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短編

イケメンお届けにあがりました

作者:

「後野様。宅急便です」

「はーい」

 

 ワンルームの小さなアパート。ここには、カメラ付きのインターフォンなんてついてやしない。

 女一人で住むのに不用心だって、お母さんは最後まで反対してたけど。社会人になって早3年。これまで何もなかった。

 だから何の警戒もせず、覗き窓も見ないで玄関を開けたら。

 

 なんということ……! そこには、とんでもなくエクストリームなイケメンが!

 それも、どうやらひとりじゃない。

 

 ひとりは、すらりとしたスーツ姿。眼鏡をかけた涼しい目元を、柔らかく緩ませて立っている。

 眩しいッ。 


 そして、その後ろ。

 雑誌から、ぽんっと抜け出してきたような。ジャケットをすっきりと着こなした、背の高い人がちらり。

 ちら見なのに。目が、目があッ。

 

 お、落ち着こう。息を吸って~、ヒッヒッフ~。


「よし!」

「後野様?」


 うっ。改めて聞くと、声まで素敵ね、眼鏡のアナタ。

 ぱっと見だけれど、ふたりとも、私と年が近そうなのは分かった。

 ただ、枯れて久しい私の所に殿方、それもこんなのが尋ねてくるなんて、訳が分からない。

 どっちにしろこりゃー宅配業者じゃないよね! 怪しい事この上ない。三十六計逃げるにしかず! 


「ひ、人違いじゃないですか~? では~っ!?」 


 速攻で玄関閉めたつもりが。バンっと音を立てて、何かがドアに挟まった。

 これは……足!? 長っ。

 

 どうやら、私がドアを閉めようとしたのを察した眼鏡さんが、すっと素早く詰め寄って、阻んだんだ。

 ちょっ。痛くしなかった? っていうか怖いよ! そして近い近い! アナタお顔が太陽! 急に寄ってこないで!


「これは失礼。ですが人違いではありませんよ、後野祭(あとのまつり)様。自己紹介が遅れまして申し訳ありません。私、佐保渡と申します。貴女のサポートをさせて頂きます。以後、宜しくお願い致します」

「は、はあ。さほ、わたるさん? さぽーと?」


 宜しくしたくないけども、乱暴に見えた割に。すぐに距離を取って、丁寧に頭を下げる佐保さんとやらに拍子抜けして、思わず差し出される分厚い書類と、ちょこんと乗った名刺を受取ってしまった。


「ちょっ。なんですか、これ!」

「ゲームの解説書と諸々の規約書ですよ。大丈夫。進行によっては暴走する可能性もありますが、貴女の安全と、一切の不利益がない事をお約束致します。安心してゲームをお楽しみ下さい」

「ゲーム? ……って。え、あ、もしかして」


 混乱する頭を必死に宥めて、記憶を掘り起こす。ゲームといえば。ひとつだけ、ひっかかる。


「貴女が応募された、新作乙女ゲームのモニターです。厳正な審査をクリアし、見事当選されたんですよ。真におめでとうございます」


 や、っぱり、あれかー! 


 爽やかな笑顔で拍手をくれる佐保さん。じゃすともーめんとぷりーず。確かそれ、応募条件だけでめちゃくちゃ怪しいのに、酔った勢いで洒落で応募したやつ……! まさか、当たるなんて。


「えっと、あの、確か……、内容は、シークレットで。選べるエンディングはひとつだけ、でしたっけ。あと、当選したらすぐモニター期間に入るのにも同意できて……、じゅうはっさい以上の、独身でフリーの女性限定で。嘘が書けない、やたら細かい事前アンケートに答えた人が応募できる……?」

「はい。その応募要項で合っておりますよ。という訳で」


 佐保さんはにっこり笑って、手の平を空に向け、その長い指先をジャケットの青年に向けた。


「イケメンをお届けにあがりました」


 はて。今なんと?  


「は!? ちょっ、ちょっと待って下さい。まさか、攻略対象、実物? そちらの、彼?」


 おそるおそる聞く私に、佐保さんは眼鏡をくいっとあげて「ご理解が早いですね」と微笑んだ。

 な、何てもんに応募したんだ私ー! むしろぐっじょぶ? いやいや、おかしいでしょう! 今の今まで忘れてたくらいなのに。 


 そりゃ正直、十代の頃なら。イ・ケ・メ・ンひゃっふー! とばかりに食いついたかもしれない。

 だけど、悲しいかな私はもう社会人で。頭は良くないし、酔っぱらってこんな事になってる時点で怪しいけど、流石に頭お花畑とまではいってない。……はず。

 

 こんな話、いくらモニターっていったって。何か裏があって、例えば赤い(さぎ)が飛んで来るとか、イベント起こす為に貢いでて気付いたら借金まみれとか、ろくな結果にならないとしか思えない。

