マヨネーズ
2013.6.23 表記等修正
宿へと引き返す途中で、鐘6つを耳にした。時計を見ると午後6時。昨夜、野営した集落では鐘の音は聞こえなかった。この世界では時計は高級品らしい。俺のいた世界でも、数十年前まではそうだったはずだ。鐘9つと約束したが、正確な時間はわからない。きっと、この世界の人たちはかなり正確な体内時計を持っているのだろう。
「おかえりー、夕食できてるよ。食べてくかい?」
「お願いします。」
「じゃ、食堂に行っといで。テンドンが厨房にいるから、言えば出してくれるわ。」
ここの食堂は、宿泊客以外にも食事を提供しているらしく、50人近く坐れそうな食堂の席はあらかた埋まっていた。夕食は、いわゆるワンプレート。それにスープの入った皿が一つ。案の定、箸はなかった。それを見越して、散歩ついでに落ちていた木の枝をナイフで削り、マイ箸を作って帰ったのだ。こっちのスプーンもどきは俺にはでかすぎて扱い辛い。
肉と、平べったいパン、野菜炒め、そしてスープ、これが夕食の内容だった。味は…さまざまな香辛料やソースに慣れてる俺には、かなり物足りない。昨日はイメージの中から料理が出てくればいいと思ったが、それは叶わなかった。もしかしたら、スキルレベルが上がれば出てくるのかも知れない。なら、調味料はどうだろう?と、試しにとある万能調味料をイメージしてテーブルの上にペースト!お!出た!ビニールのパッケージに赤い蓋。そう、これさえあれば何にでもあう、マヨネーズ!あと、肉にはやっぱ胡椒と黄〇のタレっしょ?とこれまたチャレンジ。胡椒は出てきたが、タレは出てこない。何が出てきて何がペーストできないか、把握しなきゃな。ま、それは後にして、肉に胡椒を振って、野菜炒めにマヨネーズ。んー、これだけでどうよ!味の深みが全然違うぜ!んまい!
半分ほど食ったところで、ようやく周囲が唖然とした目で俺を見ているのに気付いた。相席していたいかつい冒険者風の男が声をかけてくる。
「兄ちゃん、お前何やったんだ?いきなり変なもんが出てきたようだが?」
「あ、うーん、一種の魔法ですかね。なんか俺だけのスキルみたいで…。」
「そうか、それはさておき、そいつは何だ?肉に振り掛けたり、野菜に塗ったりしてたようだが。」
「肉にかけてたのは胡椒ですよ。こっちにはあるのかな?で、野菜の方はマヨネーズって言います。どうです?かけてみますか?」
「お、おう、肉は食っちまったからその、マイネームか?ってやつ、ちょっと食わせろ。」
「どうぞどうぞ。マ・ヨ・ネ・-・ズね、マヨネーズ。いけると思いますよ。」
……………
「う、うめぇ!うめぇぞ!なんだこれは?俺もけっこうあちこちわたり歩いてるが、こんな味は初めてだ。初めてだが、うめぇよ!」
「いやぁ、お口にあったようで何よりです。」
男の「うめぇ」の連発に、我も我もとマヨネーズの奪い合いが始まり、あっという間に500ccのパックは空っぽになった。
「兄ちゃん、料理人か?」
「いや、むしろ料理は苦手っす。」
「そうか、で、こいつはどこで手に入るんだ?」
「んー、こっちでは手に入らないかなー。たしか、材料さへあれば作れるとは思うんだけど、たぶんこっちでは流通してないっしょ。」
「そっか、そいつは残念だ。で、マオネイズってのは、まだあるのか?」
「ええ、出せますよ。いや出せるかな。多分大丈夫でしょう。」
「じゃ、ここの親父にその作り方教えろ!おやじぃー!こいつの料理を覚えやがれ!てめえのスキルならわけねぇはずだぞ。」
その声に、テンドンさんがテーブルにやってくる。
「何だ?このクソ忙しい時に。ハヤト、面倒ごとはごめんだぜ。」
「まぁ、そう言わずに食ってみなって。ほら、そいつの皿にまだ野菜炒めが残ってるだろ。兄ちゃん、一口食わせてやってみてくんねぇか。」
「なんでぇ、俺の料理に何かしやがったのか?まぁいいや、どれ。」
マヨネーズのついた野菜の切れ端を一口…二口…そして皿を奪い取ると、一気にたいらげた。
「ハヤト!何だこの味は!俺も長年料理人やってるが、こんな味は出せねぇ。すぐ教えろ!今教えろ!ほれ教えろ!おーい、母ちゃん、臨時休業だ。店を閉めてくれ!お客さんがた、今の料理で今日は店仕舞いだ、食ったらとっとと出ていきやがれ!」
