Ⅴ - Ⅰ
【龍の国 神殿地下シェルター】
燃え盛る炎。少年の赤い瞳に映るのは、彼の色とは別の赤い光。
「――子よ」
頭上から降ってきた声に、少年は顔を上げた。その表情は、すっかり畏怖の色に染まってしまっている。
対して少年に語りかける女は穏やかな表情を浮かべている。少年を愛おしそうに抱き、静かに口を開いた。
「生きるのだ。母の分も…………生きろ」
女が少年を手放す。開いていた扉が、重い音を立てて閉じた。
最後に少年の目に映ったのは、炎の海に飲み込まれる母の後ろ姿。
ようやくそのシェルターから出られるようになった頃。
国は滅び、少年以外の同族は皆いなくなっていた。
【迷いの森 湖畔】
「……風が出てきたな」
強さを増した風に煽られた髪をよけ、墓守は空を見上げた。今にも降り出しそうな、重くどんよりとした雲に眉を顰める。
「一雨きそう……ん?」
墓守の耳がピンと立つ。
カーバンクル属は、聴力に優れた種族。その大きな耳は、数キロ離れた場所で跳ねた魚の音でさえ聞き取れるとまで言われている。
捉えた音のする方へ視線を向けた墓守の目に、黒い群れが映った。
「魔鳥達か。あんなに群れて何をして……?」
黒い群れの中に、白銀に輝く何かがいる。この距離では、視力に多少自信のある墓守にもそれが何なのかはわからなかった。
しばらくすると、それは森の中へと落ちていった。それを追い魔鳥達もまた次々と森へ降りてゆく。
ほとんど無意識のうちに、墓守は森へと駆け出していた。
森の中腹あたり。何かを囲っている魔鳥達の元へ辿り着いた墓守は、乱れた息を整えるように深呼吸をしゆっくりと群れへ歩み寄る。
「……何をしているんですか?」
墓守の声に魔鳥達は一斉に彼へと視線を向ける。遅れて、リーダー格らしき一匹が墓守の前へと歩み出た。
「はっ。これはこれは、誰かと思えばカーバンクル属の生き残りじゃねぇか」
自分より小さな墓守へずいと顔を寄せた魔鳥は鼻で笑う。再び彼を見下ろすと、その赤い目を細め翼を広げて見せた。
「俺達は今、餌の調達で忙しいんだ。用がないならとっとと失せな」
威嚇混じりに言ってのける魔鳥。彼の脚の隙間から、倒れている子供が墓守に助けを求めるような視線を向けていた。
ため息をつき、墓守は自分を見下ろす魔鳥を見上げる。
「その子供を、離してやってはくれませんか?」
「あぁん? 俺様の言った事が聞こえなかったのか? その耳は飾りか? なめてると食っちまうぞ、カーバンクル風情が!」
「……はぁ、やれやれ」
威勢のよい魔鳥に、墓守は呆れたように肩を竦める。そしてすっと目を細めると、1歩足を踏み出す。
「…………誰に向かって口を聞いているんだ、餓鬼」




