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寄生虫

作者: 葛ノ葉柳也

皆さんこんちは。

この作品は二作目なのですが、一作目とは趣の違う話しを意識して書いてみました。

自分でも所々気になる部分があるのですが、思い切って投稿しました。

若干長めの話しですが、皆さんの目にとまれば幸いです。

暑い。


太陽が馬鹿みたいに照りつけている。耳障りな蝉の声がジリジリとした暑さに拍車を掛ける。

「クソ!」悪態をつきながら手の甲で額の汗を拭う。今日も駄目だった、あの面接官の野郎

「35歳?その歳で仕事あると思ってるの?こっちも忙しいんだ、悪いけど帰ってくれる?」だと?どこの会社も言う事は一緒だ、大学受験に失敗してから幾つかアルバイトを転々としていたが今じゃそのアルバイトすら年齢を理由に断られる始末だ。このままじゃ今月の家賃も払えない、

「クソ!」もう一度悪態をつき、寝床にしている築30年のボロアパートへの道を歩き続ける。


「博士、古賀博士起きてください。」薄目を開けると白衣を着たいかにも健康そうな男が立っていた。

「おお、川島君か、いかんいかん、眠ってしまったようだ、この暑さですっかりバテてしまったよ。」苦笑しながらあくびをする。

「それで、用件は何かな?」

「はい、新しい被験者候補を見つけました。」川島は脇に抱えていたファイルを開いて古賀に見せながら続けた。

「名前は『永井義男』年齢35歳、無職、独身、現在は都内のH市にアパートを借りて生活しています。借金こそ無いようですが金銭には不自由してるでしょうからおそらくこちらの提示する条件は受け入れるでしょう。」

古賀は一通り資料に目を通した。

「ふむ、それじゃ早速だが明日にでも君が行って来てくれ、わたしの方も準備をしておくよ。」顎髭を触りソファーの背もたれに身体を預ける。

「はい、では明日の昼過ぎ位に出掛けます。」

川島は一礼して部屋から出て行った。


コンコン、コンコン、

「永井さーん、いらっしゃいますかー」永井はカップラーメンで遅めの朝食を食べ灰皿にあったシケモクを吸っているところだった。

家に人が来るのなんて何週間ぶりだろう、

「はいはい、今出ますよ〜」永井はシケモクを灰皿に押し付けて立ち上がった。

ドアを開けるとそこにはこんなボロアパートにはおよそ似つかわしく無い好青年がいた。

「突然押し掛けてすみません、私こういう物です。」と言って丁寧に名刺を両手で差し出してきた。

永井はそれを片手でもぎ取るように受け取った。

[国立健康調査研究所 川島直樹]

「国立健康調査・・・?俺に何の用?」

「実はあなた様に実験に強力していただきたいのです。」

「実験?」

永井は眉根を寄せた。

「はい、実験と言いましても至極簡単な物で・・・」川島は鞄から一枚のプリントを出して永井に渡した。

永井はプリントに目を落とした。

[新種寄生虫実験の概要]

「寄生虫?」

「はい、これはヒトに寄生して体内に卵を産み付けるタイプの寄生虫で・・・」

「ふざけるな!」

永井はそこまで聞くとプリントを川島に突き返し部屋に入ろうとした。

川島はそれをあわてて制した。

「待ってください、もちろん謝礼金も出します。そのプリントにもう一度目を通してみて気が変わったらその番号に連絡をください。」

永井は一瞬迷ってプリントを再び受け取りドアを閉めた。


「博士、ただいま帰りました。」

川島がハンカチで汗を拭き拭き戻って来た。

「おう、川島君ご苦労様、で?どうだった?」

古賀は備え付けの冷蔵庫から烏龍茶を出してコップに注ぎ川島に手渡した。

川島は軽く礼を言い一気に飲み干した。

「思っていた程の手応えはありませんでしたがおそらく近日中には向こうから連絡があると思います。」

古賀は空になったコップを受け取った。

「そうか、それは何よりだ。暑い最中に遠出させて悪かったね。」

「いえいえ、とんでもないです。わたしの仕事は研究する事だけじゃありませんから。」古賀は照れくさそうに笑ってそう言った。


永井は自分の部屋で通帳を眺めていた。残高が殆んど無い。

「畜生!」通帳を横に放り投げ床に寝そべった。

ふと首を横に向けるとちゃぶ台の下に紙くずが転がっている。なんとなく手に取って広げてみる。

[新種寄生虫実験の概要]

