脱出
「レイア! エド連れてはやく戻れ! 横穴を抜けたらすぐに連絡具を使って救助を!」
ケルが叫びながら、今さっき出てきたばかりの横穴へとリヴを押しやる。
レイアは黙ったまま、呆然とするエドワードの肩を抱いて横穴へ入ろうとしていた。
「ちょっとケル、あなたは!?」
自分を押してくるケルの腕に反発しながらも叫ぶと、ケルは見たことも無いような真剣な顔で、リヴの目をじっと見つめてきた。
「俺は……少しでも、こいつを引き止める。」
「!」
あまりに真剣な様子に、リヴは何かを悟ってしまった。それはだめだと言おうと息を吸い込んだ瞬間、地を揺らしながらクイーンアントが一歩、前へ踏み出した。
「行け!」
リヴを力強く突き飛ばして、ケルが土魔法を放つ。クイーンアントの足元の土が盛り上がり、あっという間に足を飲み込むと、そのままの形で石に変化する。足を固めて動きを止めようとしているのだ。
クイーンは踏み出そうと持ち上げた足が地面に固め取られ、一瞬体制を崩した。それから石化に気づくと、ぐぐっと踏ん張るように体制を整える。
「……だめっ!」
願いをこめたリヴの叫びも空しく、すぐに石が砕け散り、クイーンの足が自由になる。
(地属性に強いんですわ…。ケルの足止め魔法は、効かない…。)
くそっと叫んだケルが、さらに魔法を放つ。今度はクイーンの足元から蔓草が生え、体全体を絡めとる。蔓草は地面から離れれば離れるほど太く強く、まるで木の根のように茂っていく。大きなクイーンの体も、これならば押さえ込めると思った瞬間。
クイーンがぐっと前かがみになり、大きく背を振った。いや、背を振ったのではない。背に生えた羽を広げ、羽ばたかせたのだ。
その振動によって、生い茂った蔓草は緩み、そして次々と切れて地面に落ちていく。自由になったクイーンが、さらに一歩、ケルに向かって踏み出した。
大きく前足を上げ、キィィンと耳の奥に響くような鳴き声をあげながら、前足を振り下ろす。
ケルはとっさに土で壁を作って防いだが、あまりの体格差に、ずしりと体が沈んでいた。
「ケル!」
リヴは叫んだ。
左手に杖を持ち、右手で詠唱を終えた氷魔法をクイーンに向かって放つ。
ケルにむけて振り下ろされた前足がパリパリと音を立てて凍りつき、クイーンは驚いたのか身をよじって後ろへと一歩退いた。
「は!? リヴ、お前何やってんだよ! 俺にかまわず逃げ…」
「何やってんだよ、はこっちの台詞よ!」
大きく息を吸い込んで、腹のそこから叫んだリヴの声は、ケルの怒号すらかき消した。
「馬鹿ね。はやく戻りなさいな。たいして効かない魔法しか持たない貴方より、足止め役に向いているのは私ですわ。」
きっとケルをにらみ付けたリヴは、顎で横穴を示す。
そうしながら、左手の杖に貯めた魔力を、ひるんだままのクイーンに向かってぶつける。
クイーンの両足が、みるみるうちに凍り付いていく。暴れても全く氷にはヒビすら入らない。
唖然とするケルに向かって、リヴはニヤリと笑って見せた。
「こんな奴、私の氷魔法でイチコロですわ。すぐに氷らせて後を追いますから、さあ、はやく行って!」
はやく!というリヴの言葉に背中を押されたのか、ケルが戸惑いながらも横穴へと体を半分入れた。そのままもう一度、リヴの様子を伺いにかかっている。
(ケルがそうすることくらい、予想済み、ですわよ。)
心の中でつぶやくと、リヴは杖を力強く振る。
吹雪のようにリヴの氷魔法が吹き荒れ、クイーンの体がさらに氷りに飲み込まれていく。
「ケル、何してるの! 早く行って!」
圧倒的な魔力を見せながら、まだ心配そうに覗くケルに叫ぶと、しぶしぶといった風でケルが頭を引っ込めた。ここまでクイーンを圧倒しているのなら大丈夫だろうと思ったのだろう。
(ほんと、単純なのよ、貴方は。)
リヴは一目散に横穴の入り口へと駆け、中を覗き込み、ケルが何メートルか先に進んでいることを確認すると、心を決めて両手に魔力を集中させた。
その瞬間、再度確認するかのように振り向いたケルと目が合った。
「バッ…、お前何してる!?」
あわててこちらへ引き返してこようとするケルに、リヴは満面の笑みで叫んだ。
「バカケル! 帝国軍一のアタッカーになるのよ! 約束よ!」
両手から氷魔法が放たれる。
小さな横穴は一気に氷りつき、何か叫んでいる様子のケルの顔が、どんどん氷の向こう側へ消えていく。
クイーンアントの部屋への唯一の入り口は、分厚い氷で塞がれた。