告白?
改稿箇所ですが、途中で投稿してしまったので、後半(数十分後、から後)を追加しました。内容に変更ありません。
ケイン教授の研究室。
座り心地の良さそうな回転椅子の上で、教授はいつもの爽やかな笑顔で、石のように固まっていた。
リヴも同じく、目の前で起きた展開に石化している。
姉だけが、真剣な表情で教授を見つめていた。
教授の手にしたカップから、この場にそぐわない暖かい湯気が、ホカホカと立ち上っていた。
「…………リスト。今、何と……。もう一度言ってもらえますか?」
若干引きつった笑顔の教授が、コトリとカップを置き、組んだ足を正してからゆっくりと立ち上がった。姉は真剣な表情で教授を見つめると、もう一度、口を開く。
「ですから。」
ふうっと息をつく。
「わたくしと結婚して、と申し上げましたの。」
教授がゆっくりと額に手をあてた。
「いったいどうしてそういう話になるのです。」
リヴも口には出さず、その言葉に同意する。姉がしたのは、たしかに告白だが、いきなりそれはないだろう。いきなりすぎて、教授の研究室を出る機会すら逃してしまった。こんな気まずい場に、いくら妹とはいえ同席したくはないのだが……。
そんな二人に姉は全く動じず質問に答える。
「わたくしにアイゼンバーグ第二王子殿下への輿入れの話が来ているのですわ。」
その言葉に、額に当てた手の間から見えた教授の顔に、今までリヴが見たことがないくらい動揺の色が浮かんだように見えた。
「わたくし、気づきましたの。例え王子殿下がリスト家に婿入りしてくださって、わたくしが次期当主の役目を果たせたとしても…この結婚は嫌なのだと。」
姉の瞳はまっすぐに教授を見た。さながら睨み付けるような視線だ。とても愛の告白をしているようには見えない。
「あなたでなければ嫌です。あのとき厳しく律してくれた、あなたと共に歩みたいの。」
胸の前で結ばれた姉の手が、小さくきゅうっと握られたことにリヴは気づいた。
それまで険しい表情を浮かべていた教授が、ふっと息をつく。拍子に、隠れていなかった薄い唇が、くっと持ち上がった。
「……辛抱が足りなかったのは俺の方か。」
そう呟いて、顔を覆う手を下ろす。その顔は晴れやかな笑顔だった。
「リスト、3年…いや、もう2年、お待ち頂けますか。」
振り返って姉の下へ歩み寄ると、そっとその肩に手を置く。姉は意味がわからないと目を瞬かせた。
「帝国大の教授職は、特殊ではありますが軍籍に属していることはご存じですよね。私は、リヴたちの卒業を機に、一度教授職を離れ、南国国境警備の任に就くことが決まりましてね。」
その教授の微笑みに、姉の大きな目がいっそう大きく開かれた。
「南国…?」
「ええ。我が国と南で隣接する公国は先の内乱が尾を引きずって、国内が乱れていますからね。国境警備を強化しようというのが軍上層部の考え。私にそこへ赴任し、兵を鍛えよと。」
教授は、固く握られた姉の手を取った。
「自分は貴女にふさわしくないと必死に身を引いて、この話を受けましたのに。……こうもやすやすと後悔させられてしまうなんて、全く貴女には敵わないな。」
姉の手に小さく唇を落とす教授を見て、リヴはほっとした気持ちで静かに退室した。
あの姉の斜め上を行く告白ですら、しっかり受け止めてくれた教授の様子に、二人の縁の深さを噛み締めた。
数十分後。
リヴは軽やかな足取りで家路へと付いていた。
行きに乗ってきた馬車には姉と教授が乗り、先にリスト邸へ向かっている。教授曰く、リヴたちの父に一刻も早く挨拶をすべきだ、ということだ。
(よかったわね、姉さま。)
ほっこりとした気持ちで二人のあとを追うリヴは、めずらしく心ここにあらずで、横からのびてきた手に全く気づかなかった。
その手は容赦なくリヴの柔らかな頬をつまみ上げる。
「いたっ!?」
「…何だその、だらしねー顔。」
手の主であるケルが、むにむにと頬を引っ張って、ぱちんと放す。
ちょっと、と唇を尖らせて見上げたリヴの目に、唇のはしを上げたケルの顔が入った。
「お前がこんな朝早くに大学に居るのも珍しいけど、もう帰んの? 何かあったのか?」
からかうように言いながらも、若干心配の色を見せたケルに、リヴはつままれた頬をさすりながら答える。
「ええ、急な婚約話があったのだけれど、教授のおかげで難を逃れられそうなの。」
「へ? 婚約、話……?」
「そう。教授がお婿さんに来てくれるって言ってくださって。」
にっこりと微笑んでケルを見上げたリヴは、肝心の『姉の』という部分を言っていないことに全く気づかない。
「今からお父様に挨拶をしてくださるそうだから、急いで帰らないと。また明日ね!」
晴れやかに微笑んだリヴは、ケルの呆然とした顔の意味に全く気づかぬまま、軽やかな足取りで家へと向かい、その場を後にした。
「あ、ケルさん、ウェスパー。」
「はよーっす。」
練習場に入ったリードとバートンは、ベンチに座るケルとウェスパーを見つけ、声をかけた。
が、いつもであればすぐにあるはずの返事がなく、呆けた顔のまま座るケルを見て、二人は何事かと顔を見合わせる。
「どうしたんすか?」
「あれ、教授も居ないし…。」
教授、という言葉に、ケルの頬がぴくりと痙攣した。と同時に、隣に立つウェスパーが大きく肩をすくめて二人とケルを交互に見やる。その動作に、どうやら『教授』というキーワードが禁句だったらしいと察した二人は、もう一度顔を見合わせた。
「…どういうこと?」
リードが一瞬気を使うようにケルを見た後、小さな声でウェスパーに尋ねる。ウェスパーはしかめ面をしながら重い口を開いた。
「なんか良くわからないんだけど、リヴちんと教授が結婚するとかしないとかで。」
「はぁ!?」
間抜けな声を上げたのはバートンだ。
「何で何で? だってリヴちんはどう見たってケ…ムゴッ!」
リードがバートンの口を塞いで、険しい顔でケルを見つめた。
「いったいどこからそんな話が出たんすか?」
ケルの眉間にゆっくりと皺が寄った。
「…リヴだよ。」
その言葉に、リードとバートンが声なきまま目を大きく見開いた。
「ケルさん。」
沈黙を破ったのは、リードに口を塞がれていたはずのバートンだった。
「おい、バートン…。」
余計なことを言うなよという顔で、リードが再びバートンを抑えようとしたが、バートンは素早くリードの手をかわす。
「ケルさん、何してるんすか。」
「バートン。」
ウェスパーが強い口調でバートンを諌めるが、バートンは苛立ったようにリードとウェスパーを睨んだ。
「何だよ、何でお前ら暢気に話し合いなんてしてんの? 好きな女が目の前で掻っ攫われようとしてるの、指を加えて見てろって言うのかよ。俺はそんなの、まっぴらご免だね!」
「バートン!」
「行けよ! 行ってリヴちん取り返すんですよ! 俺の知ってるケルさんだったら、さらってでも自分のものにしちまうんじゃないんすか!?」
バートンの声に、ケルの眉間にぎゅうっと、深く深く皺が刻まれた。