姉の秘密
リヴしか使わない、練習場の女子用ロッカールームに、水色の髪の娘が二人居た。
姉は流し台を備え付けた化粧台の前に座って、鏡越しに妹のリヴを見つめている。
「姉さま、これを。」
洗顔料と小さく薔薇の刺繍が施されたピンク色のタオルをロッカーから取り出して、リヴは姉へと渡す。受け取った姉は、抵抗することなく静かに顔を洗い、さっぱりした面持ちで、鏡越しに微笑んだ。
「…私、学生時代モテモテだったのよ。」
メイクポーチの中を探りながら唐突に語り出した姉の言葉に、リヴは沢山のはてなマークを浮かべた。姉は白い歯を少しだけ見せながら、ピタピタとコットンを顔に当てている。
「何よ、リヴだってそうでしょう? 私たち似てますものね。うふふ…。」
(ううん? 私、モテた覚えなんて無いんですけれど…。)
姉の言葉に疑問を感じながらも、話の腰を折らないよう姉の言葉に耳を傾ける。
「ヒーラー一族の跡継ぎとして恥ずかしくない成績で卒業して、軍で活躍し、ふさわしい相手を婿に取る。学生時代のちっぽけな私の頭の中には、そんなことしかなかったの。
だから、言い寄ってくる相手のうち、そこそこの相手だったら気持ちがなくても付き合ってみたりしたし、肩書きが気に食わなかったらこっぴどく振ったりしたわ。
………ケインは、そんな奢った私を振った、唯一の人なの。」
「え?」
姉の言葉にリヴは驚いて化粧途中の姉を見た。姉は、ふわりと微笑みを浮かべている。
「最初はね、ケインから告白されたの。それをひどい言葉で振って。普通、そうすると男の人って二度と寄ってこないじゃない? …でも、彼は変わらず接してくれて。」
教授の大人な対応に触れるうちに、自分の了見がいかに狭かったか気づかされたのだと、そして惹かれたのだと、姉は語った。
「で、でも姉さまを振った、とは?」
その流れなら、二人は両想いになるはずだ。そんなリヴの想像などお見通しという顔で、姉は続ける。
「卒業の時に、私から告白したの。私の相手には貴方しか考えられない、って。」
「それで?」
姉はいつのまにか化粧の仕上がっていた顔を撫でて、寂しそうに微笑み、一言だけ答えた。
「……見事に振られちゃった。」
振られた詳細を一切語らないまま、姉は、さあと言って立ち上がる。
「リヴの言うとおり。ここできちんと、自分の気持ちにもけじめをつけるわ。」
その表情に覚悟の色が見えた。
「リヴ。」
振り向いた姉の表情は、見慣れた家族のリヴですらはっとするほど綺麗で。
「ケインのところまで案内して頂戴な。」
リヴは頷くことしか出来なかった。