Ⅲ
【機構上層部 司令官室】
コンコンとノックが鳴る。その音に反応した少女は、顔を上げドアを見た。彼女の髪の毛先になっている蛇が、チロチロと赤い舌を出す。どうぞ、と声をかけるとガチャリと音を立てドアが開いた。
「何の用だ、司令官」
「まぁ、上司に向かって随分な口のきき方をなさるのねエレティック」
エレティックと呼ばれた青年は、入り口付近に立ったまま舌打ちをした。普段から鋭い紅の瞳が、更に鋭く細められる。
対する少女ー―スティア・サーペネルは笑顔を崩さずに椅子から立ち上がると背後にある窓へと歩み寄った。窓の外を眺めて腕を組む。
「最近、ネズミ共が活発に動いているようですね」
視線を窓の外に向けたまま、スティアは不敵な笑みを浮かべた。彼女の目下には、クロスタウンの家々が広がっている。そしてその先には、クロスタウンとロストタウンを遮る壁。彼女の言いたいことがわからず、エレティックは怪訝そうに眉根を寄せる。
背後に立つエレティックへと向き直ると、スティアはその優しげな瞳を歪めた。
「あなたに、ネズミ退治をお願いしたいのです」
「……は?」
突如放たれた言葉に、意味がわからないと言った風に聞き返すエレティック。
スティアはもう一度同じ言葉を繰り返すと、机の上に広がっていた資料を指でなぞる。
そして何が面白いのか、クスクスと笑みを溢した。
「女王に歯向かうアンチ組織。ふふ、愚かですね。あの方に逆らう者など、この世に存在する資格はありません」
「……だから、俺に始末してこいと?」
不機嫌そうに言うエレティックの言葉に、彼女はご名答と言わんばかりににこりと微笑む。広がっていた資料をひとまとめにすると、トントンと数回机に叩き付けた後彼へと差し出した。
有無を言わせないその瞳にエレティックは再度舌打ちをした。半ば奪い取るようにその紙の束を受け取る。スティアは彼の上司。やはり命令には逆らえないらしい。
そのままドアを開けると、エレティックは部屋を出て行った。乱暴に閉められたドアを見つめたままスティアは唇を歪める。頬の側にいた蛇の頭を撫で、小さく笑い声を上げた。
「せいぜい、私を楽しませてくださいね。皇子様」
「よう、エンゴリズム。仕事か?」
資料を眺めながらが歩いていたエレティックに声をかけ、歩み寄ってくる筋肉質の男。自分を呼び止めた相手を見遣りため息をつく。そんな彼の様子を気に留める様子もなく、行く手を遮るように男は仁王立ちした。
「アルト……変なあだ名で呼ぶのはやめろと言ってるだろ」
「あだ名? エンゴリズムとは貴様の名であろう」
「俺はそんな趣味の悪い名前はしてねぇよ」
アルトの横を抜け、歩きながら再び手元の資料へと視線を落とす。数枚紙を捲ったところでエレティックの手が止まった。写真に映っている少年に目を留めたままその場に立ち尽くす彼に、アルトは不思議そうに手元を覗きこむ。
銀の髪に蒼い切れ長の目をした少年。
「……生きてたのか」
「その少年は知り合いか?」
質問に頷き、エレティックは口元に僅かな笑みを浮かべる。ロス=ファントムと書かれたその紙から目を外し、肩越しにアルトを振り返った。
「俺の弟だよ」