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見舞い

「リヴ様、バフォーエン様がお見舞いにいらっしゃいました。」

姉が出て行ってしばらく。侍女の告げた名前にリヴはベッドの上で飛び上がりそうになった。

「え、ええ。入って頂いて。」

声が震えるのを抑えながら何とか答えると、侍女に通された背の高い大男が現れた。 若干の傷はあるようだったが、照れくさそうに頭を掻きながら部屋の中に入ってくる様子から、深刻な怪我を負ってはいないと判りリヴはほっとする。

「…よう。」

リヴに向かってぶっきらぼうにそう呟くと、キョロキョロと部屋の中を見渡す。そして見つけたリヴの勉強机の椅子をひょいと持ち上げ、ベッドの横まで運ぶと、どかりと腰を下ろした。

「…心配かけて、ごめんなさい。」

クッションに背を預けた楽な姿勢のまま、隣に座ったケルを見上げてリヴはぺこと頭を下げた。

頭を下げたのでケルの表情は見えなかったが、リヴの脳裏に、あの時の別れ際、ケルの見せた表情が浮かび、姉くらいかそれ以上、心配かけたことは承知していた。申し訳ないという気持ちもあったが、あんな顔にさせるほど心配してくれるケルに、心の奥がコトリと動く。

そんなリヴの頭に、ぽん、と大きな手が乗せられる。そのまま何度か、ぽんぽんと優しく頭を叩かれた。

「謝るな。お前が残ってくれたお陰で全員助かったし、いくら俺の得意属性に強い相手だったからといって、あそこまで手も足も出ないなんてな…。完全に俺の力不足だ。」

「け、ケル…!」

自らを責めているとも取れるケルの言葉に、リヴは驚いて顔を上げた。 視線が重なると、ケルの茶色の瞳が優しく細められた。

「お前が死ななくてほっとしてる。今度ああいう場面になっても俺が力押しできるくらい、強くならねーとな。早く良くなれよ。」

いつになく優しい声音のケルに、リヴはむずがゆさを感じて頬を赤くする。いつもだったら軽口の一つや二つ言いながらも、ついでのように「まあ良かったな」程度を口にする照れ屋のケルが、こうも率直な言葉を言うなんて、こっちが気恥ずかしくなってくる。

「へ、変なケル。」

頬が赤くなった自分が悔しいので、ぷいと顔を背けて強がって見せれば、それで良いとばかりに頭をぽんぽんされたので、余計に戸惑ってしまった。


「そうだ、見舞い。」

ふいにケルがそういって、ベッドサイドのテーブルに置いた荷物をごそごそと弄りだす。

(ケ、ケルがお見舞いの品!?)

全く持って様子がおかしい。いつもと違って気が利きすぎている。

驚きに目をぱちぱちしていると、荷物の中から取り出した小さな箱を、ケルは気恥ずかしそうにリヴに押し付けた。

「ん。」

(ん、って…。)

驚いて箱とケルを交互に見ていると、中々受け取らないリヴに苛立ったのだろう、乱暴にリヴの手に箱を押し付けて、ケルは椅子にふんぞり返った。

「お前、それ好きなんだろ。」

下唇を突き出して横をむいたまま、ぶっきらぼうに言うケルに驚いたが、どうやらリヴの好みの品を調べて持ってきてくれたらしいことに胸の奥が暖かくなった。

「え? 何かしら。」

渡された小さな箱に目を移すと、品の良い紙製の赤茶色の小箱が、黒く細いリボンでとめられている。リボンには店名とおぼしき名前がベージュでプリントされていた。

その店名に見覚えがあったリヴは、驚いてケルを見つめた。

「すごい! このお店ついにオープンしたのね!」

思わぬプレゼントに、リヴは興奮した。

「は?」

ケルの不思議そうな顔も何のその、リヴは一気にまくし立てる。

「ほら、あそこでしょう? マルシェに出来た三角屋根のチョコレート屋さん! 建物が出来たときから気になってたんだけど、姉さまからチョコレート専門店らしいって聞いて、いつオープンするのかずっと気になっていましたの!」

満面の笑みのリヴの言葉に、ケルは何故か頭を抱えていた。ぶつぶつと、そういう意味だったのか、などと言いながら頭をかかえる様子に、どうやら誰かに吹き込まれたのだろうと推理したリヴは、それでも嬉しさを隠せず、ふふっと首をかしげて微笑む。

せっかくだから一粒食べてみようとリボンを解きにかかるが、まだ完全に感覚のもどらない指が、複雑に結ばれたリボンの前に撃沈した。 回復してからゆっくり味わうのも良いか、と思い直して、リヴは笑顔でケルを見つめる。

「ありがとう、ケル。嬉しい。」

そう言って箱を枕元に置こうとすると、少し不機嫌そうなケルが組んだ足の上で頬杖をついて

「…食わねーの? それ。」

そう指摘された。

「あ、うん、ええと…。」

ぎこちなく指でリボンをもてあそぶリヴの手元に、どうやら事情を察したらしい。

「まだ、完全じゃねーんだな。ほれ貸してみ。」

そう言ってひょいと箱をリヴから奪うと、大きな手で器用にリボンを解いていく。そうして箱は開けないままの状態でリヴに手渡してくれた。

箱を開ける瞬間の楽しみを奪わないでくれたことに感謝しつつ、リヴは勝手に唇の両端があがるのも気にせず、子供のようにワクワクと胸を高鳴らせながら蓋を開けた。

「わ…!」

中にはきめ細かなココアパウダーを身にまとったトリュフが収まっていた。小さいが深さのある正方形の箱の中に、涙型のトリュフがころころと大量に収まっている様子に、勝手に頬が緩んだ。

ひとつ食べようと手を伸ばすが、まだ感覚の完全でない指でつまんだトリュフは、ころんとリヴの指の間からすり抜ける。残念そうにふうと息をつくと、見ていたケルが、全く、と悪態をつきながら手を伸ばしてきた。

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