第二十八話 フラグルの森(中編)
リナ・スタンレーは盗んだバイクで走りだした。
……いや、もちろん比喩だよ?
この世界にバイクはないし、尾◯豊もいない。要するに反抗期の中学生が仲間に内緒で勝手な行動を始めたってことだ。
「森の地図がなくなっています。どうやら、一人で森に入ったようですねぇ…」
コテージの片隅におかれた装備品を確認し、フラットレイはリナの行方を推測した。たぶん当たってるだろう。そうじゃなければ、地図なんて持ち出さない。
なんて浅はかな奴だ。地図さえあれば夜の森に入っても平気だと思ってるのか?
「………ったく、なんで見てなかったんだよ!?」
「タクミくんを探しに行ったと思ったのよ! アタシは…」
「セレスティ導師は何かお気づきになりませんでしたか?」
「寝・て・ま・し・た。ここは安全だと聞いてましたので……」
ミリィには俺の様子を見てくるといったそうだが、性格からしてそんな殊勝な奴じゃないだろう。
いや、ミリィを責めるのは筋違いか。
いかにミリィがリナの指導役とはいえ、いつも付いているわけでもない。また、探査能力のあるエグゼリカだって、四六時中起きているわけにもいかない。フラットレイはそのエグゼリカの護衛監視役だから、その他のメンバーには気は回らない。
………となると、責任という話なら、やっぱり俺か?
リーダーのくせに本拠を離れたことはやはりよくなかったか? 俺のせいで増長を許しちまったんだろうか?
「………やっぱり、僕が悪かったんでしょうか?」
「いや、そうじゃないだろ」
バルッカはそういうが、俺のせいのような気がするわ。
ここに来て、死角なしと思われたこのパーティ最大の弱点が露呈した形だ。
俺だ。
俺にリーダーは荷が重い。
冒険者試験で出会ったヘルムートやザリッツなら、こんなことはなかっただろう。あのアレックだって、ちゃんと部下を統率していた。
俺は俺の指示を順守しない奴を安易に連れてきた。俺自身も簡単にリーダーに引き受けてしまった。これは大問題だ。そして、ちゃんと報連相をやってくれる残りのメンバーも、トラブルが発生した時、俺の判断を仰いでいいか迷っている。
だが、今、ここで「やっぱ向いてません」なんていうと、無責任になってしまうので口にはだせないな。くそ……。
「今は責任の話より、どうするか、ですね」
お、おう…。
確かにその通りだ。さすがは最年長。
「夜の森は危険です。昼と夜とでは様相が違います。目印も見つけにくくなり、道に迷う可能性大でしょう」
まして、単独行動。戦闘のたびに方向感覚が狂うだろうな。
「探しに行きますか? それとも朝まで待ちますか?」
フラットレイは俺に判断を委ねた。
俺は少し思案して、考えを告げる。
「……まだ、遭難とは限りません。僕らで探しましょう。
朝になっても見つからなかったら捜索願を出してもらいます」
「いいのですか?」
「何がです?」
「他人の手を煩わせるのならばチームリーダーである君の責任で、費用を工面せねばならないんですよ?」
そうだな。
冒険者という職業は自己責任である。救助費用も完全自己負担だ。まだ、そうなるとは決まってないが、捜索、救助には金がかかる。いくら互助を目的とするギルドでも遭難した好事家を無償で救助してくれなんていえない。
そして、たとえ仲間が救助を要請しても、遭難者は後で費用の支払いを拒否する権利がある。死をいとわず金のために冒険に参加しているのだから、勝手に捜索依頼を出しても後で費用を請求される義務はないという理屈だ。
だから、リーダーが払うという決まりなのだ。
「そんときゃ、爺さんの知り合いに土下座でもしてお金を貸してもらいます。数年がかりで返せないような額にはならないでしょう」
