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父 対 娘

リヴは、ぶるぶると震えて言葉を失う姉のもとにゆっくりと近づくと、その肩に手を置く。指が白くなるほど握り締めている扇をその指から抜き取ると、いつも姉がしているように、ぱらりと開いて父を流し見た。

「あらまあ、お父さまともあろう方が、随分と短絡的かつ暴力的な発想ですこと。」

いつもと立場が逆転したかのような姉妹に、父の頬がぴくりと動いた。

「何だリヴ。お前も不服か?」

口ごたえは許さないという口調で、父がリヴを睨みつけてくるが、リヴは姉の扇で口元を隠すと、ゆるりと目を細めて微笑んで見せた。

「不服もなにも…。わたくし、情けなくて笑ってしまいますわ。」

「なんだと?」

わざと父の怒りを煽るように、微笑をたたえ、顎をあげて、見下ろすようにして父を見る。

「"お前が私の跡継ぎ、我が帝国の皇太子だ。"お妃様がお産みになった長男にそう仰って厳しく育てておきながら、寵愛する側室に授かった、見目麗しく利発な男子に突然皇太子の座を取って代わらせた皇帝陛下。その結末を、お父さまはご存知無くて?」

それはここ最近の皇帝の御世に起きた、醜聞ともいえる事件である。

その皇太子廃嫡の一件で、国は乱れに乱れた。発端である長男と寵姫の授かった男子は、権力争いに巻き込まれた結果、早々に亡き者となり、宙に浮いた皇太子の座を巡って、何人もの皇子皇族たちが我こそはと名乗りを上げ、帝国は内乱状態に陥ったのだ。


ぐぐ、と父の目に力がこもった。

知っているも何もない。そんな国の乱れを治めたのは帝国軍であり、若き日の父も軍人としてその乱で戦っている。

乱を治めた帝国軍が今も変わらず力を持っているからこそ、帝国は平穏を保っているのだ。



リヴは父の目を見て意味を察したことを理解すると、憎たらしいほど微笑みを深くした。

「わたくし、お父さまが仰ったことは、それと同じと解釈いたしますわ。リスト家当主として厳しくお育てになった姉上に、隣国の第二王子の妻などという面白みもない役を命ぜられるなんて。」

ふう、とリヴは大げさにため息をついてみせた。

「アイゼンバーグ皇太子の正妃ならいざ知らず、第二王子の妻ですって? わたくしの姉上は、その程度の枠に収まるお方ではありませんわ!」

きっぱりと言い切って、父を睨みつける。

「外からリスト家を支えろと長年教えられてきたわたくしが言いつけられたとしても、承知できぬ疑問点がいくつもございます。

王子が姉上に飽きられたら?他の側室に子が出来たら? …そうなれば、外からリストを支えるような力もなくなりましょう。ただ遠い国で生きながらえる籠の鳥です。

もっと言いましょうか? もし我が国とアイゼンバーグが戦争に陥ったら? 嫁入りした姉上はアイゼンバーグの人間です。姉上のような優秀なヒーラーを敵国が得て、リストに、いいえ我が国に何か利があるとでも?」

つらつらと述べ立てて父を論破する。

頭でっかちめと散々罵られてきたが、だからこそ次々飛び出るこの減らず口は、こういうときにこそ使うべきだ。



姉もリヴも、父が姉に早く結婚して欲しいという父の想いはわかっているつもりだ。その想いが強いからこそ、良い縁談に飛びついてしまったのも理解できる。

しかし、姉も自分も、父の、リストの手駒ではないのだ。そう判らせようと、リヴはわざわざ憎たらしい役をかってでた。

「……。」

父はぎりりとリヴを睨みつけた。姉にしてもリヴにしても、可愛げのない娘よ、と。そういったところなのだろう。

そんな父に対峙するリヴに、ひしりと姉が抱きついた。

「リヴ、リヴ…! いいの、ありがとう、ありがとうリヴ…。」

いつも気丈で最強な姉の声が震えていた。

驚いて姉に視線を移すと、姉の目がゆらゆらと震え、大粒の涙がこぼれていた。


泣いている。あの姉が、リヴの中で世界一強い女性である姉が、泣いているのだ。

リヴの背中が冷え、ぞわりと恐怖で撫でられたような感触がした。

「いいのよって、姉さま?」

「私がいつまでも強情だったから、こんな突拍子もない話になるんだわ。もういい、いいの。誰でもいいから婿を取って、リスト家次期当主としての基盤を磐石にすればすむ話なのよ。」

何だそれは。

父と対峙していたリヴの中に、はじめて困惑という感情が湧き出てきた。

何もしないまま、諦める。与えられた運命を受け入れるだけ。

その行動は、昔のリヴそのものだ。リヴが憧れる、世界一の女性ではありえない。


「…姉さま。」

リヴは、堪えきれず次々と涙をこぼす姉の肩をぎゅうっと握り締めた。

リヴには、姉の気持ちが痛いほど判った。父の期待にこたえたい。でも自分の気持ちにも嘘がつけない。どうにも逃げ場がなくなって、感情の行き場がなくなって涙がこぼれる。その中心にあるのは、じれったい恋心。

自分の場合はケル。姉の場合は…。


飄々とした笑みを称える、恩師の顔が浮かんで消えた。



リヴはぱっと父を見やる。そうして、早口にまくし立てた。

「お父さま、姉さまが婿を取ってリスト家次期当主の基盤を磐石なものにさえすれば、エドワード王子との婚姻話は無しですわよね!?」

父は何事かと一瞬眉をひそめたが、少し考えるそぶりの後、そうだと小さく頷いた。その様子に、リヴが力強く頷き微笑んだ。

挑発的な笑みではなく、輝くような強さのこもった笑みだった。

「でしたら。…姉さま、どうせ諦めるなら、当たって砕けろですわよ。」

「え?」

まだぐすぐすと涙をぬぐっている姉がリヴを見上げる。

「しっかり想いのたけをぶつけるの、婿に来て欲しいって言うのよ!」

姉がぴたりと涙をとめ、みるみるうちに真っ赤になった。

「リ、リリリヴ? ま、まって、なななな何を言ってるの?」

強情っぱりの姉が、そう簡単に片思いを認めるはずがないことくらい、リヴも判っている。ぐいっと肩を抱いて、食卓のある部屋を出た。出たところで駆け寄ってきた姉の侍女に、馬車を用意させる。

完全に朝食を食べ損ねていることも忘れて、リヴはずんずんと勇み足で屋敷の玄関へ向かい、有能な姉の侍女が素早く整えた馬車に姉を押し込み、自分もするりと乗り込んだ。


姉が何だかんだ言いながら抵抗してきたが、後衛でヒーラーの姉と、前衛でアタッカーのリヴの押し問答では、軍配はもちろんリヴに上がった。

馬車はリヴの指示によって、ガランガランと大急ぎで道を行く。中は大揺れだったが、リヴは真剣な顔で前を見据え、姉の肩を抱いた。


しっかりもので、大人で、いつも頼りになる姉。ヒーラーの理想像だった姉。あの父を叩きのめして、アタッカーの道を切り開いてくれた姉。夏合宿のとき、保護者代理をしてくれた姉。必死に看病してくれた姉。

色々な姉の姿が窓に映る景色とともに見えた気がした。


(今度は私が姉さまの助けになる番よ!)


その強い想いを再確認する。

馬車が大きく揺れて道を曲がると、帝国大の時計塔が見えた。

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