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姉の危機

順調に回復したリヴは、先日より大学に復帰していた。といっても自習しかないのだが、もっと強くならなくてはと気持ちが焦っているリヴにとって、大学の練習場で仲間たちと手合わせをしたり、たまにレイアと戦術論議をするのは、非常に楽しい時間だった。


唯一気になったことといえば、復帰初日に鉢合わせしたケルの顔を、全く見ることができないことくらいだ。

意識してしまって、とても二人っきりになんてなれなかった。いつもの調子でわいわいしてくれる仲間の存在や、どんな心境なのか知らないが、ケルが何事もなかったかのような顔で話しかけてこなかったりしたら、とても同じ空間にすらいられないだろう。



さてリヴがここまで短期間で回復できたのも、有能な医者を探す手間もなく、家族である父や姉もが帝国内でトップクラスの治癒魔術師だったからで、自分の恵まれた環境に言葉なくとも心より感謝していた。

これまでずっと苦手だった父であったが、リヴの治療のためにと毎日顔を出してくれてから、何だか印象が変わったような気がする。丸くなったというか、何と言うか…。

エドワードの求愛事件で家に引きこもっていた姉も、リヴの復帰と共に仕事に戻り、まあそのせいでイライラカリカリしている日はあったが、リスト家には平穏が訪れて…



「もう今度という今度は我慢できない! サイテー! この偏屈くそおやじ!」

朝食を取ろうと向かったダイニングの扉の前で、激しく皿が割れる音とともに、完全に怒りの頂点に達した姉の怒号が耳を突き抜けた。

扉に伸ばした手が、条件反射でぴたりと止まる。



短気な姉が怒り狂うのはよくある光景なのだが、リヴの鼓膜に衝撃を与えた、偏屈くそおやじ、というフレーズには、よくある光景とは思えない何かを感じた。

怒りの矛先は間違いなく父だ。それも、怒りっぽい姉の通常の怒りレベルをとうに超えているらしい。

やっと頭の中を整理して扉を開けると、額に朝食のベーコンを乗せて怖い顔で姉を睨みつけている父と、つい先ほど皿を投げつけたであろう体制で肩を怒らせハアハアと息をあげている姉が居た。

「お、お父さま? 姉さま…?」

恐る恐る声をかけたリヴを二人ともチラとも見ず、睨み合ったままだ。

父の額から、ずるりとベーコンが落ちた。まずい。シュールすぎる。


先に動いたのは、父の方だった。

「……はぁ。」

油で汚れた顔をナプキンで拭きながら、大きくため息を付く。そして、ゆっくりと口を開いた。

どうやら父が何か言って、それに姉がぶち切れたらしいと察する。怒りっぽい姉とはいえ、ここまで怒っているのは始めて見た。

いつもなら恐怖に震えたくなるほどの微笑を称えて、お嬢様言葉で棘だらけの言葉を紡ぐのに。父め、一体何を言ったのだ。


リヴの緊張感を知らぬ父は、ジロリと姉を見据え、低い声で言葉を発した。

「私はリスト家当主として、長女のお前を跡継ぎとすべく育ててきたつもりだ。お前には実力もあるし、未来の当主として足る資質を備えていると思っている。」

ジロリ、と父が姉を睨みつけた。ここまでは普段よくある父の小言だとリヴは理解する。姉も、この小言は耳にタコが出来るほど聞いていて、うるさいわねとあしらっていたはず。

「ところがお前と来たらどうだ。いつまでも結婚もせず、自由気ままに過ごし、見合いの話も蹴ってばかり。治癒魔術師の一族である我がリスト家を絶やすわけにはいかぬのだ。」

今日の父は、静かに怒っていた。

リヴに辛くあたっていた父は、いつも激高していたのに。

「だから何よ!」

姉も全く負けて居ない。いつも激高タイプの姉は、いつも以上に激高して、手にした扇を折れんばかりに握り締めている。

「私にだって考えがあるわ!」

「黙れ。お前のその言葉を信じて何年待ったと思う? もう時間切れだ。とうに適齢期を過ぎたお前に、アイゼンバーグ第二王子への輿入れの話など、これ以上の縁談があるか?」

リヴは目を見張った。そして、ものすごいスピードで状況を把握した。


暑苦しいラブレターを延々送ってよこしていたエドワードだが、ついに本腰を入れたらしい。姉の結婚話に煩かった父はノリノリ、そして教授に片思い中の姉激高、と。

判り安すぎる。なんて単純な人たち。

冷静なリヴの頭は、今の構図をするりと理解した。


「百万歩譲って私がアイゼンバーグ王家に輿入れしたとして、リスト家はどうなるの! 誰が次期当主となるのよ!」

「お前が居なくても、リヴが居る。」

「リヴ!? リヴはアタッカーよ! 治癒魔術師の一族の長に、アタッカーのあの子を据える気!?」

姉も父も、つるつるとよくぞまあここまで言葉が続くなと感心するほど、間髪居れずにお互いの主張に反論している。


姉の指摘は的を得ているとリヴは思った。そのとおりだ。アタッカーのリヴが勤められるほど、リスト家当主の地位は安くは無い。

とんだところで自分の名が出たので、目を見開いて父を見る。

父はナプキンで綺麗にした顔をあげ、リヴたちと同じ水色の前髪を撫で付けてニヤリと笑った。

「リヴは治癒魔法が使えないが、当主に値する資質は十分に備えている。治癒魔術師としての頭はディーがやれば良い。」

「は!?」

リヴは思わず声をあげた。突然出たディーの名に父を見ると、父はリヴにゆるりと目を細めて見せた後、姉を見やった。

「ディーをリヴの婿とし、リヴがリスト家の当主を務める。何も問題なかろう。」

リヴはぽかんと口を開けて、父を見た。

ディーが自分の婿に? じゃあケルは??

「元々、お前は当主に、妹のリヴは良き家柄の者に嫁ぎ外からリスト家を支えろと育ててきた。役割が逆になるだけだ。お前はアイゼンバーグ王家に嫁ぎ、リストを外から支える。」

勝ち誇ったように笑う父の眼前で、姉の顔に絶望の色が、リヴの顔にふつふつと怒りの色が浮かんだ。

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