「それについては異論はないのですか?」
「ありませんね。リーダーとしての義務は果たします。社会人がみんなやってることなら、僕もやりましょう。
だからこそ、僕の義務を勝手に増やさないで欲しいもんですが」
リナの素性を考えれば、全力を尽くさねばならない。
彼女は身分を隠している(つもりでいる)が貴族なのだ。
何事もなければいいんだが。
「もちろん、自分たちでも探しには行きます。お金がかからないに越したことはないですからね……」
「一人で行くつもりかよ?」
「バルッカさんには付いてきてくれるとうれしいです」
「そりゃ行くんだが……」
「姉さんは………留守番でしょうね」
「え?」
「リナさんが帰ってくるかもしれませんので留守番する人も必要になりますから」
「行くわよ!!」
「使える剣がないのでは? なにせお高い剣ですからね、『水鏡』は」
「使います! 使えばいいんでしょう?」
「違います。
『使わなきゃいけない』んですよ。こういうときは……」
「………っ、どうでもいいじゃない!」
はいはい。そうですね。
* * *
俺達は簡易事務所の駐在員をたたき起こし、事情を説明して森に向かった。
駐在のエルフ爺は迷惑そうにしていたが、しぶしぶ事情を了承してくれた。営業時間は夕方までだが、非常事態というものは稀にあるので、基本的に24時間体制なんだそうだ。
パーティメンバーは、俺とミリィとバルッカだ。
松明を握るバルッカを先頭に山道を進む。
ダンジョンの外で遭遇する動物は基本的に火を怖がるため、襲われることはめったに無い。
逆にダンジョンの中では、魔物にこちらの位置を知らせてしまうため危険だ。
ま、俺は『暗視』ができるんで、松明はいらないんだがな。
「エリカがいたほうがよかったんじゃない?」
「魔術師ギルドの重要人物であるエグゼリカ・セレスティ導師に余計なことはさせられません。フラットレイさんも反対するでしょう。フラットレイさんは彼女の護衛ですからね。だから僕は、最初から頼まなかったんですよ」
仲良しのリナの捜索とあればエグゼリカはやってくれそうだが、お目付けのフラットレイが断ればパーティにさらに亀裂が入るからな。行き違いになる可能性を示唆し、回復役は後方待機が定石だと説得し、ロッジに残ってもらった。
というか、彼女はもともとオーバースペック過ぎる。万一、毒矢蛇に噛まれたとしても、毒消しのポーションさえ常備していればいいんだ。
「かくれんぼじゃないんだから、エグゼリカさんの広域探知魔術は必要ないと思います。こちらから大声を出して呼びかけましょう」
リナの痕跡を追跡して、呼びかける。もし、俺たちが呼び声に反応がなければ、最悪もうアウトだな。
死亡しているというわけではなく、わざわざ捜索に来てやっても隠れてるようなら、『もう勝手にしろ』って意味でな。
正直、夜中に出て行くのは面倒なのだが、何もしなければもっと面倒なことになる。
あいつは貴族だ。
ここで捜索に行かねば後々、「姫様の身の安全を疎かにした」と御家中の皆様から難癖をつけられかねない。
そのときゃ、アマルダの旅籠に嫌疑がかからないように、すべてを闇に葬らねばならんだろう。闇に葬れなくなったら、今度は政治的に面倒くさくなる。
そういう合理的思考をめぐらしていた俺を、傍らから見ていたミリィは「心ここにあらず」というように見做したらしい。
「タクミ君、あなた…何を考えてるの?」
「……正直、めんどくさいなぁと」
俺の返答に、ミリィは残念そうに嘆息する。
うわぁ、めんどくせー。
「私が心配してるのは、そういうあなたの冷めて考えてるところなのよ」
「冒険に対して、ですか? たしかに、そうですね。
