Ⅲ - Ⅵ
「取り敢えず……ニト。苦しいので離れなさい」
ぎゅう、と強く抱き締めるニトの腕を叩き墓守と呼ばれた半獣は解放を訴える。ようやく手を離したニトにため息をつき、彼は崩れたマフラーを巻き直した。
エレティックは目の前に立つ半獣をじっと見つめる。
小さな、子供のような見た目。ボロボロの服にマフラーを巻いている。小麦色をした長めの髪の間から、同色の大きめな獣耳が覗いている。そして額に光る紅の宝石。――どこかで、見覚えがある。
墓守はこほんと1つ咳払いをすると、焚き火の側に横たえられているロスへ目を遣る。
「事情はわかりませんが、宜しければ家に来ませんか? 雨はまだ止まないでしょうし……どうやら、病人もいらっしゃるようですしね」
その申し出に躊躇いを見せるアンヘルとエレティック。素性も知らない者の家へ、行ってもいいものなのか。
そんな二人の心中を知ってか知らずか、ニトが口を開いた。
「あの……行こう、墓守の家。ロスの治療……できる、かも」
ニトの言葉に二人は顔を見合わせた。確かに、このままここにいても仕方がない。
「……わかった。頼む」
「はい、承知しました。私について来てくださいね」
床に置いていた荷物を担ぎ直し、歩き出す彼の後に続き三人もまた廃屋を後にした。
「とりあえず、落ち着いたようですね」
ベッドに寝せたロスの額に濡れたタオルを乗せ、墓守はキッチンへと向かいポットとカップを持ちテーブルへと戻ってきた。紅茶を注ぐとそれぞれの前へ差し出した。
「あの……ロスさん、は?」
「あぁ、薬草を飲ませたので大丈夫だとは思います。明日には目を覚ますでしょう。……ですが、少々気になる事がありまして」
チラリとベッドの方へ視線を向け考え込んだ。顎に手を当てたまま黙り込んでしまった墓守に、三人は怪訝そうな表情を浮かべる。
「……どうやら、この熱は風邪とかそういった“病気”の類のものではないようですね。何かの副作用、とか」
副作用、という言葉にニトが僅かに反応する。それを墓守は見逃さなかった。視線だけを彼へ向けニト、と静かに名前を呼ぶ。
「何か、心当たりがあるようですね」
「うん……。あの、ね……ロス、何か薬打たれてた」
「薬?」
ニトの言葉に今度はエレティックが考え込む。
恐らく、ロスがここに来るまでにいた所は機構なのだろう。そしてきっとこの少年も。
確か、新しい研究員が――。
「そちらの方は、何か思い当たるところがあるようですね。純魔族……もしや
機構の方でしょうか」
「あぁ……そうだが」
頭上の耳をゆらゆらと揺らしながらエレティックを見遣る墓守。その問いに彼は眉根を寄せ答える。
紅茶を啜っていたアンヘルはカップを置き、目の前にいる墓守をじっと見つめた。その視線に気が付いた彼は「何ですか?」と首を傾げる。
「あなたは、一体……」
「あぁ、申し遅れました。私、カーバンクルの一族で――名乗る名はございませんので、墓守とお呼びください」
居住まいを正し自己紹介をした墓守に、エレティックは驚きの色をその顔に浮かべる。
「カーバンクルって……上級魔族じゃねぇか」
「ふふ、そんな大層なものではございませんよ。……エレティック王子」
墓守が発した言葉にその場にいた全員が動きを止めた。ニコニコと笑みを浮かべている彼をエレティックが眉間に皺を寄せ睨みつける。
「……知らねぇ振りしてたのか」
「まさか。思い出すまでに時間がかかってしまっただけですよ。なんせ、ここの情報量が普通ではありませんから」
そんな事を口にしながら、墓守は自分の頭をトントンと指先で叩く。
「ようやく思い出しました。女王陛下の御子息、エレティック様」
「……エレティックさん、王子様だったの? あ、てことはロスさんも?」
興味津々といった体で身を乗り出すアンヘルと頭を抱えため息をつくエレティック。そんな二人をどことなく楽しそうに見つめる墓守。
「さてと。お喋りはこの辺にして、今日はお休みください。屋根裏部屋が空いているのでお好きに使ってくださいね」
パンと両手を叩き、墓守はコップ類を片付けていく。
外では、少しだけ勢いを無くした雨が夜の闇に覆われた木々達を未だ濡らし続けていた。




