第一話 異変
第1話
10月29日
「うーん、こっちもいいしなぁでもなぁ…」
時刻は午後十一時、本屋のライトノベルコーナーの前にて小一時間程何を買うかを迷っているのは黒い長ズボンに白よりグレーのパーカーで黒髪という普通すぎる格好をした一人の青年だ、というより僕、蜜葉オリガミだ。
最近めっきりハマってしまったライトノベルを選ぶのは正に幸福そのものだ。
「よし、決めた!」
レジにて会計を済ませ、その店を後にする。ライトノベル購入に小一時間のんびり使えたとしても家に帰宅するまでの三十分は別物だ、家に帰ってライトノベルを読みたくてたまらない。
「それにしても、ここまではまるとはねぇ…」
僕は今、高校一年だけれど何も中学からライトノベルやアニメにハマっていたのではない。中学三年間はきっちりと部活動にも所属していたし勉強も得意とはいかずともそれなりに出来ていたつもりだ、それから高校生活は部活には入らずのんびりと過ごそうと決めていたものの、のんびりというか暇すぎたのだ。
それを確信したのは入学から半年が経つ頃で部活に入ろうとしても半年分の差があるし、何よりそこまでして入るほど部活を好きという訳ではなかった。
で、薦められたのがアニメとライトノベルだ、最初はオタクみたいという偏見を持っていたけれど、いざ見てみると凄く面白かった。案の定、暇だった僕はアニメとライトノベルに没頭して今は幸せだったりするのだ。
「そろそろ、秋も終わりかなぁ」
気温というか匂いというか言葉では中々言い表せないけれど、秋はなんだか前の年の秋やその前の秋を感じずには居られない、特に何かあった訳ではないけれどこの季節の肌寒さに何だか懐かしい気がするのは僕だけじゃないだろう。でも
「何だろう…」
この日は違った、本屋から出て直ぐには気づかなかったけれど今日は何だかおかしい。
「………気温が…」
部屋の中にいて、暑くも寒くもない適温というのはまだ理解できる。でも野外、そして夏から冬の間の夜、そう考えた時にこの暑くもなく寒くもない気温は幾ら何でもおかしすぎる。
「十月末…だよな…」
月日は十月下旬この時期の昼間ならこの空気もまだ、渋々、百歩譲って納得できた、でも夜だ。太陽が沈み気温は徐々に下がっていく、それに今日は肌寒さを感じる程には冷えていたのだ。そしてもう一つ疑問があった。それは
「音が…ない」
静かだった、不気味な程に。町の中心から離れているとしても何らかの音が聞こえるはずなのだが、聞こえるのは自分の服が擦れる音、本の入った袋が揺れる音、自分の心臓の鼓動音のみ。
「何かおかしい…!!」
そう確信した瞬間、異変に気付いた。
「…何だよ…これ!」
青白く輝く煙が立ち込め僕の回りを覆っている、言い方の問題だろうけど幽霊やオバケと言うよりはゴーストと表現した方がイメージしやすいだろう。
その煙は凄まじい勢いで地面を覆い、足下を確認する事すら不可能に思えるほどに濃く僕は急すぎる出来後に身動きが取れずにいた。
「!??」
そんな時、僕の目の前に映画やアニメでしか見る事がない津波のような煙が現れ僕を飲み込んだ。
「……っ!…………」
……………でも何も起きなかった。
煙に飲み込まれる瞬間、反射的に目を瞑った僕だったが目を開くとそこにはいつも通りの道しか無かった。
「…いやぁ、本の読みすぎかなぁ」
と、アニメや漫画などのキャラがいかにも勘違いだったかな?と思うようなセリフを言った所で勘違い出来るわけがなかった。あれ程に鮮明でリアルな出来事を勘違いで済ませられるほどに僕は鈍感キャラではないのだ。
「何だったんだ今のは」
ただ、勘違いしなかったからと言ってもアノ現象を解き明かせるかどうかは別問題だ。ライトノベルの様な展開を少しは期待していたけれど、あんなに恐い思いをするのはもう懲り懲りだ。
「特に体に変わった事はな…っ!」
そう安堵しようとした瞬間だった。
鈍器で殴られたのかと思うほどの痛みが頭の中を駆け抜けた。
