Ⅴ - Ⅲ
【万屋ソール】
「それが、ロスとの出会い……」
優が呟いた言葉に墓守が頷く。そして沈黙がその場に流れる。
すると、今まで黙って話を聞いていたアンヘルが、向かいに座るニトへと視線を向け口を開いた。
「ニトさんもその時に?」
「へっ、あ……えと……ううん……」
突然話しかけられたニトはびくりと肩を大きく震わせ、早鐘を打つ鼓動を押さえるように胸に手を当てた。俯きがちのままアンヘルの言葉を否定し、言葉を選ぶようにゆっくりと話始める。
「僕、は……その……拾われたんだ。50……年、くらい前に。墓守、と……ロスに」
「拾われた?」
首を傾げるシャルムに、顔を上げずニトは頷く。
「捨て子、なんだ。大罪の、悪魔の……生まれ変わりだから、捨てられたんだと思う……」
少し間を置いた後、ニトは左手にはめていたグローブを外しその場にいる者達に見えるよう手を広げた。
彼の手の平で、それは口を大きく開く。
『なんだぁ? メシの時間か、ニト』
粘りつくような声が響く。名を呼ばれたニトは顔に嫌悪の表情を浮かべ、小さくため息をついた。
「これが、悪食の大罪……ベルゼブブ」
『あぁん? これとはまた随分と失礼な言い方だなぁ?』
ケタケタと奇妙な笑い声を上げるベルゼブブに、ニトは掌を思い切りテーブルへ叩きつけた。「へぶっ!?」という間抜けな声を上げベルゼブブは口を閉ざす。
「まさか、実在するなんてな……」
世界に7人しかいない、大罪の悪魔をその身に宿す者。ある地域では神だと崇められ、そしてまたある地域では災いの象徴だと忌み嫌われた。どうやらニトは後者らしい。
外していたグローブを嵌め、ニトは視線を自分の手許へと落とす。
「だから、ロスと墓守は、僕の、その……親っていうか……家族みたいなもので――」
ニトの言葉は、突如響いてきた物音に遮られる。
トントン、と階段を降りる音だけがロビーに響く。
「ロス……」
雑にパーカーを着て、俯きながら一歩ずつ全員が座っているテーブルへと歩み寄ってくるロス。時折ふらつき、その度に押さえるように目元へと手を持っていく。
席を立ったシャルムがロスへと駆け寄り、体を支えると心配そうに彼の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か、ロス。まだ寝ていた方がいいん、じゃ……?」
シャルムの体がピクリと跳ねた。彼の視線が、ゆっくりと自分の腹部へとおりていく。
ガタリ、とイスが倒れる音がした。アンヘルが立ち上がり、信じられないといった表情で口元を押さえている。他の3人も同じように驚愕の色を顔に浮かべていた。
ただ1人、墓守だけが表情を変えずロスとシャルムを見つめる。
ふらりとロスの体が揺れた。一歩後退ると、シャルムの腹部に突き立てられていた剣がズルリと抜ける。
「ロ……ス……お前、なん、で……っ」
苦しげに言葉を発したシャルムがその場に倒れ込んだ。腹部を押さえている手から零れた鮮血が床を染めていく。
シャルムへと駆け寄ったアンヘルが彼の手に自分の手を重ね、必死に出血を止めようとする。
「シャルム、やだよ……! ロスさん、なんで、こんなことっ!」
涙を流し睨むアンヘルと倒れたシャルムを虚ろな紅の瞳で見つめ、ロスはにこりと微笑んでみせた。
「……スベテ、コロス」