 ああ、どうしよう。生まれて初めて、名前通りの出来事が起きたよ、お母さん。

 とにかく冷静になれ。私。


「後野様?」

「お待ちになって!」

「く、くくっ。はい。大丈夫ですよ」


 黙って考え込む私の様子を、佐保さんが伺ってきて。両手をばっ、と前に突き出して、待って、をアピールした。何やら佐保さんが肩を震わせているけど、気にしてなんていられない。


 だって、乙女ゲームですよ? そこはほら、せめて転生とかトリップとか。何でもいいから、ありえない色の髪した人たちが、フツーにいる世界に飛ばしてくれるもんじゃないの。って、あっれ、こんな事考えてるなんて、私、冷静になれてない? それに、それじゃ。三次元じゃ、駄目だ。


 そりゃ中には、三次元でとっかえひっかえ、火遊びできる猛者もいるだろうけど。そんな器量も度量もない私には、とても無理な話ってもの。だから乙女ゲーに手を出してる訳で。

 疑似恋愛体験、ストーリー重視。キャラ萌えとか、素敵なお声とか。目当ては人それぞれだろうけど、これだけは、胸張って言える。 

 ゲームは二次元に限るよ! うん!

 大体。

 

「著作権……人権? とか、どうなってるんですか」

「細けえこたあいいんだよ」

「っ!?」

「おっと失礼。では改めまして。こちらが、攻略対象の真中(まなか)透君です」


 佐保さんの一瞬の違和感は、真中君と呼ばれた彼が目の前にやって来て、吹っ飛んだ。

 ちら見だけでも、目が瀕死になったのに。

 その男。放つきらきら光線の破壊力たるや、まさに降り注ぐ矢の如し。 

 

 こちとら何年も干上がってる身に、こんなん攻略しろってかい? む、無理ゲー過ぎる。

 うわ、ご理解追い付いてないから寄ってこないで、もっと離れて! そのきらきら、もはや凶器!  

 壁。そうだ誰か私に壁をっ。とりあえず背の高い佐保さんカモン! って、ああダメだ。若干慣れたけど、佐保さんもやっぱり(まばゆ)いッ。

 

 半ばパニックで、玄関閉めればいいって事もすっかり抜けてる私に、真中君が耳元で囁く。

 な、ななな。なんで。なぜに、こんな至近距離!? 

 ぴっきーん、と固まる私の耳朶に、そのとっても甘くて色っぽい声が吹きこまれる。

 

「……俺を、攻略してくれるか?」


 ちょっ! 今、く、くち、くちびる、触れませんでしたかー!?

 

「……!」


 玄関を開けた時から、私の心臓に仕掛けられていた大きな大きな爆弾。

 腰にクる声、唐突なスキンシップ。そして、蠱惑的な眼差しが、短い導火線を一気に焼き尽くして。破壊力抜群に、どっかん、と破裂させた。


「う、ん? あれ?」


 気が付けば私は、部屋のベットに寝かされていた。見慣れた天井を、ぼんやりと見つめる。

 余りのショックに、どうやら、今日二度目の生まれて初めて。気絶、を経験してしまったらしい。 

 それこそゲームの主人公みたいに。なんか、地味にそれもショックだ。なんというか、絵的に。

 

 けど、仕方ないじゃないか。

 至って平凡、通り越して。すでに干し芋みたいな私に、あんな攻撃……! 思い出しただけで顏が真っ赤に染まるのが分かって、両手で顔を覆った。

 あんなの。こんな私の綿菓子なメンタルに、耐えられる訳がないじゃない。

 これが、イケメンの成せる技か……おそろしや。乙女ゲーの主人公ちゃん、あんたたち、タフだね!


「ふう……っ!?」


 息を吐いてゆっくり手を開いた私は。あまりの出来事に、喉がひきつって悲鳴すら出てこなかった。

 ベッドに横になる私を。さっきのイケメン達が揃って見下ろしていた。怖っ。

 

「良かった。気が付かれましたか」

「まさか、あれくらいで倒れるとは思わなかった。悪い」


 ひいい。ふ、不法侵入! そして近い、近すぎる……!

 また、気が遠くなりかけたけれど。はた、と思い返す。気絶しちゃった私を、ここまで運んでくれたのは、きっと彼らだ。それなら、不可抗力だし、お礼を言うべきだ。


 それ以上は考えるより先に、言葉が出ていた。 


「あ、あの。私を寝かせて下さったんですよね。ありがとう、ございます」


 寝たままじゃ失礼だから、きちんと起き上がって頭を下げる。

 まだ彼らが何者なのか、何ひとつ分かっていないのに。気を許し過ぎ、と頭のどこかで、エマージェンシー鼓笛隊がどんちゃん騒いでる。

 けれど、急に色んな事が起こったせいか。感覚が麻痺していて、それをスルーしてしまった。

 普段の私なら、お礼を言いつつも、速攻で玄関先にご案内くらいはしたはずなのに。


「いえいえ。礼にはおよびませんよ」

「おい。運んだのは俺だ。アンタも、そんな事気にしなくていいから、顏上げろ」

 

