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生還

リヴが次に気づいたのは、良く知った自分のベッドの上だった。

うっすらと目を開けて、何度か瞬きをする。自分の部屋のベッドの上で横になっている。何があったのか、岩から水が染み出るように少しずつ、思い出した。

(生きてる。…助かったんだ。)

ほっとすると同時に、言い様のない不安感が全身を駆け巡った。

(ケルや皆は無事かしら……それに試験は…)

自分が助かったのだから他の三人もとは思うものの、もしやという不安は拭えない。侍女を呼ぼうとベッドサイドのベルに手を伸ばしたが、上手く摘まむことが出来ずに取り落としてしまった。柔らかい絨毯の上に落ちたベルが、小さくチリリと鳴る。

(体が言うことを聞かないみたい。)


落ちたベルの音を聞いたのだろう。扉が控えめに開き、顔を除かせた侍女と目があった。侍女は驚きと喜びの混じった表情をした後、ぺこりと礼をしてどこかへ去っていく。しばらくして、息せき切った姉が部屋へ飛び込んできた。

「リ、リリリリリ、リヴー!」

飛び込んで名前を呼んだかと思うと、両手で口を押さえて姉はぶるぶると震えながら立ち尽くした。リヴとそっくりな水色の瞳が大きく見開かれ、うるうると湖面のように波打っている。

ああ、こんなにも心配してくれる人がいるのだ。そのことにリヴは嬉しさで胸の奥が詰まる。

「ねえ、さま。」

久々に出した声はかすれていて、自分の声なのに変な気がして、リヴは何の気も無く頬を緩ませた。その笑みを見た姉は、目を潤ませたまま両手を広げ、ベッドに横になるリヴに飛びつく。

「心配したのよ! 死んじゃうんじゃないかと思って! でも良かった、良かった…!」

「ありがと、ねえさま。ごめんね…。」

「ううん、いいの、いいのよ。」

姉は侍女から渡されたハンカチで目頭を押さえながら、凛とした笑みを浮かべる。

「帝国軍人として、貴女の行動を誇りに思うわ。身を呈して、アイゼンバーグ王子の命を救ったんですもの。」

でも、と姉は続ける。

「貴女の姉としては…。その気持ちは判ってちょうだい。」

そうしてぎゅうっとリヴの首に抱きついた。姉のぬくもりに包まれて、リヴは幸せな気持ちに浸る。帰ってきた。生きて帰ってきたという実感が現実のものとなった瞬間だった。

ひとしきり嬉し涙を流した後、侍女が持ってきてくれた暖かい茶を飲んで、リヴと姉は一息ついた。姉はいつもの強気な表情に戻っていて、そういえば、と眉をひそめた。

「怒らないでね、リヴ。貴女の命がかかっていたせいだったし…」

「なあに? 姉さま。」

「お見舞いに来てくれたレイアさんから無理やり聞き出したのだけれど、結局貴女があそこに残るはめになったのは、例の王子様のせいなんでしょう?」

「げほっ。」

エドワードのせいだとばかりは言えないのだが、無計画に魔法剣の炎をクイーンに浴びせたのは事実なので、リヴはむせて何も言葉が返せなかった。

姉ははぁーっと深いため息をついて、リヴの枕元に飾られた見事な花束を見た。

「私、やっちゃったのよ。王子様に向かって…。」

「な、なにを?」

リヴの胸がドキドキと嫌な方向に高鳴る。頭に血が上った姉の爆発的行動力はよく知っている。

姉は懐から扇子を取り出すと、少し目をそらしながらパタパタと仰ぎ、口元を隠した。

「ほほほ…。"貴女のせいでうちのリヴが死に掛けたのよ、王族のために戦場で命を張る部下のことを考えなさい、このバカ王子!" …って叫んで…まあ、殴ってしまいましたの。その…グーで。」

「ぐ、グー…。」

リヴは引きつった笑顔を浮かべた。殴ってしまいましたの、オホホとは、さすが姉、最強姉だ。相手が王子だろうと関係ないらしい。

姉ははぁーっともう一度深いため息を付いて、うなだれた。

「そしたらそれが、変な方向に働いちゃったみたいで。」

がっくりと肩を落とした姉を、心配そうにリヴは見つめた。帝国軍人の姉が、隣国王子のエドワードを殴っておいて、ただですむとは思えない。

「き、謹慎、とか…ですの?」

恐る恐る聞いてみると、姉は首を振った。

「ではまさか、除籍とか…」

「ううん、そういう方向じゃなくって。」

姉はがっくりと肩を落として、枕元の花瓶を指差す。

「毎日毎日毎日、花束とポエムが届くのよ…。これが今日の分。」

そう言って手渡されたカードを、リヴは、まだ満足に動かない指でめくって中の文字を目に入れる。



-嗚呼、私の女神、貴女が私の頬に触れた瞬間が、まるで先ほどのように思い出される。嗚呼、私の女神、愛している、どうかもう一度、貴女の麗しい姿を…


リヴは途中で読むのをやめ、視線をカードの末尾に書かれたサインに移した。

-あなたのエドワード・ネル・アイゼンバーグ

「………」

黙ってカードを姉に返す。…大変面倒なことになっているようだ。

「……」

姉も無言でそれを受け取り、リヴの目を見た。何とも弱弱しい、いつもの姉とは違う眼差しに、エドワードによるポエム攻撃によって姉の受けているダメージを想像した。

「つまり、エドは自分を殴った姉さまに猛烈な好意を抱いてしまった、ということですのね…。」

姉ははぁとため息をつきながら、ゆっくりと頷いた。

「もう大変よ。お父様は勝手に盛り上がっているし、毎日毎日、変なポエムが届いて体中痒いの何の。」

言いながらイーっと歯を見せてポリポリと肩のあたりを掻いた姉を見て、リヴは苦笑する。どうやら姉は大変なものを目覚めさせてしまったようだ。

「彼、卒業したら本国に戻るんでしょう? 殴っちゃった手前もあるし、それまでの辛抱だわ。貴女の看病ってことで休暇ももぎ取ったし、引きこもり生活よ。」

肩をすくめてそう言った姉に、リヴもそうね、と頷いてみせた。

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