空気とは打って変わって今では静かに横たわる娘を見ていた。
「何でもないわ…」
「そう……相談があるなら聞くからいつでも連絡しなさい…」
「…ありがとう」
それだけ言うと母親は部屋から立ち去り、しばらくすると玄関の扉が閉まる音が聞こえ、クルマのエンジンがかかった。
ようやく、一人になれた…
「………オリガミくん…」
「嫌だよ!忘れるなんて!」
「何で……何で……」
「……………………」
泣き、喚いた。叫んだ。何度も何度も、泣き疲れてはオリガミの色々な事を思い出し、記憶が消えた事を考えて泣きわめく。
気がつけば眠りに落ちていた、涙で少し冷たい枕の上で。
目が醒めると夕方で携帯には母親から今夜は帰れないと連絡が入っていた。
布団から出るとリビングに行き朝食にと用意されていた食事のラップをとる。机の上には書き置きのメモがあった。
『ちゃんと温めて食べなさい』
いつもなら冷めたまま食べる。別にまずいとも思わないし、コロッケとか揚げ物は冷えた衣がなんだか好きだから。
だけど今日は久々にレンジを使った。
メニューは簡単だった、白米に卵焼き、ウィンナーに味噌汁、少しのお漬物。リビングの電気はつけず、階段を降りてきた時に消し忘れた階段と廊下の電気だけが薄暗い部屋を照らしている。
「いただきます………」
空っぽの胃に暖かい食べ物が入ってくる。暗闇と静寂の中で紫姫陽は響き渡る食器と食器が触れ合う音とご飯の味にだけ集中していた。
「あったかい」
今回の回は考えてて少し辛かった…。




