第三話 2.5次元世界へようこそ!
「えっと…このパネルみたいなのに
関係してる人でいいんだよね?」
柵の上に立つ少女に向かいそう告げる。黒髪ロングに凛とした顔立ち、そして服装というよりはファンタジーで言う装備と言った方がいいだろうかガッツリといった感じではなくそれこそアニメや漫画で出てくるような格好だ。
「えぇまぁそういう事、入らせてもらうわよ〜」
「ちょっとまて!何で土足なんだよ靴くらいぬげよ!」
「何?何で脱がないといけないのよ!もしかしてアナタ、私のムレムレの足を見たいというの?私の美脚を?」
「そんな事考えてない!しかも何でそんなイヤらしい表現をするんだよ!僕はそんなマニアックな趣味を持ち合わせていない!」
「あら脚フェチなんて可愛いものじゃない、今の世の中人前では普通の顔をしていても裏では人に言うとひかれるくらいの趣味を持っている人なんて山程いると思うけど」
「そんな具体的な事を言われても知らない!とにかく僕は脚フェチじゃなくて、ただ土足で部屋に上がって欲しくないだけだ!」
何なんだこの人、ようやくこのパネルの事がわかると思ったのに初対面で何なんだよこのキャラは、ボケのキャラという訳ではないけれどツッコミキャラじゃない僕がツッコミに回っているじゃないか。
「あら、じゃあなに?私のどこが見たいの?おしり?うなじ?それとも脇かしら」
「誰もそんな事言っていないだろう!だいたいなんでそんなマニアックな所ばかりなんだ!僕はそんな変態じゃない!」
「何を言っているの、それじゃあ胸や女性の局部が好きな人は変態じゃないみたいじゃない、もしかして足や脇を否定しても胸や局部は男なら当然だとでも言うつもりなの?私からすれば足や脇を好きな男性こそ真の男よ!」
「だから、僕は体のどの部位が好き?とかどんな人が真の男?みたいな話をしたいんじゃないんだよ!僕はパネルの話がしたいんだ、只でさえパンクしそうなのにこれ以上僕の頭を使わせてくれるな!」
何でなんだろう、時間として五分も経っていないのに何故僕はこんなにも疲れているんだろうか。
「うるさい男ねぇ私が来ているというのにお茶すらも出さないでどういうつもりかしらこの新人くんは」
「うるさいのはアナタだ!わかったよ、今お茶いれてくるから靴脱いで待っててくれ!」
そういうと一先ず落ち着き、彼女は席に僕はお茶を入れに台所へと向かった。一目見たときはルックスもいいし美人だと思った、でも性格まで美人じゃなかったらしい。
「ほら、お茶いれてきたよって何で人の家の引き出しあさってるんだ!」
「そんな事を聞くなんて…照れちゃうわ」
「なんで照れるんだ!さっきまであんな事を言ってたクセに今更何を恥ずかしがるんだよ」
僕は怒鳴りながらも机にお茶とお茶菓子を用意する。とはいっても来客の時に用意するような立派なものでは無く、本当にただの麦茶とせんべえだけだ。
「いただくわ、それよりアナタ妹モノのラノベなんか読むのね。さっき私にアレだけツッコミを入れておいて本当はオタク?」
「オタクって程じゃないよ、それに妹モノって程に妹モノでもないよそれは、表紙はアレだけどね。それに名作なんだぞそれ、泣けるし」
「でも少しは憧れるんじゃないの?萌え妹とかに。ほらほらこういう「お兄ちゃんだーい好き♡」みたいな感じのやつに」
僕は不覚にも様になりすぎていた彼女の妹ボイスにドキッとしたのだが、それがバレてしまえばまた話がそれてしまうだろうと必死で感情を抑えた。が、彼女は僕に追い討ちを掛けてきた。
「あ、憧れないよ。」
「そうなの?じゃあ「お姉さん、オリガミ君の事大好きなんだよ♡」とかの方がいいのかしら」
自然な動作で机に乗り出しお姉さんボイスを耳元で囁かれた僕は余りの衝撃にひゃっと声を上げてしまった。
「あら、そんなにドキッとしちゃった?案外可愛いところもあるじゃない」
