レンチちゃん、活躍する!
フドラスへは通常1週間の船旅だが、今回は嵐を避けて大きく迂回したため10日ほどかかると言う。今日はその8日目。
「おーい、レンチ起きろ!」
「うーん、ねむぅい。もう少しい。」
「駄目だ!起きるんだ。ほら、バケツとモップを持って甲板に行け。」
護衛だけでなく、船の掃除や見張り、それに洗濯も護衛者たちの仕事だった。この世界の船は大型と言っても、せいぜい30人が乗れる程度の木造船だ。レンチを救助した船も20人乗りの商船。限られて定員の中での護衛に仕事は多い。『白銀の翼』も、選ばれたメンバーはゾフィを含めて7人しかいない。ドンペに起こされてしぶしぶレンチも甲板に出る。
「いいか?これは剣の突きと同じだと思ってやるんだ。モップを突き出す、腕が伸びきったらすり足で前に出る。そしてまた突き出す。この繰り返しだ。甲板がピカピカになるまで頑張るんだぞ。俺は向こうを掃除してくるからな。」
「はぁーい。」
レンチちゃんはお客さんではない。それは、レンチちゃん自身もわかっている。そして、厳しいドンペがほんとはすごく優しいことも。だから、文句ひとつ言わずに頑張れた。
「ドンペさーん、終わりました。」
「そうか、じゃ次は手すりだ。雑巾で、こう、剣を払うように素早くシュッとな。」
早朝から朝食までの2時間、掃除をしながらの稽古が続いた。
朝食が終わると、今度は船員たちから声がかかる。
「レンチー、マストの上に登ってみるか?一緒に見張りしようや。」
「レンチ、帆を畳むの手伝ってくれないか?そっち持ってくれないか。」
呼ばれれば、チョコチョコとどこへでも飛んでゆく。そんなレンチを船員たちも、冒険者たちも優しい目でみていた。そして、夜は眠るまで誰かしら物語を話してくれる。
………
「敵襲!敵襲!」
出航から9日目の朝、島影から1隻の船がレンチの乗る船を追いかけてきた。
「海賊だ!追いつかれるぞ!」
「よし、迎撃しましょう。帆をたため!アンカー降ろせ!」
「レンチは船室に入ってろ。」
ドンペに言われるままに、船室に入り、ゾフィたちの戦いを音をたよりに探る。
ゾフィが海賊船に向かって矢を放つ。同時に魔術師と近接戦士たちが、風刃、水弾を放つ。帆を畳んだのは、相手の弓で帆を破られないためだった。だが、海賊船は帆を張ったまま、接近を続ける。向こうもかなりの腕の防御要員が乗っているようだ。矢も魔術もことごとく弾かれている。
防御シールドは常時発動ではない。持続時間も適用範囲も限られる。その間隙をついて、ゾフィたちがさらに攻撃をしかける。わずかずつだが、確実に相手にダメージを与えている。問題は船室内にどれだけの戦士がいるか。長い距離を移動し、乗船人員も限られる商船と違い、海賊船はアジトから比較的近い海に出没しているため、戦士の数も多いはずだ。だからこそ、接近される前にできるだけ叩いておきたかった。
帆を畳み、アンカーを降ろし終えた船員が船室に避難しようとした時、島影からもう1隻の船が見えた。
「たいへんだ、ゾフィさん、同じ型の船がもう1隻出てきました!」
「なに!しまった、これから帆をあげられる?」
「アンカーをあげてから、帆をあげる頃には追いつかれるでしょう。」
相手と1対1であれば、今のように船を固定して戦った方が戦術としてはベターだ。だが、相手が複数となると、船の固定が弱点となってしまう。海賊たちはそれを狙って、時間差をつけて出航させたようだ。
「すまない、私の判断ミスだわ。間に合うかどうかわからないけど、至急アンカーをあげ、帆を張り直してちょうだい。」
「了解!」
そう言うと、船員は船室に避難した仲間たちを再び甲板へと呼び戻し、作業を始めた。彼らを守るため、ゾフィたちの防御要員が一人、船員側の防御を担当する。その分、ゾフィたちは自分の身を守ることに力を注ぐ必要が出たため、攻撃力も落ちてくる。
「集まれ!白銀の翼は、これより当初の船を全力で攻撃する。後から来る相手のことは気にしない。攻撃のタイミングを合わせるわよ。それから、ドンペ、お前は船員の護衛に回れ。シールドを抜けてくる攻撃を阻止しなさい。」
「距離50」
「踏ん張れ!近寄らせるな!」
互いの距離が10mを切れば、海賊船からロープが飛び、乗り移られるだろう。全力で、1隻にあたってはいるが、もう1隻の接近を拒むすべはない。戦力の分散も人数が少なすぎる。帆が間に合えば逃げうる可能性はある。このままでは、乗り込まれるのは時間の問題…かなり悲観的な状況だ。
「レンチ、船室にいろって言っただろうが!」
「私も戦う!」
「ダメだ。戦力にならん!」
