Ⅳ
カランと、ドアに付いているベルが来客を知らせる音を奏でる。奥で作業をしていた少年は頭上の耳をピクリと震わせ顔を上げた。手に持っていた石を置き、カウンターへと歩み寄る。
「いらっしゃーい……って、なんだロスか」
「なんだとはなんですか。俺は一応ソラの客ですよ」
むっとして言うロスを余所にソラと呼ばれた少年はケラケラと笑う。カウンターを乗り越え、ドアに掛かっていた看板をcloseにすると、椅子を手にロスの元へと歩み寄った。
彼の側に椅子を置くと自分はカウンターの奥へ入る。しばらくすると、カップを2つ手に戻ってきた。
「ほらよ。紅茶、飲めよ」
「ありがとうございます。……ところでソラ、例の物は?」
紅茶に口を付け、目の前に座ったソラへ問いかける。ソラは歯を見せニヤリと笑う。そしてどこへ隠し持っていたのか2枚のIDカードを取り出すと、机の上に並べた。それへ視線を落としたロスを見ながら、ソラが紅茶を啜る。
「流石ですね」
「へへん、だろ? 手先が器用なもんでね」
IDカードを手に取り見つめながら呟くロスに、ソラが得意気に笑う。
この国では、エンドタウン、ロストタウン、クロスタウンを区切る壁にそれぞれいくつかのゲートがある。そのゲートを通るために必要となるものがIDカードだった。身分証のようなもので、カードがないとそれぞれの街に入ることはできない。
エンドタウンの者には与えられない代物のため、裏では高値で取引されているという話もある。
「だけどよ、ロストタウンのゲートは潜れてもさすがにクロスタウンは無理だぜ。あそこのセキュリティは偽のカードじゃ騙せねぇ」
「やはり無理ですか。まぁでも、ロストタウンに入れれば問題ないと思います」
2枚のカードを手に取り、それをポケットへとしまった。代わりに反対のポケットから小さなナイフを取り出すとソラの前へ置く。
細かい装飾が施された古いナイフ。そのナイフを目にしたソラの目の色が変わる。手に取りまじまじと見つめた後、ニィと口端を釣り上げた。
「マジで手に入れてきてくれたんだ」
「ええ、約束しましたし。手に入れるの、苦労しましたが」
「サンキューな。また頼むぜ」
ナイフを手に満足気に笑むソラ。こんな彼にこちらこそ、と返しロスはカップの中の紅茶を飲み干すとカップを置いた。ごちそうさまでしたと告げ席を立ったロスに倣い、ソラもまた席を立つ。
ふと、踵を返しドアへと向かうロスの背を見送るソラの表情に陰りが差した。僅かに躊躇いを見せた後、口が開かれる。
「なぁ、お前さ……最近何してんの?」
「……どういう意味ですか」
言いにくそうに発せられた質問。ドアノブに手をかけ、ピタリとロスの動きが止まる。背後にいるソラへ視線を向けないまま質問の意図を問いかけた。逆に質問されたソラはあからさまに動揺する。前髪で隠れていない方の目が右往左往する。
「いや、その、妙な噂を聞いてよ……。クロスタウンで魔族狩りをしている銀髪の子供がいるって。その子供って……お前じゃねぇよな?」
ソラの話を黙って聞いていたロスは、ようやく視線を彼の方へと向けた。だが、困ったような笑みを浮かべすぐに目を逸らす。
ドアを開け、一歩外に踏み出したところでまた動きを止める。
「……どうでしょうね」
「どうでしょうねって……ちょ、ロス!」
呼び掛けを遮るようにバタンとドアが閉めたロスは、先程の言葉を思い出し自嘲するかのような笑みを浮かべた。
グローブを嵌めた自分の掌を見つめ、その手ぎゅっと握る。
「……魔族狩り、ね」
小さく呟かれた言葉は人気のない路地に溶けていった。