「し、してないよ!いいから話をしろよ」
「顔が凄い赤いわよ」
「か、関係ないじゃないか!真顔でそんな事言わないでくれよ!」
「まぁ冗談もこれくらいにして、そろそろ本題に入るわよ」
やっとかと安堵しお茶を一口飲んだ後、さっきの雰囲気とは打って変わって彼女が真剣な表情に変わる。僕もその表情を見て気持ちを切り替えた。
「アンタの名前は?」
「…あら、知らないの?」
「しらんわ!知ってるはずないだろ!」
思わず関西弁になった事はおいといて、真剣な話し合いが始まるとおもったのに始まらなかった。
「……そう、私の名前は紫姫陽 彩菜よ、そうね何から話せばいいのかしら……取り敢えずベランダから外を見てみなさい?」
「??外を見ればいいのか?」
「えぇ、ベランダにでて下を見なさい。そうすれば今君に起きている事が確認できるわ」
僕は彼女に言われたようにベランダにでて下を見下ろした。
「なっ」
そこには街があった、僕が知っている町じゃなく僕が知らない街があった。マンションから見渡せる辺り一面には僕の知らない街が広がっていて時計塔などの巨大な建物がポツポツと見える。いつもなら真っ暗で静かな場所が今では色んな人達が行き交いそこら中で宴会の楽しそうな声が聞こえる。そして一番驚いたのは山の向こうに見えるドラゴンのような生き物だ。
「何なんだこれ…」
「この世界は2.5次元世界と呼ばれてるわ。と言っても言葉通りの意味じゃなくてゲーム、つまり二次元のような街と現実世界の間って意味でね」
「この街は…何なんだ?」
「この世界はこの地球上、いえこの世には存在すらしない世界なのよ。ゲームと似たような世界と考えればいいわ、くれぐれもゲームの中の世界とは思っちゃダメ。」
「この世にない世界って実際僕たちはここにいるじゃないか」
「それは、私達だからよ。普通の人達がどれだけ頑張ったとしてもこの世界を認識したり、見たり、それこそ入る事はできないわ。ねぇ知ってる?この世界でも携帯は使えるのよ?」
彼女は携帯を取り出しながらそう言った。
「…それがどうかしたの?」
「携帯が使えるという事はこの世界は地球上のどこかに存在しているのよ。だったらGPS機能でこの携帯の位置情報を確認すればこの世界の場所が特定できる。で、どこだとおもう?」
「…もしかして…」
「そう、ここだったのよ。それを知った時は驚いたは、でも事実なのよ。この世界では私達の世界の常識なんて通用しない世界なのよ」
「…うそだろ?」
「本当よ、後で行ってみればわかるけど普段なら家がたっている場所にこの世界では別の建物が建っていて触ることもできれば壊すこともできたりするのよ。現実世界で家建っているのにそこには道しかなかったりとかね」
僕は未だに信じられないでいる。どれ程具体的に説明されようと僕の目の前で実際に起きている事が信じられない。それもそうだろう、いつもの町中にいつもとは違う街が広がっているなんて信じられない。でも僕は見ている、山の向こうに飛んでいるドラゴンらしい影、剣や防具が売っている店、現代とは明らかに違う建物を。
「驚いたでしょ?これが私と同じ力よ。」
「ちから?」
「私達が持つこの力はこの世界に入り生きていく為の力よ。この力を得る過程として白い煙による凄まじい頭痛がするんだけど心当たりはあるわよね?」
「あぁ、おかげさまで三日間寝たきりだったよ」
「三日?」
「うん、紫姫陽さんは違ったの?」
「私は一週間だったわ、たまたま通りかかった人に助けられたんだけど…まぁこの話は置いておきましょう」
そう言うと彼女は少し考えた素振りを見せた後、せんべいをひとかけら口に放りこんだ。こういう時になんだが喋らなければ本当に美人だ。彼女はせんべいを食べ終わると同時に話を再開した。
「えーっと、どこまで話したんだっけ……そう力よ、生き抜くためのね」
