Ⅱ - Ⅳ
パタンとドアの閉まる音がし、3人の視線が階段へと集まる。まだ眠たそうなロスは、階段を降りてくるとアンヘルを見て足を止めた。見慣れない人物に、怪訝そうに眉根を寄せる。
「どうしたの、ロス。お腹空いた?」
突然起きてきたロスに、優は慌てて立ち上がる。彼の分のスープを準備するためにキッチンへ小走りに向かった。
一方ロスはアンヘルを見つめたまま動こうとしない。
「……目が覚めました。ところで、彼女はどちら様ですか」
警戒心を剥き出しに、彼女から視線を外さすシャルムへ問い掛ける。しかし、シャルムが答えるよりも先にアンヘルが口を開いた。
「あの、わたし……アンヘルっていうの。アンヘル・ラディウス。今日からここでお世話に……」
未だに警戒するロスの視線に耐えきれなくなったのか、アンヘルは途中で口を閉じてしまった。助け舟を出そうと、今度はシャルムが口を開く。
しかし、そんな彼より早く木のスプーンが飛んできてロスの額に直撃した。あまりに突然の出来事にアンヘルもシャルムも、ぽかんと間の抜けた顔をする。一方、襲撃を受けたロスは額を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
「~~~~~っ!! 優! 何するんですか!」
「何するんですか、じゃないわよ! アンヘルのこといじめちゃダメでしょ!」
「別にいじめてませんよ!」
スープを運んで来た優は、それをテーブルに乱暴に置きロスの前に仁王立ちする。ロスは額を押さえながら、自分より高い優のことを睨み上げる。負けじと優もロスを睨みつける。
「ま、まぁまぁ2人とも落ち着い――」
「シャルムは黙ってて!」
「シャルムは黙っててください!」
2人を宥めようとするシャルムに、2人揃って言い返す。
言っても聞かないであろう2人に、仕方ないなとため息をつきシャルムは立ち上がった。不安そうにやり取りを見ているアンヘルの頭を一度撫でてから、未だに言い争いを続ける2人の傍らに立つとスッと両手を上げる。そして拳を作ると、それを2人の頭に向かって振り下ろした。
ゴッという鈍い音と供に頭を押さえその場で悶る2人。
「落ち着いたかい?」
「……はい」
「ごめんなさい……」
ニコリと笑みを浮かべて言うシャルムの前で正座して項垂れる優とロス。まったく、と腕を組みシャルムは呆れたように2人を見遣った。
「優は年上なんだからむきにならない。スプーンも投げるんじゃない。ロスは警戒するのもわかるけど、もう少し柔らかく接する。特に目。お前はただでさえ目つきが悪いんだから。アンヘルが怖がってるだろ」
シャルムの説教を、優とロスはまるで小さな子供のように黙って聞いている。ふと、ロスが顔を上げてアンヘルの方を見た。気まずそうに視線を彷徨わせ、頭を掻く。
「あの……別に、睨んでるつもりはなかったんです。でも、その……怖がらせてしまったならすみませんでした……」
バツが悪そうに謝るロスに、暫し目を丸くしていたアンヘルは不意に吹き出した。お腹を抱えひとしきり笑うと、ロスの側にしゃがむ。目線の高さが同じになった。
「ううん。怖くないよ、ロスさん。……あ」
アンヘルが何かを見つけたように声を上げる。そしてロスの首元を指差した。
そこでロスは、自分がパーカーとマフラーを身につけていないことに気付く。タンクトップだけでは相手に見えてしまう。首元にある、リバースクロスが。
リバースクロスを見られるということは、混血者にとって時に命に関わることになる。慌てて手で隠そうとするが、時すでに遅し。
「それ、リバースクロスだよね? ロスさん、混血者なの?」
「……だったら何ですか」
アンヘルからの質問に、ロスは吐き捨てるように答える。するとアンヘルはニコリと笑い、立ち上がった。
そして徐に自身の白いワンピースの裾を掴み、ばっと捲り上げる。
「わたしも混血者なの」
そう言う彼女の左太腿には、逆さまの十字架に蛇が絡みついた印が刻まれていた。