ホントは、ナンセンスと思ってても無理して楽しんでるふりをします。よく……」
時として、大人は子供の無垢な心に癒やしを求めるものだ。
あいにく俺は無垢ではないが。
「………人間関係もよ。あの子のことが心配じゃないの?」
「ありません」
まぁ、リナの戦闘能力なら生存していけるとは思う。
迷子にはなるだろうが。
「嫌っているわけでも、見下しているわけでもありません。
僕は好きでもない人にも、子供らしく愛想よくしようと心がけてますので……。
ただ、僕は彼女とは話が合いません。相性がよくないんでしょう。
彼女も僕を嫌ってるみたいですしね」
お店でも俺には愛想悪いしな。
向こうも一々癇に障るんだろうさ。
「そうでもないわよ。リナはあなたを嫌ってはないわ……」
「そうなんですか? 僕は最初決闘したとき、何の恨みか殺されそうになったんですが?」
「それ、もしかして、根に持ってるの?」
「いえいえ、済んだことはいいんです。怪我をさせたのは僕ですしね。ただ、僕は暴力の信奉者とお付き合いをしたいとは思わないので……」
リナは外見はかわいいさ。
だが、外見を愛でるのと、友人として付き合うのとはわけが違う。
身に降りかかる火の粉を払うために武の訓練するのであればともかく、暴力にシビれるだの、憧れるだのは頂けない。お近づきになろうとは思わない。
前世でハジけちゃってた俺が言うのもなんですが……。
「………というか、そのことで僕は姉さんと女将さんに折檻されたのではないのですか? 人に暴力をふるうなと」
「あ、あれは………私が悪かったわよ」
「別に気にしてませんよ。女性を傷つけるなってあたりまえじゃないですか。子供の躾は、理屈でやるものじゃありません。三つ子の魂に刷り込むものですからね。犬に何が合っても人を噛むなと教えるのと同じくらい、とっても大事なことです。そういうことは理解しているつもりなんでお構いなく」
俺って扱いが難しいだろうな。
見た目は子供、頭脳は大人(笑)だから。
ミリィも苦慮するだろう。
「そろそろ、ダンジョンだぜ………おしゃべりは終わりだ」
バルッカは松明を消し、入念に土をかける。
「さて、どっちへ行ったのか……」
「川沿いでしょうね。彼女の目的はおそらく鎧蟹です。この森では一番強いそうですし。川沿いなら道に迷うこともない、と考えたのではないでしょうか?」
「なるほど……」
* * *
「敵です」
月さえ登っていれば、そっくりさんの顔の見分けも余裕な俺の目が、3つの『敵影』を視認していた。森林狼だ。その姿は刳すんだ虎柄のブチハイエナというべきか。
月が照らす川沿いの隘路。
彼らは肉をあさるのに夢中で、こちらの存在には気づいていない。
距離は60メートル。俺は、気配を殺し、音を殺し、弓弦を引く。
まず、一射目を放つ。その矢が目標に到達する前に二射目を放つ。
そして、最初に放った矢が目標に到達し、残りの二匹が敵の存在に気付いた瞬間には、三射目が放たれていた。
つまり、それで終わりだ。3本の矢は、3つの心臓をそれぞれ貫いていた。
「こいつら何を食ってるのかと思えば、………灰色猪か」
灰色猪グレイ・ボアの危険度はレベル2である。特筆することはあまりない。ダンジョンに棲息するという以外は、ただの『イノシシ』なのだから。ちなみに、レベル2は『一般人でも装備があれば追い払える』という危険度だ。
頭蓋骨が砕かれていたところを見ると、『奴』のしわざだろう。『奴』が仕留めてくれたお陰で、森林狼たちは、楽して餌にありつけたというわけだ。
ただ、そのせいで俺の接近に気付かず、身の破滅となったことを考えると『塞翁が馬』である。
「森林狼がいるのは森のもっと奥じゃなかったの?」
