汚れた手は誰も取らないなんて、誰が言ったんですか
「あー……」
ペンだこがズキズキと痛む。
最早、ペンを持っていることすら億劫に感じてしまう痛みに眉を寄せた。
元々持ち方が悪いせいで、ペンだこの出来る場所も人と少し違う。
何度直そうとしても、今まで通りの持ち方になっていて、直すことが難しいのだ。
利き手は右手なので、当然ペンだこも右手に出来る。
ノート取りずらいんだよなぁ、なんて考えながら、左手で右手のペンだこを撫でた。
そこだけ皮膚が固くなっていて、ポコッ、とした感触が変な感じ。
「……大丈夫か?」
くんっ、と軽くブレザーの裾を引っ張られた。
何事かと顔を上げれば、見慣れたを通り越して見飽きた顔がある。
「何か失礼なこと考えなかったか?」
「まさか」
顔に出てたかな、と思いながらも首を横に振れば、彼は納得していないような顔をしながらも頷く。
それから、私のブレザーの裾からゆっくりと手を離して、その手を私の右手に添える。
ナチュラルに女の子みたいな仕草をするから、色々な意味でドキドキするのだが。
ゴツゴツした骨張った手で、私の手を撫でながらもう一度「大丈夫か?」と問いかける彼に、私は苦笑を浮かべて「平気」と答えておく。
触り方がいちいち怪しいのは何故だろうか。
するっ、と肌の上を走っていく指先に、ぞわぞわとした何かが込み上げてくる。
「絆創膏、持って来てねぇの?」
「うん。この前あげたので最後」
「そっか。……痛い?」
「慣れるよ」
痛いけど素直に痛いとは言わない。
言ったら無駄に心配する彼が、簡単に想像出来てしまうから。
実際にこの痛みには、徐々に慣れてくるものがあって、久々だから少し気になるだけだ。
そんな言い訳を自分の中で並べ立てて、我ながら可愛くないなぁ、とは思う。
それでも彼は慣れた様子で、私の手を撫で続けながら自分の制服のポケットを探る。
そうして出てきたのは、正直彼が持っているなんて、と思ってしまうような可愛らしい柄付きの絆創膏。
「……随分可愛いの使ってるね」
僅かに眉が寄ったのを感じたが、表情筋が素直に動くのは、決して悪いことではないと思うので、改める気はあまりない。
そのままの顔で言えば、彼は私の手を離して、ペリペリと絆創膏の袋を剥がしながら「いやいや、俺は普通の使ってるから」と言う。
袋から出された絆創膏は、オレンジ系統でクマさんがひょっこりと顔を出している絵柄だ。
実に女の子が好みそうなもの。
かく言う私も、クマさんは大好きだ。
「お前用なんだけどな」
「持ち歩いてるの?」
「おう」
ぺたり、と綺麗にペンだこを隠すように巻かれた絆創膏。
クマさんがこちらを見て笑っている。
そして顔を上げれば、彼も私を見て笑っている。
絆創膏を貼り終わったのにも関わらず、私の手を離す気がないのか、またしても先程と同じように撫で回すので、セクハラで訴えられる気がするのだが。
指先で滑るように手の甲を撫で、指通しを絡めたりして、遊ぶ彼は、正直彼氏と言うより彼女のようだ。
少しおかしい気がしなくもないが、絆創膏を貰ったし、彼氏だし、嫌いじゃないから大人しくされるがままの私も私だろう。
「……頑張ってるもんな」
きゅっ、とペンだこのある指を握られる。
私よりも体温の高い彼がそんなことをすると、じわじわと熱が侵食してきて、何だかむず痒い気分だ。
しかし、そんな私に気付くこともなく、彼は目を細めながら絆創膏を撫でる。
「お前が頑張ってるの、知ってるよ」
目を細めたまま私を見る彼。
ぎゅうぅ、と胸が見えない手に締め付けられるような感覚と、指先の熱に何もかもが持っていかれる。
この手は誇りだ。
唯一絶対で、私が何かを創り出すことの出来る手で、努力したんだという結果が見える手。
ペンだこが痛くても、インクまみれになっても気にならない。
「頑張ってるよ」
「うん……有難う」
「俺はお前の手、好きだからさ」
掴まれている指を動かして、彼の手に自分の手を絡めた。
彼の言葉が嬉しくて嬉しくて、口元が柔らかく弧を描く。
私の手を好きと言ってくれる彼が好き。