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序章 神に掘られた男

 ここはシュトラール大陸。

 超人的な剣技と、奇跡の魔法・魔術を扱う冒険者たちが住まう大地。

 この大陸に生を受けた者は、陸を、海を、空を旅し、まだ見ぬ世界の神秘に挑むことができるだろう。

 才覚のある者は一騎当千の膂力を身に付けることもできるだろう。

 そう、まさにここはファンタジー世界である。

 


   *   *   *



 ………我ながら、大人げないコトをしてしまった。

 今はちょっと反省している。

 この自由都市ゼフィランサスの外輪山となっている巨大クレーターを一望すれば、俺にだって自責の念がこみあげてくるさ。

 それは他ならぬ俺がもたらした環境破壊行為だった。


 かつての俺は、何の変哲もない日本人だった。

 名前を拓海一樹(たくみ かずき)という。

 しかし、当時二十歳、大学生のとき、このシュトラール大陸に『第七天子』として召喚された。

 勇者なんてちゃちなもんじゃ断じてない。『天子』。天の御子さ。

 この世界そのものに愛されて、異世界よりこの地に招かれた存在。そのステータスたるや神の偏愛といっても差し支えないチートっぷりだった。

 第七天子とはすなわち、この世界の歴史上、七番目に登場した天の御子である。

 『天子』として召喚された者は無尽蔵の魔力と、老いぬ肉体が与えられる。魔力は万能の力。魔力さえ込めれば肉体は鋼にも勝る強度になるし、敵の動きだって超スローモーションに見えたりする。その気になれば、『飛○御剣流』『界◯拳』『ゆで◯まご物理的な必殺技』まで忠実に再現できてしまうんだ。強靭・無敵・最強も大概にしろと言ってやりたいよ。我ながら。

 戦闘能力だけではない。『天子』の魔術は大地すらも作り変える。

 麦一本生えなかった無人の荒野が、わずか数年の内に100万もの人々の胃袋を満たす穀倉地帯と化してしまう。

 国家間のパワーバランスを覆すほどの神の悪戯。それが『天子』っていう理不尽存在だ。

 50年前、その『天子』は突如降臨した。今の時代に『第七天子の降臨』などと語り継がれる歴史的大事変である。

 

 そう、『俺』だよ。『俺』! 『俺』なんだよ。


 忘れもしないあの日、俺は『この世界の神』に出会った。

 ゼミを終え、大学近郊にある公園をぶらぶらしていると、俺に話しかけてきた男がいた。

 そいつが『神』だったのだ。


 どこぞの教祖様や聖人様じゃあるまいし、神の啓示をうけるなんて尋常なことではないだろう。そこらの大学にどこにでもいるような平々凡々、十把一絡げの学生ごときに、なぜ白羽の矢が立ったのかはわからない。


 未だに信じられない。いや、信じたくない。


「なぁ、俺の『地()球』を見てくれ…こいつをどう思う?」


 男が怪しい眼差しを俺に向けた瞬間、脳裏にとてつもない量の情報が流れ込んできた。それは見たこともない色彩の世界だった。5つの大陸に7つの海、雄大な大自然。コンピュータ・グラフィックスでしか再現できないような石造りの古代芸術や、摩訶不思議な生き物、亜人の戦士、獣耳娘。ディ〇カバリーチャンネルなどとは比べ物にならないほどの鮮やかで立体感あふれる情報だった。


「す…すごく、大きいです」


 今、思えばそれが洗脳だったのだろう。

 異世界トリップ系の小説に目のない俺は、その誘いにホイホイついていってしまったのだ!

 

「よかったのかい? ホイホイついてきて。俺はノンケだってかまわないで食っちまう『異世界』なんだぜ?」

「こんなこと初めてだけど、いいんです……俺、あなたみたいな異世界好きですから」

「うれしいこと言ってくれるじゃないの! それじゃあ、とことん喜ばせてやるからな」

「アッーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 ……そこから先は思い出したくない。

 別の意味で異世界だったとだけ言っておこう。


 誤解のないようにいっておくが、俺は断じてノンケだ。でもしかたないだろ?

 目の前にいたのは神。『世界超越的な(ナニカ)』なんだ。

 為す術がなかった。

 魔力に耐性を持たない地球人に、神の言葉に抵抗することなんて不可能。奴と視線を交わしてしまった瞬間、俺の思考はくそみそ色に染まってしまったんだよ。こん畜生!