いいのか?客商売でその言い方?ってか、俺、まだ食事中だったし…半分も食ってないんだが…。有無を言わさず、ハヤトの襟首をつかむと引きずるように厨房へと戻っていくテンドンだった。その力強さといったら、料理人より冒険者の方がよっぽど向いてると思うのだが。
「で、材料は?」
「いや、俺、作り方なんて知らないし…。」
「知らないだと?じゃ、誰が造ったんだ?どこに売ってるんだ?」
「作ってるのはキ〇ーピ〇って会社だと思うけど、こっちにはないよね?ってか、レシピって店によって違うでしょうし、特別な味なら教えたりしないでしょ?」
「うーん、それもそうだな。それじゃ、あれ、まだ持ってるか?俺の舌で何とか再現したいんだ。頼む、持ってたら分けてくれ。」
「それはいいですけど…あ、待って下さい、確か基地の図書室にいろんな料理のレシピがあったはず。本棚も覚えてるし、その中に何かマヨネーズの作り方ものってたような気がするぞ。イメージ、イメージ…あ、この3冊のどれかだな。ペースト!」
目の前に現れたのは、『戦う男の手料理100選』『野営地で3分間クッキング』そして、これだ!『派遣先で使いたい調味料1・2・3』
テンドンさん、同じ材料があるかどうかわかりませんが、作り方、わかりそうです。それと、見本としてマヨネーズ1本、出しておきますね。
レシピ本は出てきたが、そのままではこちらの世界の人には読めない。俺はなぜかこちらの言語の読み書きができる(そこはご都合主義ってことで)ってんで、マヨネーズのページを開き、こちらの言葉に直してゆく。それをテンドンさんがお料理ノート(?)に書いてゆく。まめな人だ。きっと、TVの料理番組なんかもメモを取りながら見てるんだろうな。TVがあるか知らんけど。
「というわけで、俺、部屋に戻っていいっすね?」
「ああ、ありがとうよ。頑張ってみるわい!」
「で、晩飯、テンドンさんに喰われたんですけど、何か食うものもらっていっても?」
「おう、ここにあるもんなら持っていきな。早じまいしたから出してない料理も十分あるはずだ。ここで食っていってもいいし、部屋に持って帰ってもいいぞ。」
少し冷めた野菜炒めと、何のかわからないステーキ、それに平パンを2切れプレートに乗せ、夕食の続きを既に大半の客が帰った食堂で食って部屋に戻った。
「たいへんだったな。」
あいかわらず、ノックもなしにリオンが入ってくる。彼もあの時、食堂にいたらしい。
「それで、明日からどうする?冒険者デビューだよな。俺と一緒に何か簡単な依頼でもやってみるか?まぁ、あんまり長くは一緒にできねぇけど、何せ恩人様だ。俺にできることはやらせてもらうぜ。」
「それなんだけど、一緒に依頼こなしたいやつがいるんすけど、いいかな?」
「ん?誰だ?さっき外出した時にでも声かけられたか?」
「えー、いろいろと事情があって、エルフの姉さんと約束しちまったんすよ。」
「エルフだと?そいつは冒険者か?」
「今はどうか知らないけど、冒険者のランクはCだって言ってましたよ。」
「ほう、俺と同じか。エルフなら魔法は得意だろうし、俺は前衛だからいいんじゃないか?それでパーティ組めばそこそこの依頼もこなせるぜ。」
「じゃ、そういうことでお願いします。ところで、ここ、風呂ってないんですか?」
「風呂?そんなもん、よっぽどの貴族でもなきゃ入れるもんじゃねぇよ。汗を流したいなら、宿の裏手の井戸を使いな。あ、テンピンさんに言えば、100ドンでお湯もバケツ1杯分もらえるぞ。」
「ありがとうございます。仕方ないですね、じゃ、水被ってきます。」
石鹸とシャンプーはコピペで出てきたので、散歩がてらに買ったタオルを持って水浴びに向かった。日はとっぷりと落ち、夜空には満天の星。カシオペア座もオリオン座もないが、ひときわ輝く星が目につく。ランプの火でようやく井戸のありかがわかる。水は冷たいが、気温もまだ高く、気持ちがいい。頭を洗うとサッパリした。さぁ、いよいよ明日からがこの世界での生活の第一歩だ。