それぞれの事情
お読み頂きありがとうございます。エルモの事情は、「その頃天上界」で書いたとおり、内緒ということで。
ため口きいてたけれど、リオンは俺より8つ年上の34歳。高校まで剣道をやってた体育会系の隼人にとって先輩にため口なんてとんでもないことだった。それが、この世界では自然と口に出ている。もちろん、仲間以外の年配者にはちゃんと敬語を使っているはず。
そのリオンだが、以前、「懐具合が…」といっていたのが引っかかっていた。借金でもあるのなら、俺に遠慮せず、報酬のいい依頼をやってもらってもいい、そう言うと、恥ずかしそうに事情を語ってくれた。
「俺には娘がいるんだ。サナリーってんだけどな。こいつができた娘でよぉ、この春、何と、パイロンの王立魔術学校に合格しちまったんだ。」
「ほぅ、人間の娘がパイロンのな。そいつはさぞ優秀なんだろうな。」と驚いたようにトパが言う。
「それってすごいのか?」
「ああ、あそこの魔術学校は妖精1割エルフ8割、その他が1割にも満たないと思うぞ。元々、魔力の強力な妖精族やエルフ族でも、ある程度、熟練した制御と用法の理解がなければ合格できない。ましてや、人間となると学科はできても、まず魔力不足で実技では落とされるな。それをカバーするだけの技量を持った者だけが合格できる、魔術師を目指すものにとっては最難関の学校だ。ちなみに、私はその卒業生だがな。」
「トパが入学できるくらいなら、大したことはなさそ…いてっ…嘘だ、冗談だよ!ったく、お前は全身凶器なんだから、軽くつねったつもりでも、普通の人間なら重症もんなんだぞ?」
「まあ、そういうわけで学校の授業料、寮費、それに少しばかりの小遣いを仕送りしてるんだが、これがけっこうたいへんでな。元々、俺たち夫婦にそんな蓄えなんてなかったから、今になってこうして俺は冒険者、かみさんは食堂で働いてせっせと仕送りしてるってわけさ。」
「そういや、リオンて結婚してたのな。娘がいるなら当たり前か。ん?待てよ?娘は今何歳だ?」
「15…いや、今年で16だが、それがどうした?」
「てことはだ、リオンが18歳の時にできたってことか?やるなぁおいっ。真面目そうな顔して、女に手を出すの早いんだな。」
「いや、この世界で10代で子持ちって、ごく普通だぞ?あ、人間の場合だけどな。そこの2人の種族はわからんが、そんなもんよ。ハヤトはかみさん、どうしてるんだ。むこうの世界に残したままか?」
「いや、恥ずかしながら独身だ。俺の世界、俺がいた国では晩婚化が進んでてな、30、40で独身ってのもザラなんだ。ま、俺の場合、自衛隊って特殊な環境だけに恋人すらできなかったがな。」
「そうか、そういう世界だったんだな。ま、こっちに来たからにはいい女みつけてとっとと所帯持っちまいな。」
「いや、せっかくだから30くらいまでは、いろんな女の子と遊びたいぞ。ブホッ!」
トパのボディブロー、エルモの踵落としが、それぞれ隼人の腹部と頭部を襲った。なぜだ?何が彼女たちをそうさせた?涙目になることも許されず、意識は一気に闇へと持っていかれた。
「それにしても、トパ、なんでお前は冒険者で稼がないんだ?あれだけの火力があるなら、税金の滞納などしなくても十分すぎるくらい稼げるだろうに。」
強制的に意識を覚醒させられた隼人が、そんな疑問をトパに投げかけてみる。
「あのさ、ハヤトは知らないかもしれないけど、基本的にエルフは冒険者になることはないのよ。私も好きで冒険者になったわけじゃないわ。」
「そうであります。エルフ族はもともと、森の民。自然を愛し、自然と共存する者たちでありますよ。だから、ハヤト様のパーティにエルフがいるって知った時は驚いたであります。トパが冒険者になったいきさつ、聞いてもよいでありますか?」
空になったビダー(小豆酒)の追加を注文しながらエルモがトパの話を促す。
「そうね、20の頃までは、私もほかのエルフたちと同じように村で樹木や花々、野菜を育てるだけの生活をしてたわ。」
遠くを見る目で、しかし一言一言噛みしめるようにトパが話し始めた。
「でも、25歳くらいの頃かしら、次第に私たちが世話をしている植物が少なくなってきたのよ。エルフは基本的に草食だから、人口が増えすぎたかなって最初は若いエルフたちは思っていたわ。でも、ある時、私たちと一緒に暮らしてた妖精族のハイネ殿から告げられた。この地を離れる刻が来たとね。」