・・・あぁ、確か2週間位前に来た変な兄ちゃんが置いて行ったやつだ。

〔1・被験者の方は3日間程研究所内の施設に寝泊まりしていただきます。〕

〔2・注意事項を守っていただければ、被験者の方に全く害はありません。被験者の方の安全は保証します。〕

〔3・被験者の方には謝礼金として500万円をお支払い致します。〕〔詳しい事はこちらの番号まで・***‐〇〇〇〇‐××××〕

永井は息を飲んだ、

「3日で500万・・・だがそんなに上手い話があるか?・・・しかしたった3日で500万は美味しいな、多少危険でも背に腹は変えられないか・・・」

自問自答する。

一時間後、永井は受話器を手にしていた。


空を見上げる、相変わらずジリジリとした嫌な暑さだ。

向こうから黒い車がやって来て俺の前に停車する。

車内から2週間前に家に来たあの青年が降りてきた。名前は確か・・・忘れた。

「お待たせしました、昨日はお電話ありがとうございました。」

青年は丁寧に頭を下げた。

「さて、もう出発しても宜しいですか?」

永井は一瞬躊躇したが無言で頷いた。

青年は大きく頷き持っていた鞄からアイマスクと手錠を取り出した。

「では出発の前にこれを着けてください、研究所の場所を知られては困るので。」

しまった、こんな事ならもっと人目のあるところで待ち合わせすれば良かった。そんな考えが頭をよぎったが今さら文句は言えないし全く想定していなかったわけでもない。

渋々腕を後ろに回すと青年が素早く手錠をかけ、アイマスクを着け更にその上から布のような物で目の辺りを覆われた。

青年に誘導され車に乗り込みドアを閉めた、続けて青年が乗り込みエンジンを掛ける。

「それでは出発します。」

その声の位置で自分が後部座席に座っているのを把握した。

車が少しずつスピードを上げ築30年のボロアパートを後にする。


身体が上下に揺れる。道が悪い、一体どこを走っているんだろう?後どれくらいで研究所に着くんだろう?もう二時間ほど光を見て無い。

不安と恐怖の入り交じった形容し難い感覚がじわじわと下腹部からせり上がってくる。

何か話して気を紛らわせないと耐えられそうもない。

「お、おい」

永井は車が出発してから初めて口を開いた。

「はい?何ですか?」

「あの紙に書いてあった事には本当に間違いは無いんだろうな。」どうやら青年も退屈していたようで嬉々とした口調で話し始めた。

「もちろんです、うちも一応国立の研究所ですから嘘を書いて被験者を集めるような犯罪じみた事はしませんよ。」

手錠に目隠しの時点で十分犯罪じみてると思うが・・・

「本当に500万もらえるんだろうな。」

「はい、ちゃんと3日間実験に協力さえしていただければ間違い無くお支払いしますよ。」

「そうか。」

金さえもらえれば何でもいい、青年が言うように国立研究所なんだからいざとなれば訴えればいい、『国立研究所』自体が嘘じゃなければの話しだが・・・不意に車体の揺れがおさまった。

「到着しました。」

わずかに前後に揺れて停車した。

ドアが開かれ外に出る。外の空気が新鮮だ。

「ちょっと待ってくださいね。」

青年は慣れた手つきで手錠を外し、続いて目隠しが解かれる。

永井は久しぶりの光に目を細めた。


永井は拍子抜けした、想像していたよりもかなり小さな施設が目の前に表れた。山か森の中なのだろうか周囲は雄大な自然が広がっていて、それが施設の小ささを際立たせる。入り口には『国立健康調査研究所』と書いてある。

「意外と小さな建物でしょう?」

永井の考え見透かすように川島が言う。

「あぁ、正直大病院のような建物を想像していたから少し驚いたよ。」

川島はいかにも可笑しそうに上を向いて笑った。

「あっはっは、大病院なんてとんでもない、せいぜい町の個人病院が良いとこでしょう。職員も僕と所長ともう一人研究員が居るだけですから。」

これはいよいよ怪しくなって来た、こんな研究所に本当に500万も払えるのか?

