Ⅱ - Ⅱ
「ねぇ、聞いてる?」
痺れを切らしたのか、いつまでも答える様子を見せないシャルムを少女はじとりと睨む。大きめの瞳がすっと細められた。
その言葉に我に返るも、質問の意味が理解できないシャルムは答えられない。
「これ」
ばっと目の前に突き付けられた書類。そこには、シャルムの名前や細かな情報が書き記されていた。そして赤文字で『暗殺対象』の文字。
それを手に取ったシャルムは、束になっているその書類をパラパラと捲っていく。どこかに、理由が記されて――。
「機構への反逆、又は反逆行動を助長するものとして対象の人物の始末をエンジェルに依頼する……」
「お兄さん、悪い人なの? 今まで殺してきた悪い人と、ちょっと違う」
書類を読み進めるシャルムを見ながら少女は呟く。そこでようやくシャルムは顔を上げた。
目の前に立つ少女をじっと見つめる。まだ年端もいかない小さな子供。とても殺し屋をしているとは思えない。
「君は、どうして殺しなんかするんだい」
「どうして殺しちゃいけないの?」
シャルムの質問を、少女は逆に質問で返す。なぜなのかわからないと言った表情をし、彼を見つめ返した。その反応にシャルムは困った様子で視線を泳がせる。
どうしてと問われ、答えられなかった。“人殺しは悪いこと”。それはわかっているのに、理由はわからない。
「あの人たちは悪い人でしょ? それなのにどうして殺しちゃいけないの。生きていたってしょうがない人たちだよ。死んでも悲しむ人なん――」
少女の言葉は突如響いた乾いた音に遮られた。無意識に彼女の頬を叩いたシャルムは、そこではっと我に返る。
呆然としたまま、叩かれたせいで少し赤くなっている頬を手で押さえ少女はシャルムを見る。大きく開かれた瞳が僅かに揺れた。
「……どんな理由があっても、誰かの命を奪って良い理由なんてないよ。それじゃあ、君も同じくらい悪い人だ」
諭すように言えば、押さえられた頬に優しく手を当てる。叩いてごめんね、と言えば優しく頭を撫でた。
反応を示さない少女に気まずくなりながら、シャルムはとにかくこの場を離れようと彼女に背を向けた。
だが、踏み出したところで後ろからぐいと引っ張られ動きを止める。彼の後ろでは俯きながら服の裾を掴む少女。
「……でも、でも……殺さないと、ボスに怒られる……。このままじゃ帰れないよ……」
「えっと……じゃあ、俺の家に来る?」
帰れないという彼女にどうしたものかと思案し、ふと頭に浮かんだ言葉を少女に投げかけた。一方問われた少女はきょとんとし暫くシャルムを見つめる。
「いいの?」
「まぁ……このまま放ってもおけないし。殺さない、危害を加えないって約束出来るならおいで」
苦笑しながら言い、少女へと手を差し出すシャルム。その手を暫く見つめた後、少女は差し出された手を取りこくりと頷いた。
「うん、約束する」
「よし、いい子だ。俺はシャルム・クロイツ。君は?」
「アンヘル。アンヘル・ラディウス」
互いに名乗り、帰路へ着く。あれこれ話をしながら、2人は優たちの待つ家へと向かうのだった。