Ⅱ - Ⅶ
「……夢、か」
目を覚ましたロスは、息を吐き目元を腕で覆った。そして腕を退け、窓の方へと視線を向ける。少しだけ開いた隙間から欠けた月が覗いている。まだ眠ってからそれほど時間は経っていないようだ。
「久々にベッドを使おうとしたらこの夢ですか……。参ってしまいますね」
幼少の頃の夢を見たロス。自嘲気味に笑うと、身を起こした。ベッドから降り、水でも飲もうかとドアへ向かいドアノブへ手を掛ける。
「……機構の魔族様がこんな所へ何の用でしょうか」
ふと、ドアの外から漏れてきた声にロスの動きが止まる。
機構の奴が、なぜここに――。
ソファーに置いてあったパーカーを身に纏い、マフラーを首に巻く。そして武器の剣を身に付けると、そっとドアを開けた。
できるだけ音を立てないように、階段を降りていく。
入り口には、黒いローブに身を包んだ人物が立っていた。その者と対峙するように優とシャルムが立っている。
「……ここに、ロスという少年はいないか」
魔族が発した言葉に、ロスの動きが止まる。機構の狙いはどうやら彼らしい。
でもなぜ。機構に目をつけられるようなことは――。
「……ロスに、何の用?」
腕を組んで仁王立ちになっている優が魔族を睨みつける。一方の魔族は、被っていたフードを取ると目の前に立つ優を見た。鋭い紅の瞳がじっと彼女を見つめる。
ロスは彼の姿を確認すると、驚きに目を丸めた。少し小走り気味に階段を降りる。
「兄さん!?」
思わず大きな声を出してしまったロスは、しまったと口に手を当てた。優とシャルムは驚いたように振り返る。そしてもう一度ローブの男へ向き直ると優が口を開いた。
「え、ロスの……お兄さん!?」
「はい、紅茶。良かったら飲んで」
椅子に座った男の前に優が紅茶を差し出す。小さく礼を述べると、男はカップへ口を付けた。
ロスは向かいに座っている兄のことをじっと黙って見つめている。しかしその視線は見つめている、というよりも睨みつけていると言った方が正しいのかもしれない。
「で、あのー……できれば詳しく説明して欲しいんだけど……」
一向に口をきこうとしない2人に、シャルムが苦笑混じりに言う。それにカップを置いた男が口を開いた。
「名はエレティック。第6部隊長。まぁ、訳あって今は機構に戻れない状態なんだが」
「ロスのお兄さんって……」
簡単な自己紹介を終えたエレティックに、優は気になっていた事を問う。先程、ロスは彼のことを“兄さん”と呼んだ。兄弟という割にはあまり似ていない2人。共に目付きがお世辞にも良いとは言いがたいが。
「あぁ、俺とコイツは兄弟だ」
「血は繋がっていませんけどね」
ぶっきらぼうに言うロスへ、エレティックが視線を向ける。目が合うとロスはふいとその視線を逸らした。
「大体、何なんですか今更。今まで人を放ったらかしておいて。どうせ機構にいられらなくなったのだって、兄さんの気まぐれでまた何かやらかしたんでしょう」
ぶつぶつと不機嫌そうに呟くロスを、優とシャルムは物珍しそうに見つめる。普段クールな彼のこんな姿、見たことがない。これではまるで――。
「ロス、もしかして拗ねてるの?」
「……違います」
まるで、構ってもらえなくて拗ねている子どもだ。