「その生き抜く為の力っていうのは何なんだ?体に特別凄い力が宿った訳でもなさそうだし、そもそも生き抜くって事がそんなに難しい世界なのか?」
「この世界自体は本当にゲームのような楽しい世界よ、街は賑やかだし、料理は美味しいし、幻想的な世界も広がっているし、狩猟なんかもできゃちゃうんだから。人によってはこっちの世界に住む人も居るくらいよ」
でもと彼女は話を続ける。
「さっき言ったわよねぇ?ゲームに似ている世界でもゲームとは考えるなって。覚えてる?」
「あぁ」
正直なところ僕は忘れていたのだが返事をした。とはいえ、どうでもいいと解釈して忘れたのではない、その事を忘れるほどに、その他の説明の衝撃が凄いのだと言う事を理解して貰えるとありがたい。ただこんな事を思っていたとしても、言い訳にしかならないのだろうけど。
「それはね、この世界でも死ねるからなのよ。後で説明するけど狩猟なんかではそうそう死なないわ、死ぬのはもっと別のところ」
「別?狩猟で死なないっていうのなら、死ぬ事なんてそうそう無いと思うけど別っていうのは一体何なんだ?」
「それはね、人よ。君の目にも見えていると思うけどレベルのウィンドウを開けば新人君の現在のレベルが表示されているわよねぇ?」
「あぁ、まぁ0だけど」
「その横に表示されている数値は次のレベルアップに必要な経験値の数値なの、取得した分の経験値は取得した時に表示されるようになるわ」
そう言われて僕はレベルと表記されているパネルに視点を移しウィンドウを開きながら説明を聞く。一億。この数値を見た時に次のレベルアップに必要な経験値という事は予測していたけれど、この一億という数値には納得がいかなかった、でも現実という事を想定するのならこのくらいが妥当なのだろうか。
「経験値は日常生活でもちょっとずつだけど上がっていくわ、まぁモンスターを倒すのに比べたらほんの少しだけど。でもそれよりも経験値が貰える事があるのよ」
「へぇ、モンスターより経験値貰えるってんならモンスターより強い奴とかがいるの?」
「いいえ、モンスターより弱いし簡単なの」
「なんなんだ?」
「それは……人を殺す事よ。…人を殺せばその人の装備や持ち物それにその人が今まで稼いだ経験値が手に入るのよ」
モンスターより弱くて簡単な事と聞いた時点で更に言えばこの世界でも死人が出ると聞いた時点で予想はついていた。同類同士で殺し合う、それは例え世界が違うとしても何ら遜色ないだろう。まぁこれを遜色無いと言っていいのかは別として。
「そして、それを防ぐためにこの世界を生きるのならレベルアップが必要なんだけど、そこで出てくるのがレベルのパネルの上にあるジョブよ。これはレベル1になった時にランダムで決まるわ。」
「へぇー、それは楽しみだな」
「ふふ、まぁ弱い職業にならないことを祈っておきなさい職業には特性があって一つ一つ効果が違うから。その時にskillというパネルが増えるわ、スキルはジョブを獲得した後、自分のレベルに応じて習得できる。これも職業によって違うわ」
「すげえ」
「凄いでしょう?今の事を除けば素晴らしい世界よ。この世界へのパスを持った私達は二つの世界を半分ずつ行き来する事からハーフプレイヤーと呼ばれている。あなたはどうする?」
「へ?」
「こっち側に来るか来ないかよ、、」
まったくと、呆れられながらも僕にそう聞いてきた。
「へへ、そんなの決まってるじゃん。僕も今日からハーフプレイヤーだ」
「ふふ、じゃあまだまだ教える事があるから外に出て話しましょうか」
彼女は僕に手を差しのべる。窓から入る風に髪は揺らぎ、月明かりに照らされて笑顔を浮かべる彼女の手を僕はそっと掴んだ。すると彼女は更に笑顔を見せ僕に呟いた。
「2.5次元世界へようこそ!」
挿絵は時間があればまた描きたいと思います。