Ⅵ
「ここまで来れば大丈夫ですかね。……ライム、あれ程クロスタウンには近付くなと言っていたでしょう」
ロストタウン外れの裏路地。抱えていたライムのことを地面に降ろし、フードを外したロスは目の前で座り込む彼を見下ろした。静かだが、怒気を孕んだその声音にライムの肩がビクリと震える。
暫くの沈黙の後、俯いたままライムが口を開いた。
「だって……」
発せられた小さな声。涙声になるその声に、腰に手を当て見下ろしながらロスは耳を傾ける。
ずっと握っていたペンダントを強く握り締め、ライムはロスを見上げた。彼の視線に僅かに怯むも、真っ直ぐその目を見つめる。泣くのを堪えるように揺らぐ瞳を、ロスは静かに見つめかえした。
「ママの……ペンダント、取り、返しっ……!」
堪えていた涙がぽろぽろと零れていく。途中で言葉にならなくなってしまったものの、ライムの言いたいことがわかったロスは小さくため息をついた。目の高さを合わせるようにしゃがみ、彼の頭をぽんぽんと無でる。
「とにかく、無事でよかった。もうこんな無茶してはいけませんよ」
「う、ひく…っ…ごめんなさい……」
頬を濡らしている涙を袖で拭ってやり、今度はライムのことを背負う。未だ泣き続ける彼に、困ったように再びため息をつくロス。やっぱり子供は苦手だな、などと思いながら帰路へついた。
「ただいま」
ライムを親の元へ送り届け、自身の家へ帰ってきたロス。いつの間に帰っていたのか、テーブルの上で林檎を食べていたニトが主の帰りに顔を上げた。
普段より帰りの早い彼に、愛銃の手入れをしていた優は驚きの表情を浮かべる。
「あらロス、今日は随分と早いのね」
「ちょっと色々あって……。あ、これ。優とシャルムに。ロストタウンへの出入りができる偽のカードです」
質屋でソラから受け取ったカード2枚をテーブルの上へ置く。それを手にした優は、興味深そうにそのカードを眺めている。
そんな彼女を尻目に、ロスは眠たそうに欠伸をし自室へ戻ろうとする。それに気付いた優は慌てて立ち上がった。
「あれ、ロス、夕食は?」
「え、あー……すみません、俺今日はもう寝ます」
それだけ告げて階段を上って行ってしまったロスに苦笑いを浮かべ、優は再び銃の手入れを始める。ニトもまた、林檎へ齧りついた。
自室へ戻ってきたロスは、マフラーとパーカーをベッドへ放りソファへと腰掛ける。ふと、目の前のテーブルへ目を向けると、無造作に置いてあったペンダントを手に取った。
細部にまで装飾が施されたそれを手にすると、カチリと開く。中には、ロスを含めた4人が映る写真が入っていた。その写真を数秒見つめた後、蓋を閉め目を伏せる。再びそれをテーブルの上へ放ると、ソファに横になった。
「……やはり、機構の人間でしたか」
先程クロスタウンで出会った人物を思い浮かべながら目を閉じる。
彼もどこかではわかっていた。両親が機構の人間なのだから、その子供もまた機構側へつくのが当然だろう。少なくとも、反逆者になどならないはずだ。
でも、それならばなぜ逃してくれたのか。
「……兄さん」
眠りの淵へ意識を引っ張られながら呟いたロスの言葉は、誰もいない部屋に静かに響いた。