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三人の到着

午前中たっぷり汗を流して空っぽになったお腹を、仲間内で好評なピザ屋のトッピング山盛りで満たし、バートンの財布に大打撃を与えた一行は、手土産片手にリヴの家の前へとやってきていた。

「あれ、何か揉めてねえ?」

リスト家の門の前で、侍女と思しき人物が、客人らしき人物と押し問答をしている。侍女相手に粘っているのは、どうやら自分達と同じ年頃の、若い男のようだ。

リヴの友人でもある三人は、自然と侍女の方に味方する気持ちが働き、お互い顔を見合わせると何を言うでもなく、門前へと急いだ。


「ですから、何度申されましても、お嬢様はお会いになりません。」

「君も仕事熱心だな!わかった、わかったから、せめてこれを彼女に。」

「何も受け取らないよう、お嬢様からそれはそれはきつく申し付かっております故、大変申し訳ございませんが、受け取ることは出来かねます。」

「そんなつれないことを言うな、判ってくれ、この私の熱く燃え盛…」

「あのー…。」

なにやら押し問答をしている二人の空気を全く読まず、バートンが侍女に話しかけた。リードがウェスパーに聞こえるだけの音量で、さすがバートン、すげー、と呟いた。こういう空気の読めない行動は、相変わらずの勇者っぷりである。

押し問答をしていた侍女と若い男は、バートンの登場に水を指された形になり、驚いて押し黙っていた。

「すいません、今朝お見舞いに来たリヴさんの同級生なんですけど…。えっと、同じケイン教授の…。」

朝来たのにまた来たのかよ的なポジションだったバートンは、言いながら困ったのかウェスパーに助けを求める視線を投げてきた。困った時のウェスパー、だ。やめてくれと思いつつ、ウェスパーが口を開く。

「昨日、リヴさんが目を覚ましたと聞いたものですから、お見舞いに伺ったのですが、今日は大丈夫でしょうか?」

侍女に話しかけつつ、チラリと謎の男を見た。黒髪ロングの美男子だ。立っているだけでも絵になるような姿勢の良さに加え、両手に大きな花束を抱えている。どこかで見た顔だった気がするが、歳が近そうなあたり、同じ帝国大の学生だろうか。だが、リスト家の入口で拒否されるような人物と係わり合いになって面倒なことになるのは避けようと、ウェスパーは謎の男について考えることを停止した。

「バートン様にリード様、ウェスパー様ですね。お嬢様からお噂はかねがね伺っております。どうぞお入り下さいませ。」

三人の名前を見事に当てた侍女は、さきほどとは打って変わってにっこりと優美な笑顔を浮かべると、屋敷の入口の方を振り向いて、声をあげる。

すぐに入口から別の侍女がやってきて、三人を、三人だけを中へと促した。

取り残された謎の男は、優美な笑みを顔から消し去った侍女と再び押し問答を始める。心配そうに振り向いたリードに、案内役の侍女が、心配いらないというかのように微笑を浮かべ、早く入るよう促した。


「お邪魔しまーす。」

案内された部屋に先頭切って入ったバートンが、明るい声で中の人物に声をかけた。リードに続いて最後にウェスパーは部屋に入った。よく整理された部屋は女子の部屋らしく、おまけにほのかな花の香りまでしていて、リードが小声で、やっぱ女子いいわ~と呟いてるのが聞こえた。

「バートン、それに皆も。」

ベッドの上で、たっぷりのクッションにもたれかかったリヴが、柔らかく微笑みかけている。まだベッドから起き上がらないよう言われているようだが、顔色も良く、順調に回復しているようだったので、三人はほっとする。

「何だよバートン、リヴちんがおかしいとか言って…。療養中だってのを差し引きしたら、いつものリヴちんじゃんか!」

リードが言いながらバートンの頭をポカリと叩いた。ウェスパーもリードの言に同意だ。

「あっれー、だって朝はさぁ…。」

ぶつぶつ言いながらバートンがあさっての方角を向いたのを、リヴが不思議そうに見つめて、困ったように笑う。

「心配かけて、ごめんなさいね。」

リヴは枕元のベルを取ってチリンと慣らし、やってきた侍女に三人のための椅子を用意させる。すでに勝手にリヴの勉強机に腰掛けていたリードも、準備された椅子に座りなおした。

