Ⅱ
「あ、ようやく起きて来たのねロス。まったく、相変わらずのお寝坊さんねー」
階段を降りてきたロスのことを目にし、エプロン姿の神崎優は腰に手を当てた。まるでなかなか起きてこない子供を叱るような彼女の姿に、シャルムがクスクスと笑みを溢す。
そんな2人に、ロスは面倒そうに頭を掻き自分の席へ座った。今日の寝起きも、いつも通りよろしくないようだ。
「たまには早起きしないとダメなのよー」
後ろで一括りにされた少し長めの優の黒髪が、くるりと踵を返した拍子にひらりと舞った。調理台の上に置いてあった3人分のスープをトレーに乗せ、テーブルへと持ってくる。それらを並べ終わると、エプロンを外して椅子の背にかけ彼女も自分の席へと着いた。
優が座ったのを確認すると、各々に手を合わせ「いただきます」と挨拶をし食事に手をつけ始めた。ニトも、用意してもらったリンゴに噛り付く。
「そういえばロス、最近帰りが遅いみたいだけど、何かあったの?」
「……そんなに遅くまで出ていますか?」
突然投げかけられた問いに、パンに噛り付いたままロスは考え込む。そう言われてみれば、確かに少し帰りが遅くなっていたかもしれないーー。
もぐもぐと口に含んだパンを咀嚼するロスから視線を外し、優はスープを啜る。そして再びロスへ視線を戻すと、今度はパンを手に取る。
「まぁ、ちゃんと帰って来てくれるなら別にいいんだけどさ。ちょっと心配になったから」
「すみません」
「ん? あぁ、別に謝ることなんてないのよ」
優はへらりと笑い、手に持った パンを食べ始める。すると今度はシャルムが口を開いた。
「今日も出掛けるの?」
シャルムからの問いに頷き、ロスは自分の前に佇むニトの頭を撫でる。気持ち良さそうに目を細め小さく鳴いた。
4分の1程残っていたパンの欠片をニトの前に置き、自分はスプーンを手に取る。ニトは目の前に置かれたパンに目を輝かせると、嬉しそうにそれへ食らいつく。どうやら、リンゴだけでは彼の腹は満たされなかったようだ。
「ちょっと、知り合いに会ってきます」
暫く間を置いてからロスが答える。その言葉に、問いかけたシャルムだけでなく優までもが食事の手を止め驚いたように彼を見つめる。スープを飲んでいたロスは、2人の視線に気がつくと怪訝そうに眉根を寄せた。ニトだけが状況を飲み込めず不思議そうに首を傾げる。
「ロス、友達いたの?」
「失礼な質問ですね。俺にだって友達の1人くらい……というか、アイツは友達というより腐れ縁って感じですがね」
その人物の姿を思い浮かべたのか、ため息をつくロス。だがどことなく、楽しそうな彼を見て2人は顔を見合わせ笑みを浮かべる。
含みのある笑みに、ロスは再び眉根を寄せた。
「なんですか、2人でニヤニヤして」
「いや、なんか楽しそうだなーって」
「ロスはその人といるのか楽しいみたいね」
「……そんなんじゃありません」
ふいと顔を逸らしスープを食べ終えたロスは、席を立ちドアに手をかける。主が出掛けるのを知ったニトは慌ててパンを食べると、彼の肩の上に乗った。
ロスは小さな声で「行ってきます」と告げると、そのまま邸を出て行く。優とシャルムは再び顔を見合わせると、今度は声を上げて笑うのだった。