重なる
「ほれ。」
ケルはリヴの手元の箱からトリュフをひとつつまむと、リヴの鼻先にずいっと差し出す。
「えっ?」
驚いたのはリヴだ。親鳥から餌をもらう雛のように、ケルに食べさせてもらうというのか。 じっと見つめていた目の前のトリュフが、もう一度、ずいっと差し出された。
「食えって。」
「う、うん。」
少し頬を赤くしながらごくりと唾を飲み込み、そっと口をあけると、すぐさま口の中に甘いそれが突き込まれた。
落とさないように気をつけたのだろうか、ケルの大きな指まで一緒に入ってきて、リヴの口の中にトリュフだけを残し帰って行く。
「うまい?」
そう聞かれたので、もぐもぐと口を動かしながら無言で首を縦に振る。正直、チョコレートの味などよくわからなくなっていた。
「じゃ俺も食お。」
リヴが頷いたのを見ると、ケルもトリュフをひとつまみし、パクリと頬張った。
「おー、確かにうめーな。」
そういいながらもぐもぐと口を動かした後、あろうことか親指についたココアパウダーをペロリと舐めた。
「!!」
リヴはみるみるうちに頬に血が上るのを感じた。
(な、か、か、間接キスとか…!)
呆然と見つめるリヴの目の前で、ケルは人差し指をしゃぶり、はたとリヴの方を見た。
「っ!」
目があったことでさらに体温の上昇したリヴは、動揺でビクリと体を揺らす。
「………お前さ。」
ケルがニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。
「なんかすんげーヤラシー想像してるだろ。」
ぼぼんと音が鳴るかのごとく、リヴの顔面が火を吹いた。
「な、ななな、ちが、しししてないったら!! そそそっちこそお行儀が悪いですわよ!」
真っ赤な顔で怒っても説得力に欠ける。そう判っているので、せめてもの抵抗と、リヴはぷいっと顔を背けた。
「あー、そう怒るなって。ほらもう一個食え。」
まるで小さな子供のご機嫌とりのようなケルの口調に、リヴは面白い気がしない。
(何よ何よ! ケルのバカ。バカバカ!)
不貞腐れてそっぽを向いたまま、返事を返してやらない。少しくらい困れば良いのだ。視界の外で、チョコレートの包み紙がカサリと音を立てた。
「リヴ。」
ぎしっとベッドがきしむ。ケルが腰かけたのだとわかり、リヴはいっそう明後日の方角に首を曲げた。
(絶対、顔を見せてやらないんだから。)
「ほら、機嫌直せ。」
ケルとは反対側の肩に大きな手があてがわれ、ぐっと力が込められる。病み上がりの弱った体で拒否できる筈がなく、リヴの体は簡単に引き寄せられた。抵抗できない弱った自分に悔しさを感じる一方で、視界に入った自分の肩、そこにある大きな手に、心臓が大きく脈打つ。
「な、何よ。」
むすりとした不機嫌な声で精一杯の抵抗を表したリヴの頭に、ぽんと手が置かれた。そのままぽんぽんと優しく頭を叩かれる。
子供扱いするなと言おうとしたりヴは、はたとあることに気付いて言葉を止めた。
リヴの肩にはケルの手がある。
頭にも手がある。
ケルの手は二本。もう一個食べろと言っていたが、じゃあどうやって……
リヴの頭に置かれた手がするりと頭を撫でて、リヴの頬へ移動した。頬の手がリヴの顔を持ち上げて、
「っ!!」
驚きの声をあげる間もなく、リヴの唇は押し当てられたチョコレートで塞がれた。
チョコレートはあっという間に口のなかに押し込まれて、甘くほろ苦くほどけていく。
その上から重ねられたのは、少しかさついて柔らかい、ケルの唇。
リヴの心臓が痛いくらいに脈打って、信じられないくらい大きな音をあげていた。
驚きに見開いたリヴの目に、ゆるりとケルの目が細められて、そのまま閉じられていく様子が映った。
慌ててリヴも瞼を下ろすと、肩に置かれた大きな手が、ゆっくりとした動きでリヴの背中に移動する。
そのまま、ぎゅうっと力強く抱きしめられて、リヴの胸の奥が淡く震えた。
一瞬唇が離れて息継ぎをして、もう一度重なる。
時が、止まった。