永井は川島に連れられ施設の中に通された、外見も去ることながら中もこじんまりしており、ソファーは破れて綿が覗いている。

「博士、ただいま帰りました、永井さんをお連れしました。」

すると奥から中肉中背で顎に髭を生やした50代ぐらいの男が表れた。

「遠い所から長旅ご苦労様です、わたしはここの所長を務めている古賀と申します。」

永井も軽く会釈した。

「どうぞ掛けてください、川島君、悪いけどお茶でも持って来てくれる?」

「はい、少々お待ちを。」

川島が席を外したところで古賀は持っていた資料らしき物を広げた。

「それでは実験の詳しい説明をさせていただきます。」


古賀は川島が運んで来た緑茶を永井に勧め自分も一口啜り話し始めた。

「まずこれを見てください。」

古賀はA4サイズに引き延ばされた写真の束から一枚の写真を出した。

そこには土を敷いた小さな水槽の中に入った一匹のミミズが写っていた。

「このミミズが一体何なんだ?」

永井は写真から目を離さずに訪ねた。

「これはね、ミミズにそっくりだがミミズじゃ無いんだ。寄生虫なんだよ。新種だから学名はまだ無いがわたしたちは『ミミズモドキ』と呼んでいるんだ。」

永井は出された緑茶に口を付け古賀を見る。

「この寄生虫は口や肛門から人間の体内に潜り込み、口から入った場合は胃に、肛門から入った場合は小腸に大量の卵を産み付けるんだ。」

古賀は写真の束から新に数枚の写真をテーブルに置いた。

「うぇ」

永井は思わず顔をしかめた。

解剖された人間の胃袋と腸の写真だ、そのうち一枚にはパンパンに膨れ上がった胃袋が、もう一枚はその胃袋が切り開かれていて、中には白濁色の小さな粒が無数に詰まっている、腸の方も同様だ。

口の中に酸っぱい物が込み上げてくる。

「これがミミズモドキの被害にあった人間の写真です、この写真に写っている人は別の病気で亡くなった方ですが、通常ならこの後この卵が一斉に孵化して産まれた幼虫が胃や腸を食い破ります。」

永井は吐き気を堪え口を開いた。

「それで、俺は何をすれば良いんだ?」

「まあまあ、そう焦らずに。」

古賀はぬるくなった緑茶を飲み干した。

「この寄生虫はね、何かしらの方法で近くに人間が居る事を察知できるみたいなんだが、どうしてそんな事ができるのかまだわかって無いんだ。おそらく人間の出す二酸化炭素か体温を察知していると思うのだがね。それを調べる為に永井さんには3日間この寄生虫と同じ部屋に寝泊まりしていただきたい。」


永井は古賀をにらみつけた。

「冗談だろ?こんな写真見せられた後でその虫と寝泊まりなんかできるわけ無いだろ、あいにく俺はまだ死にたくないからな。」

古賀はテーブルの上に散らばった悪趣味な写真をまとめた。

「もちろん永井さんには絶対に寄生されないように絶対安全な実験所を用意しています。これから一緒に見に行きましょう。」

永井は川島と古賀に前後を挟まれる形でエレベーターの前まで連れてこられた。

確かこの施設は外から見た時は一階建てだに見えたのに何でエレベーターなんかあるんだ?

ふとエレベーターの上に目をやると〔F1 B1 B2〕というランプが目に入った、なるほど、地下があるのか。

エレベーターの扉が開く、中に入ると狭苦しかった、あと一人乗るのが精一杯だろう。

エレベーターは地下二階まで下り開いた。

目の前には真っ白な廊下が一本続いている、一階と比べるとずいぶん近代的に見えるその廊下を歩いて行くと突き当たりの壁に取っ手が付いている、よく見るとそれは壁と同じ色の扉だった。