頭部の全ての血管がドクドクと脈打ち、気がつけば僕はその場に四つん這いになり頭を抱えていた。
痛すぎて声がでない。
思考もただ痛いという事だけが脳を往復する。
電話で助けを呼ぶなんてこともできやしない。
朦朧とする意識のなかで僕はただ家に向かい歩き続けた。
何分、何時間? やっとついた家の玄関に入ると同時に鍵も閉める事なく意識を手放した。
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「うぅ…っ!」
目が覚めれば窓から入る光が目を眩ませ、僕は朝なのだろうと理解した。幸い一人暮らしという事もあり問題にはならなかったみたいだ
「一体どのくらい気を失ってたんだ…いつっ!」
まだ少し頭が痛むなと思いながら上体を起こし壁にもたれかかった僕は携帯を取り出し時間を確認する。
「あれ? …つかない …もしかして充電がきれてるのか?」
髪もギトギトでぼさぼさだった。不安が頭をよぎる。視界がぼやけ、上手く動かない体をフラフラさせながら自室に向かう。
「くそ、身体が思うように動かない…」
廊下の壁に肩をぶつけながら部屋に入ると充電器を取り出し、携帯を充電する。暫くすると大量の通知と共に現在の時刻と日付が表示された。
「なっ!11月1日?!三日も眠ってたのか?!確かにフラフラすると思ってたけどそれでか…」
オリガミは長いため息を吐くと三日前の事を思い出す。
「この頭痛と目のぼやけがあの煙の影響って考えて間違いわないだろうけど、一体何がどうなってるんだろう。」
青白く輝く煙、そして謎の頭痛、目のぼやけ。理解不明な事が起きたのは確かだが一先ず安心したように頭の中で今の状況を整理していく。
「ダメだ…頭がフラフラする…水も飲みたいし…」
上手く頭が回らずイライラしながらも取り敢えず食事をとろうと考えたが、あまりにも身体が重く動けずベッタリと床に倒れたその時。
「オリガミーー、いるのー?開けなさいよ………て、あいてる!?」
ピンポーンとインターホンが鳴ると同時にドア越しで聞こえる声がそう言うと直ぐさまドアノブが回り、家の中に制服を着た一人の女性が姿を見せた。
「オ、オリガミ!どうしたの!三日も学校に来ないし心配したんだよ!?…ってどうしたの!?」
驚きを隠せないでいるこの少女の名前は甘十咲夜だ僕と同じ学校に通う幼馴染みで連絡がつかないために家に来てくれたらしい。
「サクか……丁度いい…水ないか?」
「み、水?私の飲みかけのお茶ならあるけど……私のでよければ…あげようか?」
そう言って咲夜がお茶を差し出すと僕は恥じらう素振りを微塵も見せずに水筒の中にあるお茶を飲み干した。
「はぁ、はぁ…取り敢えず助かったよ…ありがとうサク」
「いいよ。それで、この三日間何してたの?電話にもでないし…」
落ち着いた僕に咲夜は肩までの茶色の髪を揺らしながら首を傾げぱっちりとした目で問いかける。
「それが、僕もしっかりと分かってないんだよ。三日前に玄関で意識を失ってさっき目が覚めたんだ。」
「!?それ大丈夫なの?」
「うん、まだ少し頭は痛むし視界もぼぉーっとしてるけど前よりマシだし大丈夫だよ。」
不安そうに様子を伺う咲夜は病院にいったら?と僕に勧めたものの、また悪化するようなら。と行く事を拒否した。
「取り敢えず、お風呂に入ってくるよ」
「わかった、私はご飯作っておくから何かあったら呼んでね!絶対だよ!?」
「わかったよ、よろしく」
お風呂でまた倒れたらと心配されたけど僕は大丈夫とひきつった笑みを浮かべフラフラとお風呂場へと向かう。
「…?なんだこれ」
僕がシャワーを浴びていると徐々に視界がハッキリしていき、自分の体に生じている異変に気付いた。
最初は何かの文字が壁に書かれているのかと思ったが違ったらしく、その文字は半透明で青白い光を放つパネルに表示されているようで自分の視界に合わせて動いているらしい。
パネルは僕の視界の右下に表示され目線の三十センチ程先に浮かび文字が表示されていた。
「……………?」
ニューゲームと。