 そして、下を向いていた私は、最大のミスを犯した。

 私の言葉を聞いたふたりの瞳に。ぎらり、と獰猛な光が宿っていた事に、気付けていなかった。


「あ、あの。申し訳ないですが、この話……!」 

 

 顏を上げた私は、ふたりに向かって、この当選の辞退を告げようとして。けれど、思わず。言葉を飲み込んでしまった。 

 まるで、私が言い出す事を予期していたみたいに。

 佐保さんの長くて綺麗な人差し指が、すっと私の唇にそえられて。形を確かめるみたいに、少しだけ指先が唇をなぞったから。

 黙り込んだ私をじっと見て、彼の形の良い唇がゆっくりと弧を描く。なに、この色気。

 

「大事なお話がまだでしたね。罰則もありますので、詳しい規約について、確認して頂けますか? 契約はそれからでも結構ですので」

「ばっそく……!?」


 佐保さんの言葉に、慌ててテーブルに置いてあった規約書をぱらぱらと捲ってみると。確かに、細かい規約の中に、犯罪に関わるような事が一切ない事や、私の身の安全を保障する事が書いてあった。もちろん、攻略対象の安全も同じで。さらりと、規約違反を犯すと双方多額の罰金、なんてことも書いてある。

 逆に言えば、本当に、きちんとしてる、って事か。

 

 なんてこったい。たまたまどうにか、本当にゲーム? のモニターみたいだから良かったけれど。一歩間違えれば、私。この時点で、例えば借金地獄の奈落の底に、落とされていたかもしれない。


「こちら、初回特典で検討中のテーマパークのチケットです。好感度関係なく、強制的に連れていけます。どうぞ、お役立て下さい」

「こ、これは……!」

 

 安堵のため息をこぼす私に目を細めて、佐保さんが、綺麗な封筒を手渡してくれた。

 封筒の中を見てみると、某夢と魔法の国へのご招待券。他にも何枚か入ってる。これは……水族館?

 

 あんなに、警戒していたのに。それとも、だからこそ、か。封筒を受け取る時に指が少しだけ触れ合って、どきり、としてしまった。それは、恐怖から、なんかじゃなくて。

 きっと、ふたりが、私の部屋にいるせい。身の危険がない事が、とりあえず分かったせい。

  

「これだけ貰えませんか」

「それは無理ですね」


 にっこり、とっても爽やかな笑顔を浮かべる佐保さん。

 いやいや、そんな顏されても。

 いくら、大好きな夢と魔法の国が呼んでいても。今後一切、お目にかかれないようなイケメンがお相手でも。

 身の安全は大事ですよ。


 ……とはいえ。

 いつの間にか彼らが私に蒔いた種は、あっという間にすくすく育って、蕾をつけていた。


 ちらり、まだ全然顏なんて直視できない真中君を盗み見る。何故か、眉間に皺を寄せて、佐保さんを睨みつけている。そんなお顔も麗しいとかどういう事なの。

 ……疑う気持ちがなくなった訳ではないけれど。どうやら、本当に安全みたいなんだよね。規約書通りなら、期間限定のゲームだし。

 やってみる価値……あるかな。

  

 何よりも、夢の国のヒーロー。の、すぐ傍にいるアヒル君。アナタに――、会いたい。

 あ、今、心の声にエコーかかった。

 ああ、ごめんねお母さん。娘は頭に、線香花火みたいなお花を咲かせてしまいました。

 

「……アンタが行きたいなら、一緒に行ってやる。いいか。お、俺が行きたい訳じゃないからな!」

「あ、いえ。一人で行きます」

「では、こちらにサインを」


 気付くと私はなんら抵抗なく、佐保さんが差し出す契約書に名前を書いていた。

  

 私は、知らなかった。

 それからイベントという名の、怒涛の心臓ばっくんばっくん嵐がやって来るって事を。

 

 私は、思いもしなかった。

 これは乙女ゲーム。当然、攻略対象は、真中君ひとりじゃないって事を。


 ▽


 そう、あの時。そもそも、彼らを部屋の中になんて入れていなければ。変に警戒が薄れて、契約なんて結んだりせず、今まで通りの平穏な毎日を送ってたんだろうか。

 まさか、今期に異動してきた上司の右城(うしろ)さんと、新採の前園君。もれなくイケメンな彼らまで、ゲームに参戦してくるなんて。

 あの契約の時に、分かる訳がない。


「「「「ずっと、見てる。逃がさない」」」」

 

 全方位に居ますもんね! 動けませんて! 

 も、もう身が持たないです。

 

 ゲームが終わるまで、私の平穏な日常は帰ってこない。でも、それはいつ? 

 いくら後悔しても。

 アトノマツリ――。


赤い鷺……アカサギ。いわゆる結婚詐欺です。線香花火みたいな花……ヤブジラミ。名前はアレですが、結構可愛い花です。花言葉は、逃がさない。

読んで下さり、ありがとうございました。

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