古賀が小さなリモコンのような物を操作すると扉からピ、ピピと電子音が聞こえる。

川島が取っ手に手を掛け横にスライドさせた。あのリモコンのような物が鍵なのだろう。分厚い扉を過ぎると自動的に扉が閉まったするともう一つ同じ扉がある。

「ここが前室です。」

川島が壁に付いているボタンを押すと天井に付いているスプリンクラーのような物から消毒液の霧が降ってきた。

「これで全身を消毒してから入ります。」30秒程すると霧がが止まり、それを待ち構えたようにリモコンを操作する、今度はパスワードでも入力しているのだろうか少々時間がかかっている。

ピ、ピピ、ピー、という音と共に自動的に扉が開いた。


異様な光景だった。

部屋の中は一面真っ白で地下なので当然窓も無く机も椅子も何もないが部屋の隅にトイレがある。広さは四畳半程でとても狭苦しい。

天井にはダクトと監視カメラが設置してありその隣にはスピーカーとマイクが取り付けられている。部屋の中心に2リットルのペットボトルぐらいのサイズの瓶があり中にはさっき写真で見たミミズのような生き物が一匹蠢いている。

「この部屋で実験を行います。」古賀は顎髭を触りながらミミズモドキの入った瓶を手に取る。

「主な実験内容はこの部屋の中でミミズモドキを離して永井さんにどのような反応を示すかを観察してデータをとる作業です。食事とトイレの時や睡眠時には瓶に戻して良いので安心してください。」古賀は微笑みながら瓶を床に置いた。

「どうですか?協力していただけますか?よろしければこの誓約書にサインをお願いします。」

永井は誓約書とペンを渡された。

[1・実験中に起きた事故については全て国立健康調査研究所が責任を負います。〕

〔2・実験開始日から3日間は原則施設の外には出られません。〕〔3・実験終了後に500万円をお支払いします。支払い方法は応相談。〕

〔私は以上の条件に同意し、実験に協力する事を約束します。〕

永井は唾液を飲み込んだ。

500万・・・

永井は履歴書に名前を記入するように誓約書にサインをした。


永井は用意された実験着を着て実験室の壁にもたれミミズモドキの入った瓶を見つめている。

本当に誓約書にサインをしてしまって良かったのか?・・・いや、ここまで来たら3日間の実験を終わらせて何としても500万を手に入れてやる。その金を元手に仕事を探そう、昔の俺なら遊んで使い果たしただろうが俺ももうガキじゃない。このチャンスを逃したら冗談抜きで河原にテントを張って生活する事になるだろう。それだけは何としても避けたい。

《永井さん、聞こえますか?》

突然スピーカーから古賀の声が聞こえた。

一瞬どこに向かって返事をすれば良いのか分からず返答に戸惑った。

「あ、あぁ、聞こえる。」

《それでは早速ですが実験を始めたいと思います。》

永井は壁から背中を離し無意識に背筋を伸ばした。

《では、ミミズモドキを瓶の外に出してください。》

永井は部屋の中心に移動し瓶を手に取る。瓶の蓋に手を掛けたまま硬直していると再びスピーカーから古賀の声が響く。

《襲いかかっ来る事は無いですから大丈夫ですよ、動きはミミズのそれと変わりません。》

永井は意を決して蓋を思い切りひねって瓶を逆さにし二、三回上下に振ると滑るようにしてミミズモドキが床に落ちた。瞬間永井は後ろに飛び退く。

《はっはっはっ、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。》

心臓の鼓動が速まる、こんな虫ごときに恐怖するなんて情けない。《それではミミズモドキの反応を見るのでしばらくそのままにしていてください、後程また指事を出します。》プツ、という音と共にスピーカーからの雑音が消えた。

自分の手にまだ瓶と蓋が握られている事に気が付き、部屋の隅に置いた。

部屋の中心でしばらく無意味に蠢いていたミミズモドキは突然動きを止め、ゆっくりと永井の方に這ってきた。ミミズモドキが這った部分はヌラヌラとした粘液が残っている。

ミミズモドキが爪先の近くまで這って来たところでたまらず部屋の反対側に移動した、するとミミズモドキは少しの間動きを止め、再び永井の居る方に向かって動き始めた。


常にミミズモドキから距離をとるように動き回っているうちにだんだん疲労感が身体に広がってきた。

走り回ってこそいないが、いかんせんこんなに狭い部屋の中で延々単調な動きをしていると重労働をした時とは違う種類の疲れ方をするものだ。

《よし、とりあえず今日はそのへんにしましょう。》

古賀の声だ。

《まずミミズモドキを瓶の中に戻してください。》

永井は相変わらずこちらに向かって這っているミミズモドキとの間合いを確認しながら部屋の隅まで行き空の瓶と蓋を拾い上げると、瓶を横向きにしてミミズモドキの隣に置き、器用に蓋を使ってそのヌラヌラ光る細長い生き物を瓶の中に追い込み素早く蓋をする。