「そういや、妖精とエルフってどう違うんだ?俺にはどっちも同じように思えるんだが。」
「それは、私が説明するであります。エルフと妖精は非常に似ているようでありますが、決定的な違いがあるであります。それは、エルフが実態を持った存在であるのに対し、妖精は精神的存在、つまり実態にこだわらない存在なんでありますよ。身分や地位の違いがあるわけではありませんが、エルフたちは私たち妖精を…そうでありますね…先生や師匠のように敬ってくれているであります。」
「妖精は実態ももたない?ってことはエルモの今の姿は、どうとらえればいいんだ?」
「かりそめの体であります。こぉーんなこともできるでありますよぉ。」
そう言うと、いきなりポンキュッツパのナイスバディなお姉さんが俺たちの前に現れた。もちろん、鼻の下がのびたのは俺だけではない。食堂兼酒場にいた男たちの99%が同類だった…はず。
「というわけで、いかようにも姿を変えられるのが妖精、決まった実態を持つのがエルフとでも認識していただければよいかと思うでありますよ。」
と言うと、再びエルモはチビッ子の姿に戻った。
「なあ、エルモ、せっかくだからさっきの姿でいてくれないか?」
「嫌であります。あんなデカパイ、肩が凝って仕方ないでありますよぉ」
あ、妖精もやっぱ肩こりってあるんだ。で、話を戻そう。
「続けるよ。ハイネ殿が言うには、エルフは50年に一度、住む森を移動するのだそうです。もちろん、年長のエルフたちはよく知ってた。そして年長者たちは次の居住地もみつけて準備は進んでたわ。ここで、私たちには二つの選択肢が与えられたの。一つは年長者たちに従い準備された森へと移住する、もう一つは新たな独立して新たなグループを作り別の森を探す。」
「トパはそう言うでありますが、実際には種族の維持と口減らしの意味もあったでありますよね?」
「そう、同じ土地で交わって子孫を残していくことはある意味では種の異常を招く。それに、新たな土地での収穫には限りがある。自発的に、と言えばきれいだけれど、年長者たちが決めた人数を超えた場合は自分の気持ちに関わらず、年長者たちのグループには入れてもらえない。そして、私もその一人だった。」
トパの笑顔が、自嘲の笑顔に見える。そして、寂寥感のある笑顔に。
「新しい森に住みつくと言えば簡単そうだけど、そのためには小川か泉の確保、開けた土地の確保ができなければいけない。そして、そんな森には必ず魔物がいる。私は、さっきリオンが言ってた魔術学校で攻撃的魔法も修得してたし、力だってそれなりにあるから、そこそこの魔物なら排除できる。でも、土地を切り開いて、自分達の集落を作るには、元手が必要だわ。野菜が育つまでの間、食べていけるだけの食糧を得たり、土地を切り開くための道具を購入するための元手がね。その元手を得るために、グループの中から選ばれた8人が冒険者として働くことになったってわけよ。」
「トパもその一人だったんだな。で、今もその集落へ稼いだ金を送ってるってわけか?」
「あのさ、話聞いてなかったの?私が25歳の頃って言ったでしょ?わたくし、ただいま87歳。昔の話よ。10年ほど前かしら、当時の仲間たちは年長者となって私にとっては2回目の移住をしたわ。その時にね、私も年長者側のエルフだったんだけど、何か面倒になっちゃって、彼らとは離れてこうして町で暮らすようになったのよ。」
「87歳!そういや、出会った頃、あの何とかって役人がトパのことを70過ぎって言ってたような気がするが、あれでもかなりサバ読んでたんだな。来年は米寿かよ。」
「サバ読むとか米寿とか、わけわかんないんだけど?でも、褒め言葉じゃないことは確かよね。もう一発、ボディにいっとく?」
「謹んで辞退させて頂きますっ」
湿っぽい話だった気もするが、トパの陽気な性格からか、重い空気は彼らのテーブルにはなかった。食事を始めてかれこれ3時間。エルモはまだ注文してるし、リオンは顔見知りの冒険者仲間たちと談笑している。で、このエルフの姉さん、話し終わると俺の肩に頭をあずけてスヤスヤと心地よい寝息をたてているんだが。いや、嬉しくなんかないんだからね?ただ、髪の毛の香り、フローラルでかぐわしいなぁと。