「待て。乗り込まれたらレンチもただでは済まない。やりたいようにさせてやりましょう。」
話ながらも、眼は海賊船から離さない。シールドの持続時間も次第に短くなってきている。
「ゾフィさん、それじゃ浄化しましゅ。」
「ん?」
「できるだけ、近くまで、あの船を近寄らせてくだしゃい。」
そう言ってレンチは甲板に座りこみ、魔力を練り始めた。かなり集中している。レンチに言われるまでもなく、残念ながら海賊船は徐々に近づいてきていた。今はもう30mもない。
「もっと、もっと近く…」
レンチが立ち上がり、つぶやく。
距離20。船室に隠れていた海賊たちがぞろぞろと甲板に姿を現す。その数20、いや30人。元々戦っていた海賊を含めれば40人を超える。
距離15。甲板に出た海賊たちが先にかぎ爪のついたロープを手にしはじめた。
レンチちゃんが突き出す両手の先に、大人の頭ほどの光の球。
「聖なる光よ、わたしたちに害をなさんとする悪しき魂をあまねく天上へ導きたまえ」
距離10。海賊たちがロープを投げ込もうとした瞬間、光の球がレンチちゃんの手を離れ海賊船のマストの上に飛んでゆく。あまりのまぶしさに、海賊たちだけでなくゾフィたちも思わず、手で目を覆う。そして球から海賊船の甲板へと光が差し込む。まるで生き物のように、甲板に達した光が船室の中にも這ってゆく。やがて、海賊船の内部からも光が溢れだす。海賊たちは次々に光の粒へと姿を変え、粒の一つ一つは静かに空へと舞い上がってゆく。その輝きが収まった時、海賊船の上に人の姿はなかった。浄化は終わった。
「ふぅーっつ。」
「レ、レンチ、今のはお前のスキル?」
「うん。でも一日に1回しか使えないんでしゅよ。ごめんね、もうわたし戦えないよぉ?」
「い、いや、いいんだ。てか、助かった!レンチ、お前、すごいぞ!立派な戦力だよ!」
「よーし、後は1隻だけよ!全力で行くわよ!レンチに負けてんじゃないわよ!」
「おー!」
甲板が一気に活気づく。
「距離200。アンカー巻き上げ完了!セールはもう少し時間がかかります!」
「開いているセールだけで動かせるかしら?」
「はい、速度は出ませんが、何とか。」
「よぉし、この勢いのままこっちからも撃って出ましょう!目標、左舷海賊船!」
互いの船が近づいてゆく。距離がどんどん詰まってゆく。距離が100mを切った。
「試し矢を射るわよ、敵の防御を見てて。」
そう言ってゾフィが矢を放つ。
「さきほどの船ほどの防御はないようです。これなら、我々でも数発当てれば破れます!」
「よし、それじゃ50を切ったら一斉攻撃ね。」
ゾフィの指示を待たず、魔術師が風刃を5発連射する。距離、70あたりだろうか。船上に張られていたシールドが風刃で破壊された。
「よし、攻撃! 一射万矢!」
空高く射ち上げた魔力を付加したゾフィの矢が、中空で百ほどの矢となって海賊船に降り注ぐ。海賊たちの半数以上がこの射撃に巻き込まれ倒れた。残りの海賊たちも防御一方で攻撃をしかけられずにいる。そこを、魔術師、近接戦士たちがそれぞれの属性の魔術で追い討ちをかける。
さきほどのゾフィの攻撃で倒れた中に、防御魔術を使う者がいたようで、海賊船にシールドがかかっていない。船室から飛び出してきた新手の敵も含め、次々と白銀の翼パーティの攻撃の餌食となってゆく。ゾフィが3度目の「一射万矢」を放った時には、海賊船の甲板に立つ者は6名しか残っていなかった。
距離0。両方の船がすれ違う瞬間に、ドンペともう一人の槍使いが海賊船に乗り移った。6対2だが、Bクラスの冒険者にとってはたやすい相手。すぐに決着はついた。そして、倒れていた者たちに次々ととどめをさす。念のため、船室内にも入って隠れている者がいないか確認した。
ドンペの合図に商船がUターンして海賊船に横づけする。
「ご苦労、終わりよ!」
甲板に歓声があがる。その後、船員が2隻の海賊船に乗り移り、帆を畳みアンカーを降ろす。海賊船討伐は国から褒賞が出る。その証をもって帰った。
船は再びフドラスに向かって進み始めた。
「さすが、白銀の翼ですな。海賊船2隻を相手にたいしたものだ。」
おそるおそる甲板に顔を出した依頼者の商人とその使用人たちが、ゾフィたちを讃える。
「いや、今回の功労者は、このレンチですよ。この子がいなければ絶望的でした。」
「え?そんな小さな子供が?」
「子どもじゃないもん、冒険者だもん!」
「そうよね、レンチはれっきとした冒険者で、戦力だよね。」
ハヤトと言い、「ある日森の中」に助けられたのは、これで二度目か…不思議な巡りあわせだな。しみじみとゾフィは縁の不思議さを思った。