《ご苦労様です、今日はごゆっくり休んでください、食事はトイレの脇に置いてあるリュックサックの中に入っていますので自由に召し上がってください。その他に何かご用件はありますか?》

永井は部屋を見渡してから言った。

「毛布か何かは無いのか?」

《あ!これは申し訳ない、寝具を用意するのを忘れてしまいました。実験が終わるまでその部屋には人が出入りしてはいけないのでお持ちする事が出来ません、本当に申し訳ない。》

永井は内心ムッとしたが別段寒いわけでもないので文句は言わなかった。

《それではまた明日宜しくお願いします、それでは。》

スピーカーが静かになった。


永井はリュックサックを開けた、中にはビスケットタイプの栄養補助食品や魚の缶詰め、ビーフジャーキー等に加え500ミリリットルのペットボトルに入った水が数本入っていた。どれも保存のきく食べ物で味気ないがいつもカップラーメンばかり食べていたのでさほど気にならない。

早速食事にしようかと思ったが今日は一度もトイレに行っていない事に気が付いた、立ち上がり手術着のような実験着をたくしあげ、備え付けのトイレに腰掛ける、一瞬監視カメラが気になったが構わず用を足した。

水を流して床に座る。ペットボトルを一本開けて半分程飲み、ミミズモドキの瓶を見る。本当にこんな事を3日やっただけで500万なんて大金が貰えるのか?

水をもう一口飲む。

明日以降はある程度の事は覚悟しておいた方が良さそうだ。

永井はビーフジャーキーの袋を開け一枚口に入れた。


永井は瓶を見ている。

瓶の中で動き回っていたミミズモドキが小刻みに痙攣し始めた。

とたんに細長いミミズモドキが膨張してあっという間に瓶を内側から割ってしまった。

永井は悲鳴をあげた。ミミズモドキは更に膨張を続け、とうとう永井の二倍程の大きさにまでなった。

ミミズモドキの口は十字に裂けていて細かい歯がびっしり生えている。

ミミズモドキはこちらに狙いをつけて身体をバネのように縮め、一気に飛びかかってきた!

喰われる!

「うわああぁあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜」

永井は勢いよく起き上がった、・・・

「ゆ、夢・・・か。」

ミミズモドキの瓶に目をやる、何も変わってない。

喉がカラカラだ。

リュックサックから水を取り出し一気に飲み干す。実験着も汗でびっしょりだ。

恐ろしい夢だ、永井は夢で見た映像を反芻する。

大きなため息をつきリュックサックから栄養補助食品を取り出し食べる、ペットボトルをもう一本開け粉っぽいビスケットを空の胃袋に流し込む。

しばらくするとスピーカーのスイッチが入った。

《おはようございます、体調はお変わりありませんか?》

「あぁ、特に変わりは無いよ。」

永井はそっけ無く答える。

《それでは今日も実験を始めます、昨日の様子だとやはりミミズモドキは人間のいる方向がわかっているようでした。》

スピーカーの向こうで紙をめくる音がする、何か見ながら話しているのだろう。

《とりあえずミミズモドキを外に出してください、指示はそれから出します。》

永井は立ち上がり瓶を持ち上げた、視界が揺らぐ、脳が痺れる感覚、睡魔、突然永井は激しい睡魔に襲われた。手から瓶が落ちる、瓶が割れる音を聞いたところでたまらずその場に崩れこんだ。