 『神』は俺の体に、遠慮無く大量の魔力を注ぎ込んで言った。


「お前、気に入ったぜ。なかなかの名器の持ち主だ。これからは俺の中で女を孕ませる権利をやろう…ガンガン孕ませてイイ男を増やしてくれ♪」


 神は俺の菊の花をたいそうお気に召したらしい。

 奴は俺の肉体と魂に、数々の特殊能力(チート)を搭載しやがった。

 現地語の自動翻訳はもちろん、当代における魔術知識や一般常識、武芸十八般、現実世界のネット環境へアクセスする能力などなど。

 花魁太夫を身請けするときだって、こんなに至れり尽くせりではあるまい……って、何なんだよこのピロートークは。

 つまりだ。別に俺は勇者の資質とか、特殊な才能があって召喚されたわけではない。

 神に見初められただけ。しかも劣情にまみれまくった神に…である。立川在住のおにいさんがいたら説教してやってほしい。


 奴はたまに他の世界をぶらついて、気に入った男に白羽の矢を立て、誑かし、強制連行するらしい。

 交わって気に入ればチート能力を与え、自分の箱庭で囲い者にして、次代のイイ男を繁殖させるつもりなのだ。

 フリーダムにも程がある。

 別に自分を美男子だと思ったことはないが、ヤツの基準では俺はイイ男らしい。

 ……………いや、全然嬉しくないんだが。


 そして、気がついたらこの世界にいた。

 見渡すかぎりの大草原に、『全裸』でな。


「召喚初っ端から大ハプニングだよっ!!」


 一体、何なんだ!? あの神は! 

 さんざん体を弄んだあげく大草原に全裸で放り出すとか、崇め奉る対象として論ずるに術がござらんぞ。ふざけんな!


 はっきり言えば良かった。


 こ ん な 神 の い る 異 世 界 ト リ ッ プ は イ ヤ だ ! 


「神に強制連行された奴は誰に祈ればいいんだよっ!!」


 くそ。八百万(やおよろず)とかオリンポスなんてちゃちなものじゃ断じてねぇ…もっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ。

 思わず、グレ◯デール市に愉快なオブジェでも建立してやりたい衝動にすら駆られたぜ。

 アーっ! くそ!!

 とにかく、この世界で生きていかねばならない。

 俺は、この悪しき記憶を脳の片隅に追いやってしまおうと、当初、死に物狂いになった。


 幸い、天子の体はガンダ○ウム合金並に頑丈だった。

 俺はまず、近くの古城を根城にしていた盗賊のアジトに往年のシュワちゃんがごとくクロスアウト状態で突撃して、服と金品と武器を巻き上げた。

 それに味をしめて盗賊狩りを続けていると、今度は領民から感謝され、騎士団から表彰され、満場一致で領主騎士となった。ジャニーズほどじゃないが、比較的垢抜けたルックスをしてたから、女の子にも黄色い声援を送られたものだ。

 舞い上がった俺はもう「この珍事は俗にいう『異世界チーレム』だ」と盲目的に信じることにした。「俺は選ばれた! 俺様こそが主人公。そして、この剣と魔法の世界で大冒険することこそ天が俺に与えた使命なのだぁぁぁぁっ!」という具合にな。そう思わないとやっていけなかった。

 そんなことをしても俺がこの世界のくそみそ神の洗礼を()()()受けちまったという事実は消えやしないのだが。


 それから二十年は無双した。

 他の追随を許さぬ大魔力に加え、ウィキ◯ディアやグー◯ルでかき集めた21世紀の現代知識でこの世界の人々の生活を向上させ、世の知識人たちの常識を覆すような新技術を披露して、既得権益に執着する三流悪党をケチョンケチョンにして、現代の垢にまみれていない異世界の純朴な少女と恋をして、男気にあふれた仲間たちと大冒険をした。

 どっかで聞いた話だろ? 

 というか、みんな一度は夢見た話だろ? 

 もちろん妄想でだろうけど、俺は実際にやったのさ。


 領主をやる傍ら、転移魔法で世界を股にかけて大冒険して、古代遺跡を掘り返し、大英帝国博物館が腰を抜かすほどの伝説級のマジックアイテムを収集して回った。

 トリップものタイムスリップもののマンガや小説で聞きかじった科学、医学、料理の知識を応用し、領民や姉妹都市提携をした現地人たちの生活を劇的に向上させた。

 当時、この世界は中世初期並の文明力だったため、紙や火薬、羅針盤も発明した。さらには、この世界の魔法技術や製薬技術にも革命を起こしたのだ。


 モテ期到来というやつだ。金も名声も、そして女も、思いのままだった。

 もちろん、俺は有頂天だった。

 「俺のお陰で文明の針は300年ぐらい進んだじゃね。俺TUEEE!!」

 それでほぼイキかけていました。サーセン。


 それからさらに十年。

 老いぬ肉体はますます盛んになり、素手でドラゴンをも圧倒し、民衆からは英雄だと呼ばれ、「所詮成り上がり者」などと陰口を叩いている古参貴族の嫉妬発狂ぶりを尻目にほくそ笑んで、冒険者仲間たちとともに旭日昇天の勢いであちこちにケンカを売りまくり、