「誰かさんが死体を始末しなかったので、血の匂いを嗅ぎつけて降りてきたんでしょう」
森林狼は森の掃除屋だ。
森林ダンジョンは、こいつらが絶滅するとゾンビーが蠢く死の森になるらしい。
見た目が悪いので毛皮の価値はあまり大したことはないし、執拗に遭難者を襲うので忌み嫌われているが、森の管理人にとっては個体数のコントロールには気を使う魔物だそうだ。
まぁ、最近は増加傾向と聞いたので、少数なら殺しても構わんだろう。
問題は死体の始末である。ここは森の入口に近い。このあたりまでうろつかれるとキャンプ村に迷惑がかかる。
「 牙兎や毒矢蛇ならそこらに埋めとくのもありだけど……」
「『呪符』を使いましょう」
「呪符?……ってことは、あなた、魔術も使えたの?」
「ええ、まぁ、これは爺ちゃん直伝というやつで……」
爺ちゃんに教えてもらったというのは本当である。もちろん、作ったのは『俺』なんだが。
5年ほど前、一緒に狩りに行ったとき、教えてもらった。
剣聖ファルカは魔法は使えない。魔術の覚えも悪い方だった。だが、一種類だけ使える魔術が存在した。俺がシュナンに教えた覚えはないが、難しい魔術ではないので、恐らくエデュワあたりから習ったのだろう。
一般的に魔術は、魔石をコストに発動するのだが、この魔術はあらかじめ作っておいた呪符を消費するだけだ。
「魔術でこの死骸を片付けるのか?」
「ええ、『餓鬼』を召喚するんです」
俺は、ポケットから取り出した呪符を僵尸のようにイノシシの額に貼付け、唱えた。
「己が人の命を絶ち、その肉叢を食ひなぞする者はかくぞある」
詠唱が終わると、呪符はなんとなく不吉なオーラを放つ。
それに呼び寄せられるように、草むらの影から小さな二つ脚の生き物が現れた。一匹だけではない、十匹、二十匹……。
小人妖精のようなサイズだが、あんなファンシーな姿はしていない。細い手足と膨らんだ腹部。まるで飢餓児童のような身体だが、その頭部には、目もなく、耳もなく、鼻もない。あるのは三本の角と、乱ぐい歯をのぞかせる大きな口だけだ。
「一体なんだぁ、こいつら……」
「き、気色悪ぅ…」
「魔物じゃありません。『召喚獣』です。害はありませんよ」
彼らは当たりに散乱した血や肉片を下品な音を立てて貪りだす。
やがて『餓鬼』たちが溢れ、やがて足の踏み場もなくなってしまった。
「なんつーか、ずいぶんと……グロテスクな魔術……だな。魔術ってものは、かっこいいのばかりだと思っていたが……」
そうか? いろいろ哲学的だと思うのだが……。
「ちなみに、こいつらは食べ物を粗末にして『餓鬼道』に堕ちた人間の末路なんだそうですよ?」
「いいぃ!?」
爺さんが教えてくれたのも、そういう道徳教育のためだったんだろうな。
餓鬼たちは、死骸を食いつくすと共食いを始め、やがて土に還っていく。自分で作っておいて何だが、いろいろ考えさせられる魔術だ。
「覚えとくと便利ですよ。
この呪符はまだたくさんありますから、お二人もどうぞ。
この魔術は、呪符と呪文さえあれば誰にでも簡単にできるそうです。
呪符の作り方も比較的簡単ですので、よろしければ」
……と、厚意から申し出てみたが。二人は、
「「いいえ、わたしは遠慮しておきます」」
ドン引きして辞退した。
うーん。爺さんの魔術チョイスは、あまりウケがよろしくないようだな。
さて、かくて死骸の処理は澄んだわけだが。
おそらくリナはこの先にいる。おそらく川沿いに進んで、鎧蟹を捜索しているのだろう。
俺は、月明かりの下、地図を広げた。
その時である。
「ウワォオォォォォォォォォン!!」
森を震わせるほどの咆哮が木霊する。
それは仲間を呼ぶ、森林狼の呼び声だった。