永井は目を開いた。

世界がぼやけている。頭が重い。

俺は・・・何をしていたんだっけ・・・

確か・・・そうだ、寄生虫の実験を手伝っていて・・・

徐々に記憶にかかった霧が晴れていく。

そうだ、瓶を持ち上げた時に急に眠くなって・・・

「あっ!」永井は思わず声を上げた。上半身を起こして部屋を見渡す。

瓶が割れている。

永井は立ち上がって何度も何度も部屋の至るところに目を走らせてある事に気付いた。

「ミミズモドキが・・・居ない・・・」

永井は食料の入ったリュックサックの中身を乱暴に取り出し逆さにして何度もふる。

いない。

トイレの便器や貯水タンクの中も見るが見当たらない。

実験着を脱いで全裸になり身体中を手ではらってみるが、やはりいない。

呼吸が速くなる。

「ま・・・まさか・・・俺の身体に・・・入ったのか?」

古賀に見せられた写真が頭によぎる。

「俺の内臓もあの写真のようになるのか?」手が汗で濡れている。

「嫌だ・・・嫌だ」

永井はもう一度リュックサックの中を引っ掻き回した。

「嫌だ嫌だ嫌だ!」

監視カメラを見上げる。

「おい!見てるんだろ!何してる!早く来い!早く来て治療してくれ!まだ間に合うだろ!」

スピーカーは黙ったままだ。

「うぉい!聞こえてるんだろ!何とか言えよ!おい!」

マイクに向かって怒鳴り付ける。

「出せ、出せ!ここから出せぇ!」

永井は延々叫びながら扉を殴ったり体当たりをするなど、最早我を忘れていた。

肩で息をしながらフラフラと部屋の中をさ迷う。

自分の胃袋と腸からあの忌々しい虫の幼虫が無数に生まれる様を想像する。

胃が痙攣してたまらず嘔吐した。

首を激しく掻きむしる。

「嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだいやだいやだイやだいヤだいやダ〜〜〜〜〜〜〜」

永井は血が出る程喉に自らの爪を突き立て絶叫した。


古賀と川島が永井の居る実験室に天井のダクトから速効性の睡眠ガスを散布してから丸一日がたった。

昨日まで実験室にいた永井が寄生虫だと思い込んでいるただのミミズは古賀の隣の瓶の中で元気に動き回っている。ミミズが反応するフェロモンが染み込んだ実験着はまだ実験室にある。

「さあ、そろそろ様子を見に行こうか。」

古賀は川島と共に実験室に向かった。

一つ目の扉を開き前室に入り身体を消毒してから二つ目の扉を開く。

座った状態で壁に寄りかかっている永井が二人の目に入る。

川島が永井に近づき、脈拍を確認し瞳孔をみる。

「生きています、博士もこちらに来て確認を。」その声に古賀も永井に近づく。

突然永井が笑い出した。

「ひひひひひ、うじゃうじゃ〜うじゃうじゃ〜俺の身体は虫の巣だ〜うひゃうひゃひゃ〜」

唾液を垂らし失禁もしている。

「どうやら発狂したようだな。」

古賀は永井の手首と首筋に目をやると引っ掻き傷の他に切り傷がある。割れた瓶の破片で切ったのだろう。

「やはり自殺を試みたようですね。」

川島が呟く。

「川島君、今までのデータを読み上げてくれ。」

川島は持っていたファイルを開き内容を読み上げた。

「全被験者31人中、自殺者12名、発狂者16名、変化の無かった者2名、ミミズモドキが寄生虫じゃない事に気付いた者が1名です。永井を入れると発狂者は17名になります。」

川島は古賀を一瞥する。

「うん、ありがとう。それじゃいつも通り系列の精神病院に連絡を入れてくれ、彼を搬送するから。」

「はい。」

川島は実験室を後にする。

「川島君!」

古賀が呼び止める。

「はい、何でしょう。」

「彼の銀行口座に例の金額を振り込むのを忘れないでくれよ。」

「わかってますよ、それでは搬送車を手配してきます。」

川島は笑顔で廊下を歩いて行った。

古賀は自分のファイルを開く。[現代人精神強度調査実験]

「この実験方法ではもう大した成果は出なそうだな、後2、3人やったら別の実験方法に切り替えるか。」

古賀はファイルを閉じ、顎髭を触りながら永井を見下ろす。


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[一言] 文章がとても読みやすくてよかったです。ぐんぐんと引き込まれて行きました。
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