 ………………………そして、俺は萎えた。


 次第にノイローゼになった。

 周りの人間が俺無しでは何もできない腑抜けに成り下がっていたのだ。

 当時、入れ込んでた女に幻滅したっていうのが決定打である。

 彼女は俺に惚れてたわけじゃない。俺を利用してただけだったんだ。

 冒険を共にした仲間たちにもしだいに幻滅していった。

 俺の名前を使って人々から金品を巻き上げたり、保身に走るようになってた。

 やるせなかった。

 俺は世の中のために働いてるつもりだったが、結局、俺一人が無双したってナンセンスだったんだ。

 それだけの能力があってなお、俺は人の意識に革新をもたらすことはできなかった。そして、俺自身も成長できてなかった。

 ああ、はっちゃけてた自分が恥ずかしい。認めたくないものだな、この黒歴史。コロニーでもあれば落としてやりたい気分だ。


 いやいや、別に俺は人の革新とか、『三倍で動く赤い人』みたいな大スケールな目標に掲げていたわけじゃない。考えてみれば、俺の夢はもっと()()()()だった。

 俺は、ただ、自分のために命がけで戦ってくれる仲間が欲しかっただけだ。そういうイケてる仲間たちと共に剣と魔法の世界で大暴れして、ともに修羅場を乗り越えて、現実世界じゃ絶対に出会えないような極上の美人と添い遂げる……そんな厨二病的な妄想に取り憑かれていただけだったのだ。 

 そして、そんなことは到底無理だと悟った時、俺のやる気は失せたのさ。

 

 仲間と共に悪党をやっつけても、結果的に見れば、俺は弱いものいじめをしただけ。仲間たちはそれに乗っかって暴れただけ。

 当然かもしれない。彼らは生きた人間だ。俺が冒険マンガのかっこいい主人公じゃないように。彼らも冒険マンガのかっこいい仲間たちじゃないってだけの話だ。

 今までの人生が、猛烈に恥ずかしくなった。穴があったら入りたい。

 贅沢な悩みかもしれないけど、俺はそんなつまらないことのために旅をしてきたわけじゃない。そんなくだらないことのために、時として自らの手で人を斬り殺してきたわけじゃないんだ。


 ……恨む気はない。全部俺の不徳なんだろうさ。激しく後悔したよ。

 結局、俺がガキだったんだ。大学二年生(プラスこの世界で数十年)にもなって中二病だよ…恥ずかしい。

 俺が欲しがっていたのは、本当の意味での仲間じゃない。俺はただ、知恵と勇気と友情で修羅場を乗り越えていくっていう少年漫画お約束のストーリーに憧れ、『ないものねだり』をしていただけ。俺自身、共に旅をする仲間もマンガの中の登場人物ぐらいにしか思っていなかったのだろう。

 馬鹿な男だ。人々の望むがまま、英雄として御子の力をふるううちに、冒険もなんのスリルもないヌルゲーと化していた。

 やがて一匹狼になった。いいや、一匹狼といえば聞こえはいいが、要は周囲から孤立したんだな。

 そして、俺自身は王や英雄がさいなまれるという孤独に耐えられなかった。

 これが魏の曹操とか織田信長とかアレキサンダー大王みたいな本当の革命児ならもっと違ったんだろうが、生憎、俺はそんな英雄様みたいには振る舞えなかった。所詮、降って湧いた力に自惚れた、青臭いただのガキに過ぎなかったのだからな。

 豆腐のような忍耐力しか持たない俺の精神は次第に摩耗していき、この俺を主人公とした英雄譚も焦土化していた。所詮その程度の男さ。御子の力なんて大相なものを与えられても、俺は英雄にはなれなかったんだ。


 そして、この世界に召喚されて40年ぐらいたった時のことだ。

 今から10年位前だな。

 俺は疲れた。

 もう死ぬことにした。 ただ、『第七天子』であるかぎり、俺は、(しがらみ)から逃れることができない

 次第に思うようになった。

 せめて、もう一度人生をやり直せないだろうか?


 実は『天子』っていうのは、死んでも百年足らずで転生するんだ。

 俺のオカマにそんな価値があったかどうかは知らんが、つくづくずるいよな?

 理不尽だと俺も思うよ。そのくらい、この世界にくそみそ愛されちまってる。

 

 

 死ぬ前に盛大な墓をつくった。天子復活のための大魔術のためさ。大型ゴーレムを100体ぐらい並列稼働させれば余裕だった。俺は、その気になれば戦術核レベルの爆裂魔法も連発できるからな。

 まぁ、転生すれば、この力の大半は失うんだが、死んで転生すれば、最初からリセットができる。力を失うのは望むところだ。今度は人としてまともな人生を歩みたい。

 場所はムスタファル平原のど真ん中。俺がかつて神話級の化け物と一大バトルをやらかした場所だ。山塊を超爆破壊魔法を派手にくりぬいて拵えた直径3キロメートルのカルデラ盆地、その中心に収まる星形稜堡で、ディナ河をダムでせき止めて水堀にしてある。

 墓を作る際の工事で多くの流民を雇い、その際に雇った若い連中に自分の知識や戦闘技術を伝えた。


 そして、第七天子・拓海一樹は、その『星天陵』の底で深い眠りについたのだ。直系の子孫はいない。

 結婚はしてたが妻には子ができなかった。それでも俺は彼女には感謝している。


--


 そして、72年の時を経て、俺は人知れず転生を果たした。

サブタイ変更しました。

いろいろオマージュ入ってますが、ご了承ください。

2014/01/26 序章1と序章2を分けました。

しばらくプロットを書き直します。

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