「はいこれ、お見舞い。」

ウェスパーが見舞いの品を渡すと、リヴは嬉しそうに受け取って、ありがとうと礼を言う。

「開けてもいいかしら?」

「どうぞ。」

開けて出てきたチョコチップクッキーに、リヴはわあ、と声を漏らして、三人の顔を交互に見、もう一度お礼を言う。おいしそうなチョコとバターの香りが部屋に広がった。

と、誰かの腹の虫がぐうう、と大きな音を立てる。

「いやだ、誰?」

くすくすと笑いながらリヴがバートンを見る。とっさに腹を押さえたバートンが犯人だということはバレバレだったのだ。

「うう、だって、二人にピザ奢ったせいで俺、フライドポテトしか食べてねーんだもん…。」

「まあ、そうなの?」

唇を尖らせたバートンを気の毒に思ったのか、リヴが部屋の隅のテーブルを指差した。

「あそこに、頂き物のチョコロールケーキがあるんだけど、良かったら食べる?」

「り、リヴちーん! 大好きだー!」

神に祈るように両手を目の前で組み、うるうると目を潤ませたバートンは大げさにリヴに投げキッスをすると、一目散にテーブルへ向かう。リヴに説明されながら横長の箱を手に取ると、ほくほく顔で蓋を開けた。

「わ、何これ!」

開けた瞬間、素っ頓狂な声をあげたバートンを、リードとウェスパー、そしてリヴも不思議そうに見る。

「どうした、バートン。」

「なんかヤバイ、なんかヤバイこのケーキ!」

「え? 痛んでた? 頂いたばかりなんだけど…。」

「そうじゃなくって。ほら見てよ!」

これが目に入らぬか!とばかりにバートンがロールケーキをリヴたちに見せつけた。

「うわっ……」

リードが言葉に詰まる。

ロールケーキの中央に、控えめでデザイナブルではあるが、でかでかとLOVEの文字のデコレーションが入っていた。なんという痛いケーキか。

「なんか落ちたぞ。」

はらりと箱の中から落ちたカードを、ウェスパーが拾って中を見た。

「何々…、私の女神へ、愛を込めて。なんだこりゃ。」

リードとバートンが覗き込む。

「すげー!まさかケルさん?」

「いや、それは絶対無い。差出人は…」

ウェスパーがカードの末尾を見て名前を読み上げた声と、リヴの声が重なった。

「フランツ・D・リスト?」

「ああ、ディーよ。」

リヴが困ったように笑う。

「昨日、来てくれたの。リストの一族に同じ名前の人がいるので、若い方のフランツは通称ディーなのよ。」

「女神って、女神って…!」

バートンがカードを覗き込みながらブルブルと震えた。

どこかの誰かさんと違ってど直球。ケルのピンチである。


「ああ、ディーは芸術家気質だから、昔からそうなのよ。変な意味は無いから気にしないで。」

あっけらかんと笑いながら、ディーから貰う誕生日プレゼントが毎年凝っていて、年齢と同じ数の薔薇の花束はもちろん、自身が作詞作曲の愛の歌弾き語り付きなどという破壊力のあるエピソードを語られて、男三人は引きつった笑みを浮かべながら身の毛をよだたせた。

「そんなド直球の攻めを長年続けて、これっぽっちも気づいてもらえねーなんて、ディーも気の毒だな。」

ぼそりと耳打ちしてきたリードに、ウェスパーもうむ、と頷く。一度合同授業でペアを組んだウェスパーは、あの余裕の笑みを浮かべていたディーが、突如現れたケルにリヴを掻っ攫われていく様子に、内心穏やかでなかったのだろうかと、多少の心配をした。


そんな二人のやり取りがあったことなど知らず、全く悪気の無いリヴの許可によって、ディーのLOVEはすっぱりと切り分けられ、紅茶と一緒にバートンの目の前に並べられた。

「いただきまーす!」

嬉しそうにディーのLOVEをぱくりと頬張ったバートンに、リードとウェスパーの心の声が、勇者…と呟いたとか。

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