Ⅴ - IV
「ロスッ!!」
ホルダーから銃を抜いた優が、銃口をロスへと向ける。だが、それを遮るように墓守がその間に立った。深紅の瞳で彼女を睨みつける。
「どいてよ墓守! アイツ、シャルムを!」
「……それがなんです?」
静かな声に優がほんの少し、体を強ばらせた。墓守はそんな彼女から目をそらさず、1歩歩み寄る。
「言いましたよね? それとも、人間の頭じゃ一度言っただけでは理解できませんか? それならもう一度お教えしましょう。私は、ロス様に使える身。いかなる理由があろうと、主に仇なす者を見過ごす訳にはいきません。それに、私はあのお方以外はどうなろうと知ったことではないのです」
墓守は言葉を紡ぎながら、1歩、また1歩と優との距離を詰めていく。完全に呑まれてしまった彼女は銃を下ろし、ギリッと歯を噛み締めた。
いくら魔力を持たない優でも、まともにぶつかって勝てない相手であることはわかったらしい。
「ロ……ロス……?」
おろおろとしていたニトの言葉に、2人の視線が自然とロスへ向けられる。
ロスはふらふらと数歩後退り、自分の手に持っていた剣を床に落とした。左目の辺りを押さえ、その場に膝をついた彼の手から零れた血が床を汚していく。
慌てて駆け寄ったニトに続いて、墓守も彼のそばへと駆け寄る。ロスは荒くなった息の合間に、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「……ろ……な、い……ろせ、な……い……」
「ロス様、しっかりなさってください」
墓守の言葉に、ロスの視線が動く。墓守を見て、その後床に落ちた自分の剣を視界に捉える。
震える手でその剣を掴むと、ロスは口端を上げた。嫌な予感がした墓守がその剣を取り上げようとするが、その手は空をきる。
「すべては……のために……」
うわ言のように呟いたロスは、手に持った剣を自身の胸へと突き立てた。紅の飛沫がまた床を汚す。
その場にロスが倒れ、一瞬沈黙が流れる。
「ロスッ!?」
倒れたロスをニトが抱え起こした。虚ろな瞳が宙を彷徨い、咳き込んだ拍子に口から鮮血が零れる。
どうしたらいいのかわからないニトは、助けを求めるように墓守へ視線をやった。視線を受けた墓守は、珍しくその表情を歪める。
墓守が唯一使えない魔法が、治癒魔法だった。この場にそれが使えるのは、今シャルムを介抱しているアンヘルただ1人。だが、この期に及んでロスを助けてくれるはずがない。大切な人を殺そうとした人間を。
それに、この傷ではおそらく――。
「墓守、ニト……俺に任せて」
ふらつきながら歩み寄ってきたシャルムに、墓守とニトが顔を上げる。
「……出来るんですか、貴方に」
「うん、ロスは死なせないから」
お互いに顔を見合わせた2人はそっとロスから離れた。シャルムは彼の傍らに膝をつくと、手の平を合わせて目を閉じる。
程なくして、シャルムとロスの周りを光の結界が包み込んだ。
「シャ……ル、ム……」
掠れた声で名を呼ばれ、シャルムは目を開けた。白銀に輝く目がすっと細められる。
「ロス、大丈夫だよ。お前のことは、俺が助けるから」
シャルムの言葉を聞き終わらないうちに、ロスの瞼が力なく閉じられる。
「帰ってこい、ロス。お前に――俺の命をやるから」
シャルムは再び目を閉じ、小さく詠唱を唱え始める。2人の周りを光の文字が漂い始めた。
優、ごめん。
お前は弱いのに強がりだから、1人で無理しないか心配だよ。
みんなのこと、頼んだよ。
ロス、すまない。
きっと、お前にはとても辛い想いをさせてしまう。
でも、お前は生きなきゃいけないんだ。生きて、みんなを守ってくれ。
アンヘル、ごめんな。
ずっとそばにいるって約束したけど、無理そうだ……。
君は優しくて強い子だ。きっとみんなを導ける。君は、みんなにとっての光なんだから。
……俺にとって、そうだったように。
アンヘル……愛してるよ。
光が収まった後には、ロスとシャルムが折り重なるように倒れていた。




